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如月の回想 佳子との出会い 1

 如月は佳子の寝顔を見つめる。

 お見合いからの帰り道。車に揺られて気持ち良くなったのか、いつの間にか佳子は微かに寝息を立てていた。

 背もたれとドアの隙間に寄りかかるように座っている。

 そんな無防備な佳子の姿に如月は苦笑する。

 如月が佳子の家に向かっていると言えば、彼女はあっさりと信じ、如月が何か悪企みをしていると考えていなかった。

 自分を全く疑わない佳子の能天気さに、如月は呆れるしかなかった。


(でも、まぁ……。今のところ彼女に何かする気はないけどね。)


 如月は自分の上着を脱いで佳子の体に掛けた。

 人間は弱い。簡単に病気になったり、怪我をしたりするから厄介だ。

 如月は自分自身が人ではなくなって久しい。だから、そう云った人間の脆さとは無縁な体になったが、人間の世界に紛れているうちは、それを忘れていなかった。


(まだ彼女には元気でいてもらわなくては困るんだよね。自分は彼女の行く末を見届けたい。彼女の望む、復讐の結末を――。)



 あれは、三年近く前のことだ。

 まだ寒さが続く冬の夜。

 何気なく寄った繁華街で、女と歩いていた時だ。

 夜が更けて、酒の力により浮かれた人間たちが賑やかに通り過ぎる中、向かいから近づく女子校生らしき人物が自分の視界に入った。

 学生だと思ったのは、全開になっているグレーのコートの下から制服が見えたからだ。

 さらに、味気ない紺色のナイロン製の大きなバッグを肩から掛けているのも、巷でよく見かける学生そのもの。

 こちらに向かって俯いたまま、覚束無い足取りで歩いていた。

 明らかに場違いな姿にも関わらず、すれ違う人間たちは彼女に何の反応も示さない。

 その状況に自分の目を疑ったほどだ。

 自分と同類かと思ったが、その気配は人間のものだった。

 それにも関わらず、誰の目にも留まらないのは何故だ。

 しかも、どういう訳か分からないが、彼女の存在をこのまま見過ごしてはならないと、心の奥底から激しい衝動が自分を突き動かす。

 いつもなら余計なことには首を突っ込まない性分なのに、近づいてきた彼女に思わず声を掛けてしまった。

 しかし、彼女の耳に自分の声が届かなかったのか、何も反応を返してくれず、自分の脇を通り過ぎてゆく。


 去りゆく後ろ姿を見て、彼女の髪が後ろでただ無造作に一つに束ねられていることに気付いた。


 その時、心をかき乱されるような、それでいて何故か惹きつけられるような、理解しがたい感情を彼女に抱く。

 それが何なのか理解できないまま、彼女から目が離すことが出来ず、無意識のうちに踵を返して彼女の後姿を追っていた。

 一緒にいた女を置き去りにして彼女の方へ向かってしまったため、背後で何か文句を言われたが、適当に声を掛けたどうでもいい女だったため、気にも留めなかった。


「ちょっと、いきなりどうしたの?」


 女が自分の後をついてきて、自分の腕に絡みついてくる。

 思わず舌打ちしそうになった。


「ごめん、他に用事ができたんだ。また今度ね」


 苛立ちを押さえて冷静に別れを告げたが、女はなおも食い下がる。


「えー、なんでよ~。そんなことよりあたしと遊ぼうよ!」


 察しが悪いらしい。

 これ以上付き纏うなら、どうなっても知らないぞ。

 殺気を乗せて女の方を見ると、女は息を飲んで後退り、逃げるように慌てて去って行った。


「ねぇ、そこの女子校生!」


 慌てて追いかけて、彼女の腕を掴んで再度声を掛けると、ようやく彼女は自分に気付いたのか、足を止めて自分を見た。

 胡乱な表情を向けた彼女。

 自分はその顔を見て、その両目が赤く潤んでいるのに気付く。

 やっとこちらを振り返ってくれたことに安堵を覚えるが、彼女と目が合った次の瞬間、ぞっと背筋が寒くなった。それから身体が強張り、動けなくなる。

 何故、目の前にいるただの女子校生に、恐怖じみた感覚を持たなければならないのか不思議だった。

 しかし、その感覚は一瞬のことで、すぐに過ぎ去って平静に戻ることができた。

 緊張が解けると、何事もなかったかのように自分はわざと人好きそうな笑みを浮かべた。

 自分の笑顔が、女性にとってかなり魅力的であることを自覚していたからだ。


「こんな時間にこんなところを歩いていたら危ないよ?」


 出来るだけ警戒されないように、優しい口調で彼女を気遣うように話しかけてみた。


「放っておいて」


 彼女は目を逸らして、突き放すように呟いた。それから腕を掴んでいた自分の手を振りほどくと、再び歩き始めた。

 よほど機嫌がよろしくないらしく、自分に声を掛けられて頬を赤らめないばかりか、見向きもしない。

 目の前にいる彼女が去るのをこのまま見過ごせば、二度と会うこともないだろう。

 そう思うと、何故か彼女を放っておけなくて、後をついてゆく。

 素気無く断られた場合、次の瞬間その女のことは頭から抜けて忘れるのがいつものことだった。

 人外になってからというもの、女という存在は顔や体つきが変わるだけで、自分にとってはどれも同じようなものだったのに。


「ねぇ、おうちの人は心配してないの?」

「帰るところないの?」

「ねぇってば、聞いてる?」


 前を歩く彼女に話しかけても、何も反応はなく、無視される。

 そんなつれない彼女にめげずに自分は構い続けた。


 しつこい位に話しかけていると、今まで彼女に見向きもしなかった周りの通行人も、制服姿の彼女に注目し始める。


「こんな時間に高校生がなんでいるんだ?」


 そんな呟きが周りから聞こえてきた。

 飲み屋や風俗店が立ち並んで営業している中で、まだ年若い彼女が制服を着て歩いていたら、補導してくださいと言っているようなものだ。

 ましてや、彼女に構い続けている自分はそれでなくても目立ちやすい。自分の容姿は良くも悪くも人の視線を集めやすかった。

 多少強引な手段ではあったが、彼女の手を無理矢理取り、連れて歩いた。


「止めて」


 迷惑そうに彼女は言う。

 その冷静で淡々とした口調に驚く。

 もっと必死になって抵抗されると思ったから、意外だった。


「こんなところにそんな制服姿で歩いたら、捕まっちゃうよ? 行くところがないなら、俺についてきなよ。悪いようにはしないから」


 彼女からの返事は無かった。

 それでも、ただ無言で自分に素直に従って、一緒に歩いてくれる。会話も無く、ひたすら目的地を目指して歩き続けた。

 客待ちタクシーが並んだ通りに出た自分たち。列の先頭の車に近づくと、自動で後部座席のドアを開けてくれた。


「乗って」


 自分の言葉に彼女は一瞬躊躇したように見えたが、結局言う通りに彼女はタクシーに乗ってくれた。

 続いて自分も乗りこむ。

 タクシーに行き先を大まかに伝えると、運転手は車を発進させた。


 タクシーの中でも彼女は無言だった。

 自分も彼女に合わせて無言を貫いた。

 色々と訊きたいことがあったが、タクシーの運転手に聞かれるのは避けたかった。

 彼女は窓から風景を眺めていた。

 目的地が近くなり、細かく順路の指示を伝える。

 着いたのは、とあるスナックだった。




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