欠片の声
……どれくらい時間が経ったのだろうか。
寝ていたのか起きていたのかわからない意識の中、どこからともなく声が聞こえる。
『……主様……届きませんか』
どこかで聞いたような覚えのある懐かしい雰囲気の声が、変な緊張から深い眠りにつけないでまどろみの中を漂っていた僕の意識に、直接語りかけてきた。
「何? ……誰……」
夢か現実か区別がつかないまま、僕は問いかけた。
『私は主様と共にありながらも、その存在を忘れ去られている者です』
「……僕の中の人? ……なんだかわからないけけど……」
眠りかけていた頭を突然起こされたため、未だに思考が停止している。そんな状態では、何が起きているのか、何を聞いているのか、そして何と話をしているのか全く理解できなかった。
『私は主様が時の狭間に置いてきてしまった感情であり、心の空白を埋めるための一片の欠片です。そして私自身を主様の心の中に取り戻していただきたいのです』
あまりに抽象的な物からの声と願いごと、そして何よりはっきりしていない僕の意識、それら全ての条件を満たす答えは「夢を見ている」と、結論を出すしかなかった。いや、そう考えれば事は簡単になる。
「オーケー、でもどうやって」
今、夢の中にいるというのが前提となっている僕は気軽に返事をした。
『主様、私とのこの会話が夢か幻想と思っているようですね。
でもそれは違います』
「って、言われても……」
ようやく導き出した僕の結論をあっさりと否定されて、これ以上言葉が出なくなってしまった。
『主様が否定したくなるお気持ちはわかりますが、現実です』
確かに……先ほど迄、聞こえていなかった近くの通りを走る車の音、目覚まし時計の秒針の進む音、そしてタイマーの切れていないテレビの音など、周囲の音がいつのまにか耳から聞こえるようになり、閉じているまぶたでも画面の明るさがわかるようになっていた。
「で……どうすると」
『私は一度だけ力を使えます。
それは私自身の存在するための力のほとんどを使って行うとても強力な力です』
「って、言われてもなんだか……」
『主様の時間を巻き戻す事ができます』
「えっ……と、過去に戻ってやり直せるということかな?」
『私を居るべき場所に取り戻していただけるなら』
「でも取り戻すもなにも、そうするためには存在するための力を使うって……その力を使うとお前は存在出来なくなって消えちゃうんじゃないのか?」
『私の全てが完全に消え去るわけではありません。しかし今のように直接話をしたり、何かの力を使う事は出来なくなります。
それでも今の主様の心があり続ける限り、今の私は存在する事が出来ます』
「心があり続ける限りって、ちょっと意味深だな……って、力が使えなくなるってことは、戻る事が出来くなるという事なのか?」
覚めてきた頭で考えても理解しがたい現実と共に、次々とわき起こる疑問を尋ねると、声は改まって語り出した。
『主様、これは重要な事ですので今お話をいたします。
まず、私がこうして話す事が出来るのは、この一度だけです。
時間を巻き戻した時は、もう一度話す事が出来る機会があります。しかしそれは一連の流れの中での事で、全てを含めて一度のみです。
そして今、主様が時間を巻き戻すことを拒みますなら、私には存在の理由が無くなり、主様の中から私に関係する全てのこと、今までのこの会話の記憶も含めた全てが完全に消え去ることとなります』
「って、つまりは過去に戻ってやり直す機会を作れるけど、そのチャンスは今だけ。
ただし過去に戻ったならば、ここには戻ってくる事は出来ない。
で、今回を逃すと二度とその機会は無いということかな」
『はい、そうです』
はっきりとした口調で返事をされて、先延ばしは出来ないと悟った。
さらに声が言った通り事の重大さに何をどうしたら良いのか、なんと返事をしたら良いのか考える事が出来ないでいた。
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