表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そのお見合いは、危険です。  作者: 藤谷 要
復讐編 実行の章
101/118

消えた義弟

 一上家の取り調べが始まったものの、佳子にかけられた疑いの根が深く、その対応に慶三郎は苦慮せずにはいられなかった。

 ここで彼女への対応を甘くすると、後々まで引きずる恐れがあると考えた慶三郎は、周りの意見を取り入れて、取調官の中でも苛酷だと有名な布施に任せることにした。

 彼は白でも黒にしてしまうと言われるほど評判の人物だったので、その彼からの追及を無事に逃れることが出来れば、彼女の身が潔白であることは、誰しもが納得してくれることとなるだろうと読んだ上だった。


 佳子の父親を殺した犯人が異母兄である一上真吾だったということは、春人からの報告で知った。何も知らずに親交を深めていた彼女は、深く傷ついたことだろうと慶三郎は同情せずにはいられなかった。


 佳子の精神面が非常に心配だった時に、驚くことに大橋が彼女の手助けをしたいと言い出してきた。もともと春人に好意を抱いていた彼女は、佳子のことを快く思っていないはず。慶三郎は彼女の行動に不審な点を感じて、その申し出を受けるのには躊躇した。ところが、大橋は続けて自分の気持ちを打ち明けてくれたのだ。


 春人のことは今では良い友人と思っている。あの他人を寄せ付けない春人が心惹かれた女性に非常に興味があり、是非お近づきになってみたい。彼女も春人と会えない期間、人伝でも彼の様子が分かれば、安心できるのではないかと。


 そう熱心に笑顔で話す大橋の姿に慶三郎は感心した。

 きっと今でも春人のことを少なからず想っているはずなのに、義弟の恋を応援しようとする大橋の優しさに慶三郎は気持ちを動かされた。


 人懐こい大橋なら、きっとすぐに誰とでも仲良くなれるだろう。厳しい取り調べの合間にでも、話しあえる友人が近くにいるのなら、彼女もきっと息抜きが出来て、心休まるに違いない。慶三郎はそのように考え、大橋に彼女の身の回りのことをお願いすることにした。


 大橋は佳子のもとへ行った帰りに、五月家にも寄ってくれて佳子の様子を語ってくれた。

 差し入れが可能だったため、佳子に何か入用な物は無いかと、大橋に言付けを頼んだところ、十分に足りているので特に必要なものはないらしいと、佳子からの回答を教えてくれた。

 彼女は忘れずに佳子本人に訊いてくれていた。

 佳子の慰めになればと、春人が蝋梅(ろうばい)の花木を手折って大橋に託していた時など、佳子が喜んで部屋に活けていたと、大橋はわざわざ伝えてくれる。

 正月に春人が作ったおせちも、佳子は嬉しそうに食べていたと報告してくれた。


 三学期が始まり、学校へ通いながらも大橋は時間の合間に佳子のもとへと通ってくれた。その細やかな心遣いに、慶三郎は感心するばかりだった。

 春人と彼女の縁が無かったのは残念だが、情の深く明るい大橋はすぐに別の素敵な男性との出会いがあるに違いない。慶三郎は大橋に感謝していた。


 ところが、大橋の人柄について、二階の自室で慶三郎は妻の夕輝に大橋の話題を出した時だった。てっきり夕輝もそれに同意してくれると慶三郎は思い込んでいたので、妻に「そうでしょうか」と否定的な反応をされたのは、予想外のことだった。

 慶三郎が夕輝を見つめて彼女の次の言葉を待つと、「私は彼女のこと苦手なんです」と困ったように話す。

 その理由を尋ねても、何も気付いてないならば何も言うことはないと、夕輝は意味深な台詞を残して、隣の部屋に敷いてある布団に入ってしまった。

 娘が既に寝ているので、会話の声で起こしてしまうのを慶三郎は恐れて、さらに夕輝と話をすることは憚られてしまう。


 普段他人を悪く言わない夕輝が、大橋に対してあのような評価を下すということは、それなりに理由があるのだろう。何か自分の知らない大橋の一面があるのではないかと、慶三郎はその時初めて疑惑を抱いた。


 それから、日にちが経つにつれて佳子の体調が悪くなり、咳が酷くなったと慶三郎は人伝で話を聞くようになった。

 春人が心配して、身体に良い食べ物の差し入れを大橋に渡して頼んでいた。


 ある日、春人が不在の時だった。五月家の居間で大橋は父を相手に会話をしていて、彼女は控えめに言い辛そうな口調であったが、内容ははっきりと佳子の批判をしていた。

 隣の部屋で探し物をしていた慶三郎は、それを盗み聞きしてしまった。


 佳子はもともと本家のお嬢様として育てられたせいか、高慢な態度を取ることがあり、大橋を使用人みたいに平気で顎で使う。さらに、佳子に話しかけても、疲れているせいか、無視されたり八つ当たりされたりすることが多くて辛い。

 しかも、春人の様子を伝えると、大橋に対して嫉妬しているのか、不快な顔をされて機嫌が悪くなる。折角良かれと思ってしたことなのに、最近は大橋は佳子との関係がぎこちない。


 春人本人には佳子の悪口を言うようで、とてもこんな話はできなくて悩んでいたのだと、大橋は思い詰めた表情を浮かべて、父に悲しそうに愚痴をこぼしていた。


 父は大橋の話を信用して、「そうか、やはり一上家の人間は……」と苦渋の色を浮かべていた。

 慶三郎も妻のあの言動がなければ、そのまま疑いもせずに、佳子の裏の顔はそうだったのかと鵜呑みにしてしまったかもしれない。それほど、大橋の態度は自然なものだった。大橋の話が真実かどうかは、慶三郎は半信半疑のまま保留にすることにした。


