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そのお見合いは、危険です。  作者: 藤谷 要
復讐編 実行の章

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如月の罰

 如月が久しぶりに佳子と再会したところ、彼女の様子がおかしかった。彼女の表情は硬く、彼女のビリビリとした緊張感がこちらまで伝わってきて、折角の逢瀬は和やかとは無縁だった。

 佳子から春人と別れたと聞いた時、彼女の不安定さの原因が分かって如月は彼に殺意を抱いた。しかし、その一方で如月はまたと無い好機だと歓喜した。


 捜査のために春人は恋愛感情を利用して佳子に近づいたことを、よりにもよって彼の本当の恋人から佳子は聞かされたのだ。佳子が春人に会って直接確認したところ、あっさりと本人も認めたため、すぐに別れを決めたと佳子は教えてくれた。


 如月は話を聞きながら、すぐに誤解があると気付いていた。如月は目の力を使って春人が佳子を本気で惚れていたことを、本人から聞いていたためだ。

 しかし、如月は自分の利益を優先して彼女には黙っていた。傷心のこの機会を利用すれば、佳子の気持ちは自分に傾くのではないかと、如月は浅ましい考えを巡らしていたからだ。汚い手段を使っても、結果さえ良ければいいのだと。


 ところが、如月の口説き文句にも佳子は全く靡かなかった。しかも、如月が取り入る隙もなく、佳子は固い意思でもって断ってきた。

 如月の抱擁から解放された佳子は、自分を受け入れられない理由を説明する。


「如月は私が求めているものを、与えてはくれないと感じたからなの」


「お前が求めるもの?」


 佳子の抽象的な回答に如月は何が言いたいのだと、心に細波が広がるように苛立ちを感じる。


「如月は口にした約束は守ってくれるし、私のことを大切にしてくれるって、人柄は信用しているの。でも、貴方は謎が多すぎて、私には掴みきれないところがあるというか、距離を感じると云うか……」


「お前が尋ねてくれれば、俺は何でも答えるよ?」


 如月はすかさず口を挟み、自分に対して不安な点を除いて、彼女が一時でも早く心を許してくれることを望んだ。ところが、佳子は何か物憂げな表情で、如月を見つめる。


「でも、名前は教えてくれなかったわ」


「偽名を教えても意味がないと思ったからだよ。本名はとうの昔に忘れてしまったんだ」


 佳子が自分を躊躇う理由が、そんなことだったのかと、如月は胸をなでおろすが、彼女は表情を曇らせたままだった。


「”名前は他人を区別するだけの手段に過ぎない”と如月は言っていたわね。それを聞いていたから、貴方が極端に私の名前を呼んでくれることが少ないと、気付くことができたの」


 佳子に言われて、如月は過去の自分の言動を省みた。特に指摘された点について不自然なところは無いと思われたが、相手が気にしている以上、潔く謝った方が心証は良いかと如月は計算する。


「そうだった? 気が付かなくてごめん。それが気に触っていたなら謝るよ」


「ううん、いいの。ただ、無意識にやっていたなら、その原因はよほど深いところにあると思うの」


「深い?」


「そう、根が深いの。貴方は私のことを好きだと言ってくれたけど、私の前に好きになった人はいる?」


「それは、いるけど……」


 先程から佳子はころころと話の論点を変えていくので、如月はそれについていくのが大変だった。

 質問の答えを間違えたら、もう二度と彼女に近づく機会を失う気がした。


「その人のことは、どんな風に呼んでいた? 名前? あだ名? それとも、私と同じように”お前”と呼んでいた?」


 如月はおぼろげになってしまった記憶を探す。

 遥か昔、まだ自分が人であった頃、彼女が好きだったという強い想いはあるものの、細部は曖昧でぼんやりとした光景しか如月は思い出せなかった。

 あの時の時代は、治安は今よりも悪く、毎日が糊口を凌ぐので精一杯だったけれど、彼女と暮らせる日々はとても幸せだった。

 しかし、それは彼女が殺されて、一瞬にして終わってしまった。

 如月は彼女の遺体を抱きしめながら、何度も何度も名前を叫んだはずなのに、自分が何と口にしたのか、相変わらず思い出せなくて歯がゆかった。


「分からない……、多分名前を呼んでいたと思うけど、もうはっきりと顔も思い出せないんだ」


 如月が苦しげに答えると、佳子は申し訳なさそうな顔をした。


「ごめんなさい、嫌な事を訊いてしまったみたいね。自分の名前すら忘れてしまったんだもの。それは仕方がないと思うわ。でも、如月が一体いつから、名前に執着しなくなったのか、気になっていたのよ」


 佳子にそう問われて、如月は胸が痛んだ。

 名前なんてどうでもいいと、絶望と共にその考えに至ってしまった切欠を、如月は今でも覚えている。ふとした時に、本気で惚れた彼女のことをほとんど覚えていないことに気付いてしまったからだ。


