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そのお見合いは、危険です。  作者: 藤谷 要
復讐編 実行の章
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傷心の義弟

 慶三郎は春人の狭い交友関係を思い出して、彼らに電話で連絡を取ったが、誰も義弟の行方を知らなかった。

 そこで、夕輝と二人で春人の行方を手分けして探すことになった。父と娘の陽菜はお留守番だ。


 二人で捜索した結果、春人は山の中で(うずくま)っていた。五月家で飼っている妖怪の狐が、義弟の臭いを辿って見つけてくれたのだ。

 慶三郎が茫然自失となっている春人を無理矢理立たせようとしたところ、苛立った様子で手を振り払われる。思わぬ拒絶に啓三路は驚いて、春人の様子を窺うと、義弟は恨みの籠った形相でこちらを睨みつけていた。

 こんなにも憎しみを向けられたのは初めてだった。また、その理由に見当もつかなかった。


「酷いです、義兄さん。佳子さんに全てをばらしてしまうなんて……! 交際に反対しないと言っていたのに、全てが終わったら、別れさせるつもりだったんですね!」


 春人は佳子に話したのが慶三郎だと思っていた。義弟は昨日慶三郎が彼女と会って話したことを知っていたので、そこで彼女に春人の内偵の件を漏らしたと推測したのに違いない。


「違う、俺じゃない」


 慶三郎がはっきりと否定すると、春人の怒りの気持ちが揺らいで薄らいだ。


「義兄さんじゃないんですか!?」


「ああ、俺じゃない。彼女は誰が話したのか名前を言っていなかったんだな?」


「ええ、先程嫌な事を言われたとしか……」


「分かった。それについては俺が調査する。それよりも春人、一緒に家に帰ろう」


 再び慶三郎が春人の身体に触れても、今度は彼に抵抗されなかった。一晩中、外にいたのだろう。春人の身体は酷く冷え切っていた。慶三郎はふらつく義弟の身体を支えて、引きずるように家へと連れて帰る。


 佳子に振られて精神的に酷く落ち込んだ春人は、自分の殻に閉じ籠ってしまったみたいに、周囲を拒絶していた。

 いつか見た覚えのある、死んだような目をしていて、生気を失った顔色をした春人。慶三郎が何を話しかけても、春人はろくな返事しかしてくれない。連れて来られた自分の部屋で何もせずに、座り込んだままだった。


 もともと心理面が弱い春人だったが、想いを寄せた女性に振られたことで、ここまで腑抜けになるとは慶三郎は想像もつかなかった。

 元はといえば、慶三郎が春人に佳子を探れと命じたのが、今回の原因だっただけに、自分を責めずにはいられなかった。


 昼食の時間になっても、春人は部屋から出て来なかった。父が春人を心配して声を掛けていたが、それでも義弟は動かなかった。

 残る家族で食事をとったが、重苦しい時間となってしまい、何も事情が分からない娘の陽菜の無邪気な声が響くだけだった。


「それにしても、誰が佳子さんにそんなことを言ったんでしょうね」


 夕輝が言うと、「俺は何も言ってないぞ。彼女に会ってもいないしな」と父は不機嫌にすぐに言い返す。


「お義父様でもない、慶三郎様でもない。では、誰が他に内偵の件をご存じの方がいたのでしょうか?」


 里の人間に捜査を協力してもらう時に、春人は婚約者の味方についたので今回は無関係だと慶三郎は言い切っていた。だから、誰も義弟が諜報活動をしていたことは、知らないはずだった。

 慶三郎が父の顔を見ると、父は何故か気まずそうな顔をしている。


「親父は誰かに話したのか?」


 慶三郎が問い詰めると、「ああ、実は、里香に話した」と父はあっさりと白状した。


「春人が突然婚約したと聞いて、里香がとても落ち込んでいたから、あれは本気ではないと説明したんだ。もちろん、厳しく口止めはしたから、あの子が話したとは思えないぞ」


「しかし、それならば、佳子さんの側にいた彼女から伝わった可能性が高いと思いますよ」


 夕輝が冷静に推測を話すと、父は不満そうだったが、「じゃあ、本人に確かめてみればいいじゃないか」と言い出したので、大橋から事情を聞くこととなった。


 タイミングが良い事に、午後に大橋が五月家に遊びに来てくれた。

 居間に春人以外の家族が集まって、春人が佳子に振られた話を大橋にすると、彼女は悲痛な顔をして、泣き出してしまった。


「ごめんなさい、あたしが彼女に言ったんです。でも、彼女に言われたことがどうしても許せなくて……!」


 大橋は泣きながらも、佳子との間に起こったことを話し始めた。

 話しかけても無視をする佳子に大橋が止めてくれるようにお願いをしたところ、彼女が急に怒り出して、大橋に対して酷い言葉を投げかけてきたというのだ。


「あたしに何を言っても無駄だって! しかも、あたしにつきまとわれてハルが嫌がっていたって……! あたし、すごくショックだったけど、それでも彼女に”そんなことないって”って言い返したんです。 そうしたら、あの人、あたしのこと、ストーカーだって!」


 大橋は顔を手で覆って、大泣きする。


「ごめんなさい、あたし頭にきて、彼女のことを許せないって、思ってしまったんです。どうしてこんな酷い女がハルに選ばれて、あたしは駄目だったんだろうって。ハルはスパイするために貴女と付き合っているんだって、気が付いたら言ってはいけないことを言ってしまって。取り返しのつかないことをしてしまって、ごめんなさい……」