 とうとう佳子の取り調べの期限が終わり、終了の手続きのために、慶三郎は一カ月ぶりに彼女と対面することとなった。

 佳子の疲労の濃い表情、力が全く宿らない瞳、やつれた姿を見て、慶三郎は罪悪感で申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 慶三郎が謝罪を伝えると、佳子は恨み事を一切言わずに、むしろ当然のことだと、自分の置かれた立場を理解しているようだった。

 全ての現状を受け入れている佳子。彼女は事前に様々なことを憂慮して、今回の身内の告発を相当の覚悟を持って行ったのだと、慶三郎は察する。


 役目を里に返上したいと言われた時は驚いたが、心身が疲れて果てているとはいえ、一上家当主としての責務を忘れていない佳子の真面目さと、正しく生きようとする潔さに好感を持った。


 それゆえ、先日盗み聞きしてしまった大橋の話に違和感を持つこととなった。高飛車で人を見下すような人物と、佳子は同一とは思えない。


 慶三郎は出来るだけ佳子に配慮しようと考えながら、その日は彼女と別れた。


 一上家に対する処罰を気にしていた佳子。分家の主である一上元が捕まって直ぐに、屋敷内にある建物が何者かに放火されて、裏の家業の証拠となるものは焼けてしまったために、何も見つけ出すことが出来なかった。

 真吾の父親殺しは自分の指示だと、元は証言して真吾を庇う始末で、さらに彼は他のことについては何も話さないまま自ら命を絶ってしまい、真実は闇の中に葬られてしまった。


 ただ単に一上家の暗殺の悪事は、元がそれを取り仕切っていて、佳子の父である健一が駒として使われていたことが、結果として里に明らかになっただけだった。

 他に犯罪に手を貸していたのは誰なのか、取り調べても親族の者たちは、関係を否定するばかり。

 あの日の真吾の証言から、彼が健一殺しに関与しているのは明らかなので、それについての裁きについて、これから論議される予定である。


 午後に春人が佳子を迎えに行く予定だった。春人はそのまま彼女を車で自宅まで送ると言っていた。

 久しぶりに再会する恋人同士の時間を満喫して欲しいと思い、次の日が日曜日ということもあって、「泊まるなら早めに連絡してくれよ」と慶三郎がからかい混じりに言うと、春人が顔を真っ赤にして「分かりました」と真面目に答えるのが面白かった。


 慶三郎は自宅で「電話が掛かってくる方に一票」と妻の夕輝に冗談を言っていたが、夕飯の時間を過ぎても春人から何も連絡がなかったので、義弟は日帰りで帰る予定だと分かり、少し残念な結果だった。


 慶三郎が寝る間際に時計を見ると、日付が変わる少し前だったが、春人はまだ帰宅してなかった。

 以前にも帰宅が遅かったことがあり、さらに春人自身の分別に任せて問題はない年齢なので、深く心配せずに慶三郎は布団に入って就寝した。


 ところが、翌朝になっても春人は帰っていなかった。

 佳子と過ごす時が楽しすぎて、帰りを心配する家族のことを失念してしまったのだろうか。父が不機嫌そうに春人の所在について尋ね出したので、家の雰囲気が暗くなり始めた。


佳子(かのじょ)の家に泊る時は連絡しろと言ったのに――。)


 父の佳子に対する印象は悪いため、だらしない対応は彼女への評価を更に落とすこととなる。慶三郎は春人の失念を内心咎めながら、その時はまだ特に問題にしていなかった。

 現状を確かめるために、朝食後に佳子の家に電話すると、何度コールをしても誰も応答しなかった。最後には留守番のメッセージが流れる。


 慶三郎は時間を置いて再度電話を掛けてみたが、全然繋がらない。一体どうしたのかと不審に思い、一上家の隣に住む家来の坂井家に電話番号を調べて掛けてみると、そちらは繋がって安心する。

 最初は女性が応答してくれたが、坂井正に取り次いでもらった。


「五月慶三郎ですが、一上佳子さん宅に電話を掛けても繋がらないので、心配になったのですが、何かご存知ですか? うちの義弟の春人が昨日彼女を自宅まで送ったと思うのですが」


「佳子様はお一人で戻られましたよ。それに彼とは別れたと言っていました」


 坂井が滑らかに答えてくれた内容に、慶三郎は驚愕して、「それは、本当ですか…!?」とただ単に切り返すことしかできなかった。


「本当ですよ。理由は貴方の方がよくご存じでしょう。捜査のためとはいえ、義弟に佳子様を誑かすように指示を出すとは、五月家も地に堕ちたものですね」


 坂井に手厳しく罵られて、しかも電話まで乱暴に切られてしまい、一方的に会話を終えられてしまった。

 突然の罵倒とその内容に、慶三郎は気が動転する。


 春人に諜報活動をさせていたのが、坂井にばれていた。坂井がそれを知ったのは、恐らく佳子からだろう。佳子は春人がスパイのために自分に近づいたと知って義弟と別れた。しかし、そもそも誰が佳子にそんなことを伝えたのだと、慶三郎は混乱するばかりである。


(いや、それよりも、佳子に振られた春人の消息が心配だ。春人は今どこで何をしているのだ――?)


 慶三郎は義弟を探すために、発覚した問題を家族に話すことにした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