 自分のせいで彼女が殺されて、見せしめのように樹に遺体がぶら下がっているのを目撃した時、如月は慟哭しながら、彼女をそのような目に遭わせた者たちへの復讐心を誓った。


 殺傷するための武器を携えて、身体一つで殺戮に望み、敵に致命傷になる反撃を食らいながらも、”一人も残らず殺してやる”とその一心で、気力のみで最後までやり遂げた。しかし、その結果、如月の命は燃え尽きてしまい、その場で意識を失って力尽きた。


 たが、如月はそこで永遠の眠りにはつかなかった。身体は死んでいても、身体は活動を続けたのだ。

 如月が次に目が覚めた時、傷ついた身体はいつの間にか治っていた。その代わり、心臓が動かなくなり、冷たくなった如月の身体。


 自分に起こった異変に如月は戸惑ったが、自分に与えられた力に気付いた後は、その素晴らしさに酔いしれた。

 それからの如月の人生は、享楽の日々だった。

 力を利用して、数多の者を支配し従わせて、逆らう者は容赦なく葬る。築き上げた地位や権力は、艶やかで見目美しい女どもや、媚を売る者を沢山呼びよせて、自分が得た栄華に如月は満足していた。


 ところが、ある日誰かとの何気ない会話で、如月は人の道を外れた経緯を問われたことがあったのだ。

 目の前にある刹那的な快楽に夢中で、彼女の存在を今まで思い出すこともなかった。そして、その時点で彼女の顔も名前も、既に思い出すこともできないことに気付いて、如月は愕然としてしまった。


 人外の身に堕ちるほど、激しい憎しみに駆られる原因になった彼女の死。

 その彼女の存在を忘れてしまうなんて、如月にとって信じられないことだった。


 自分という自己が喪失しそうになるほど、深い衝撃を受けた如月。苦しみの深淵に沈んだ如月は、虚ろながらも悟ってしまった。恐らくこれは、人の道を踏み外した自分に課せられた罰なのだと。


 それからだった。他人という存在は、名前や顔をいずれ忘れてしまう、如月にとって刹那の関係に過ぎない、その程度のものでしかないと思うようになったのは。そして、”距離を感じる”と言った佳子は、今までの如月の言葉遣いや歪んだ人物への接し方から、如月の脆い内面を見抜いたのだ。そのため、如月は佳子には受け入れられなかった。


 自惚れていた如月は、これまで出会った女のように、佳子も容易に陥落できると考えていた。それなのに、そもそも勝負に出る前に如月は不戦勝で負けていた。


「如月にとって嫌な話をしてしまって本当にごめんさない。もうこの話は止めるわ」


 如月が何も語らなくなり、考えに沈んでしまったため、佳子に気を遣わせてしまったと、如月は気付く。


「いや、ありがとう。お前、……いや佳子が指摘してくれて助かったよ。言いたいことは、よく分かった。俺では駄目だったんだな」


 佳子は黙ったまま申し訳なさそうな表情をした。やがて、彼女は目を伏せて「ごめんなさい」と、沈んだ様子で謝罪して、如月の言葉を肯定した。

 佳子の暗い顔を如月は見つめて、情けない自分のせいで、さらに彼女の気分を害してしまったことを悔やんだ。


「いいや、お前が悪いわけじゃない。俺が無自覚なのがいけなかった。今度誰かを好きになった時は、間違えないようするよ。それと、俺には虫がいい話だけど、これからも友人として付き合いを続けてくれないか?」


 如月が懇願すると、佳子の顔が僅かに優しくなった気がした。


「ええ、喜んで」


 その言葉に如月は安堵する。とりあえず、現状維持は確保できたと。

 彼女を側に置くことができなくても、たまに会うことが出来る。それだけで如月は満足することにしようと決意する。如月は自分の不甲斐なさで、彼女を得ることが出来なかったのだから。


 静かにお茶を飲み始めた佳子。しかし、まだ彼女の心が塞いでいるのを如月は感じる。


(自分のためにも、彼女には笑顔でいて欲しい。そうすれば、側にいる自分も安らぎを得られて、恍惚に浸れる。そのためには、彼女を不幸にした連中を片付けなくては――。)


「そういえば、五月春人は佳子のことをずっと前から好きだと言っていたよ。俺が直接目の力を使って訊いたから間違いない」


「え?」


 急に違う話題を振ってきた如月に佳子は驚いて、慌てて如月を振り向いた。

 佳子は大きく目を見開いて、如月を食い入るように見つめるので、関心の程が窺えた。


「その女が春人の本当の恋人と名乗ったのは嘘だよ。彼女から聞いた話を詳しく話して欲しいんだけど、良いかな?」


(とりあえず行動を起こす前に情報収集から始めようか――。)


 如月は行動を決めたら、実行までが早かった。


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