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7/10

その時 1

 僕たちが付き合い出して二度目のクリスマスを数日後に控えた街は、飾り付けられたお店の店頭に置かれたクリスマスツリーが、きらびやかなにぎわいに花を添える。人も多く、そこらから聞こえるクリスマスソングもにぎやかに流れ、普段なら何かを期待するように心も軽くなり、この時期の寒さを感じさせないのだが……


 この日は違った。


 今にも落ちてきそうな黒く重い雲に覆われて、涙を落としたいのをこらえているような空模様と、時々強く吹きつける冷たい風が体や心を冷たく閉ざしていく。

 そして軽いリズムのクリスマスソングや普段なら気にならない雑踏が、すごく耳障りな、耳を塞ぎたくなるような騒音となって耳に入ってくる。


(嫌な空模様だ。

 これなら雨が降ってくれた方がすっきりするのだが……)


 待ち合わせの場所で重苦しい空を見上げ、ぼんやりしていると、ちょっとだけ遅れてきた真菜の声が聞こえる。

「おはよう、待った?」

「おはよう。ちょっと前に到着したところだよ。

 おっ、今日も可愛いね。そのクリスマスカラーのリボンは初めてだよね」


 コートの裾から少し見えるスカートのレースフリルの飾りや、大きなリボンの飾りの付いた髪留め、相変わらずの少女的趣味を押し通すスタイルである。


「あっ、気がついてくれた。せっかくのクリスマスだし、雰囲気の出そうな色合いのこれが目に入って買っちゃった。

……ちょっと派手かな?」

「似合ってるし、可愛いよ」

 真菜の笑顔を見て重い気分を紛らわそうと、つい口走った言葉だった。

 ところが急に照れくさくなって、真菜から視線を外そうとして空を見上げた。しかしこの空が目に入ったと同時に、無意識だったが溜め息を吐いてしまった。


「あー、溜め息を吐いた。やっぱり、変なんだ」

「あっ、いや、そうじゃなくて、この空が目に入った瞬間、なんだか嫌な空模様だなって」

「そうよね。私、なんだか気分が重くて、デートをすっぽかしちゃおうかと思ったわよ」

「えっ! それは勘弁、学校ならまだしもデートはすっぽかさないでくれよ」

 たわいない挨拶代わりの会話だっだが、この空模様のためか真菜も気分が重かったようだ。


 今までのデートでもこんな空模様は何度かあったのだが、ここまで気分が重くなった事は一度も無かった。

 そのうえ今日は何かおかしな悪意を感じる。いや、悪意というより何かを警告しているようでもあった。


 落ち着かない気分のまま、いつものように街中をうろうろしているうちに、お昼が近づき少しお腹が減ってきた僕達は、ファーストフード店に入ることにした。しかし相変わらず雑音が気になって落ち着かない。


「なんだか騒がしいな……」


 異常に耳につく雑音に我慢しきれないでつぶやく僕に真菜が反応する。


「うん、私もすごく気になる」

「静かなところに行こう」


 一刻も早くこの耳障りな雑音から逃れたいという思いから、昼食に入ったファーストフード店で、飲み込むようにハンバーガーを食べそそくさと店をあとにし、とりあえず町外れの僕の家に向かって歩き出した。


 部屋に入り暖房のスイッチを入れて、前日に借りていたDVDをセットする。

 二人並んでベットに座ってしばらくは映画を見ていた。しかし、今までの滅入った気分から解放されて急に甘えたくなった僕は、真菜を抱き寄せ軽く口づけを交わしたまま二人でベットに寝転んだ。

 服の上から彼女の柔らかな胸に顔を埋め、しばらく静かにしていると、優しい息づかいと鼓動、そして温もりが安心感となって伝わってくる。


「どうしたの?」


 街中の雑音から解放されて安心感のある空間に真菜の声が優しく響く。

 いつもなら映画そっちのけで熱い二人だけの時間が始まるのだが、普段と違う行動の僕に彼女が問いかけてきた。


「ごめん、今日は甘えさせて」


 そうつぶやいた僕が胸に埋めていた視線を彼女の顔に向けると、不満そうな表情で僕を見ている。その口からは「私が甘えたかったのに」と今にも言葉が出てきそうだった。

 少しの間おいて彼女の口が開いた。

「いいわよ……」

 そう言って、ちょっとだけ表情を緩めた彼女に包み込まれた。


 どれくらい時間が経ったのだろうか。まわしていたDVDは終わっている。視界が現実に戻ると隣に真菜の寝顔が見える。心地よい静けさと温かさに身を任せているうちに僕たちは眠っていたようだ。