「里香が気に病む必要はない。結局、そんな酷いことを言う女と、春人は別れられて正解だったんだ」


 父は大橋の肩に手を置いて、優しく慰めている。彼女は必死に泣きやもうとしているようだった。

 その時、激しく戸を開いて居間に入ってくる春人の姿があった。


「貴女のせいだったんですか……! 本当に貴女のせいで、どれだけ不愉快な思いをしなくてはならないんですか!」


 大橋の話を盗み聞きしていた春人は、恐ろしい形相で彼女に喰ってかかろうとしたので、慶三郎は義弟を止めようと、慌てて身体ごと彼らの間に入った。

 冷静さを失っている春人が彼女に何をしでかすか、想像もつかなかったからだ。


「ご、ごめんなさい! でも、あの人が酷い事を言わなければ、あたしも秘密を話したりしたりしなかったのよ!」


「佳子さんのせいにしないでください! 彼女に近づいたのも、私と彼女の仲を引き裂くためだったんですね!? 僅かでも貴女を信用した自分が馬鹿でしたよ!」


「ひ、酷い……!」


 春人の激しい罵りの言葉に、大橋は号泣しだした。そんな大橋を父は庇うように彼女の両肩に手を添えて、春人の前に立ちふさがった。


「春人、いい加減にしろ! 里香だけが悪い訳じゃないだろう! 話を聞くところ、佳子さんの態度にも問題があったと思うぞ」


「義父さん、里香の話を信じるんですか!? 彼女は佳子さんのことを悪く言って、義父さんに嫌われるようにしているだけなんですよ! 彼女の方がよっぽど性悪なんです!」


 春人は必死に父を説得しようとするが、そんな義弟を父は哀れみを含んだ目で見つめるだけだった。


「春人も里香も大事で信用しているとも。ただ、佳子さんに関してはそうじゃない。それだけだ」


 父の言葉に、春人は何も言い返せず、立ち尽す。その義弟の顔に広がっていった感情は、悲しみと失望だった。


 大橋には申し訳ないと慶三郎は思いつつも、泣きやんだところで彼女には自分の家に帰ってもらった。春人がこんな悲惨な状態だったので、大橋がいる側に限り、感情的になった義弟が何をしでかすか分からなかったからだ。


 春人が立ち直る様子はなく、週が明けても、学校にも行かず部屋に閉じこもったままだった。

 消化の良い料理を作って、食器を手に持たせて食べるように指示しても、数回口に入れただけで、動きが止まる。

 本当に酷い有様だった。

 廃人同様になってしまった春人に、責任の一端を負う慶三郎は掛ける言葉が見つからなかった。


 ろくに食事が喉を通らない状態が続いているので、日に日に彼の身体は少しずつやつれていった。

 父も春人に慰めの言葉をかけたり、いつまでも落ち込んでないで、通常の生活を送るように叱ったりしていたが、まるで効果がなかった。むしろ、剣呑な目で父を睨むように見つめることがあり、逆効果のようだった。

 春人があんな反抗的な態度を父にとるなんて初めてだった。


 そんな状態の春人を、慶三郎は手を(こまね)いて見ているしかなかった。


 ところが、五日目の金曜日になった時、夕輝は義弟の部屋までやって来て、彼の前で仁王立ちしながら、何故か怒った様子で「貴方は一体何をしているんですか」ときつい口調で話しかけていた。


「春人さん、彼女と別れて悲しくて立ち直れない気持ちは分かりますが、貴方よりも佳子さんの方がよっぽど辛い思いをしているんじゃないのでしょうか? そんな彼女をほったらかしたままで、部屋に籠ったままでいいんですか?」


 夕輝の言葉に、春人は顔を歪める。


「きっと佳子さんは貴方に騙されたと思っていますよ。好きという気持ちすら嘘だと思われたままでいいんですか?」


「佳子さんは、私の言い訳も聞いてくれなかったんです。もう二度と現れないでくれって言われたんです。他にどうしろっていうんですか! 私は完璧に嫌われてしまったんです」


 涙声で春人は自分の気持ちを語り出す。


「怒っているんですから、それくらいは誰でも言うでしょう。でも、そのまま額面通りに受け取って、何もしなければ、最悪な状況のままですよ。時間が彼女を慰めてくれるかもしれませんが、その時にはもう貴方に対する気持ちは消えて、他の男性が彼女の側にいるかもしれませんよ。それでもいいんですか!?」


 夕輝の激しい叱責に、春人は嫌だと叫びながら、床に突っ伏して号泣し出した。


「でしたら、もうちょっと根性見せてください。諦めるのは、まだ早いと思いますよ」


 夕輝はそう言い捨てると、部屋からさっさと去っていく。

 慶三郎の脇を通り過ぎる時に、夕輝はちらりとこちらを見て、頭を下げていった。後を任された慶三郎は、妻と入れ替わるように春人の部屋へと入って行く。


「春人、とりあえず飯でも食べて力をつけよう。俺からも彼女に謝っておくよ」


 顔を畳に埋めたまま、泣きながら春人は小さく頷いていた。そんなやつれた義弟の背中に、しゃがみ込んだ慶三郎は優しく手を添えて、早く彼が泣き止むことを祈った。



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