 ちょっとだけ休息を取ったためか、気分は少し軽くなった。しかし窓から外を見ると、相変わらずの重苦しい黒い雲に覆われた空が広がっている。時間も日が傾くころのためか一段と暗く目に映る。


「もう夕方か、ちょっとお腹がすいたな」

 夢の中にいる彼女にそっと声をかける。

「夢の時間は終わりだよ」

「……うん」

 目を覚ました彼女は、まだ眠そうな目を擦りながら体を起こした。眠っていた時間が中途半端だったためか、不機嫌な目覚めのようだ。


「街に戻って何か食べようか?」

「……うん」

「じゃあ、出かける準備をしなよ」

 まだ目覚めきっていない彼女に髪や服を整えるように促し、僕は部屋を出て煙草に火をつけて彼女が支度が終わるのを待った。

 立ち上る一筋の青紫煙を静かに見ながら考え込んでいると、なんとも言えない不安感がまた心の中に広がっていくのを感じる。


(今日はどうしちゃったんだろう。この空模様の悪戯のなのか? いや、それだけではない。何か嫌な事が起きそうだ)


「……熱っ!」

 気がつくと煙草の火がフィルター近くまできて指を焦がそうとしていた。

 煙草をもみ消し、火傷しかけた指をちょっと舐める。

「お待たせ」

 支度を終えた彼女が、先ほどまで青紫煙の作り出していた不思議な模様を散らすように入ってきた。


「指、どうしたの?」

「煙草の火で『ジュッ』と……」

「馬鹿ね。未成年なのに吸ってるから天罰が下ったのよ」

「へっ、二十歳になってから煙草を吸い始める奴の顔を見てみたい」


 どうやら支度しているうちに彼女の頭も起きて、寝起きの不機嫌さはなくなったようだ。

 しかし、このまま煙草の話を続けるのは旗色が悪いので、当初の目的に話題を切り替える。


「さて、馬鹿言ってないで夕食を食べに行こうか」

「うん」


 静かな家を出て騒がしい街中に向かうのは気が進まないけど、とりあえず二人で歩き出した。

 途中重い気分を会話で紛らわそうとしたが、周りの雑音に割り込まれて話が続かない。


(落ち着いて座って話をすれば少しは会話も弾むかな?)


 その時、ちょうど目に入った、街中に向かう通り沿いにあるファミリーレストランに入ることにした。


「ここ、ライバル店だけど、いいよね」

「偵察ということでオーケーよ」


 しかしここでも、周りから聞こえる耳障りな雑音のためか、落ち着いた気持ちでの会話や食事とはいかなかった。


 一時間半程の後、夕食を終えた僕たちが店を出ると、昼間でも暗かった空は、すべての光を飲み込んでしまったような星の輝き一つない漆黒の夜空と変化していた。


(今日は本当に何だろう)


 普段なら気にもならない、それどころか普通に聞こえる街の音でさえ耳障りな音となって耳に入り、不安に揺れ出した僕の心をさらに揺さぶる。


(こんな日は早めに帰ろう)


「ちょっと早いけど、今日はもう帰ろうか」


「……そうね……」


 意味ありげな間があいた後、それでいて素っ気ない返事に真菜の方を見ると、昼間に見せた不満そうな顔でこっちを見ている。


「あっ、それとも、もう少し遊んでいく?」

 彼女の反応に慌てて付け加えてみた。


「もういい、帰る」


 その日の最後に。なんだかわからないうちに彼女とちょっとした口喧嘩になってしまった。

 それは些細な意見の食い違いと、僕そしてきっと彼女もちょっとだけ意地の張り合いになってしまったためだろう。


(やっぱりこんな事になっちゃた)


「じゃあ、送っていくよ」

「ここでいい、一人で帰るから」

 そう言うと真菜は自宅方向に向きを変えて歩き始めた。意地になっていた僕は彼女の方を振り向くこともしないで歩き出した。

読み進めていただき、ありがとうございます。

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