愛とは水のようなもの
絵本のお話の時間、先生代わりのお姉さんはいつものように、僕たちにお話を聞かせてくれた。
僕は、この優しい先生のお話が好きだ。
「愛とは流れる水のようなもの、というお話をしましょう」
ワクワクした目で、僕は体育座りで行儀よく話を聞いた。
「水。
水は触れられます。
水は手に入れられます。
しかし水は掴めません」
「当たり前と思いましたか? どういうことか?」
「このように。流れる水には触れられて、その温度を感じることができます。ほら、ちょっと冷たいですが、そこには確かに温度があります」
「また、このように手のひらで器を作って、水をそっと手に入れることもできます。ほら、手のひらの中で水がゆらゆら揺れています」
「しかし、乱暴に水を掴んで無理やり手に入れようとしても、水は手をすり抜けてしまいます。そして、水は暴れて服にかかって濡れてしまいます」
「水は凍る。
水は器で形を変える。
しかし、どれも水です」
「当たり前と思いましたか? どういうことか?」
「凍らせてはどうか? 氷になった水は簡単に手に入れられますが、冷え切った氷は冷たく温もりもありません。カチカチに固まっています」
「器に入れるとどうか? 器に入った水は様々な形に見えます。しかし、どれも水であることに変わりはありません。こうやって戻すと、やっぱり水です」
「愛も同じ、とわたしは思います」
「どういうことか? わたしたちは愛に触れ、温もりを感じることができます。愛はそっと手に入れられます。でも乱暴に掴んで手に入れることは、できないでしょう」
「凍った愛は、愛ではありません。冷たく温もりもなければ、愛とは呼べないでしょう」
「器とは何か? 皆さんが知っての通り、愛の形とは様々です。しかし、どれも愛です。わたしは、どんな愛でもかけがえないものだと信じています」
「どうか、水を分け与えるように、愛は優しいものであってほしいと願います」
僕は、先生のお話を素敵だな、と思い目を輝かせていた。
「はい! お話はここまでです。さあみなさん、帰り支度を始めましょう」
話が終わると、僕たちはいそいそと食器を片付け、鞄を手に取り帰ろうとする。
「お姉ちゃん先生ありがとう! ばいばーい!!」
「あら、外は大雨よ? 傘を貸してあげるから使いなさい。ちょっと待ってね」
「おうちが近いから大丈夫! ばいばーい!」
「あっ。……行っちゃったわ」
大雨の中、僕はさっきの先生の話をママに伝えたいと思い、バチャバチャと走っていた。
「まま、ただいまー!」
「あらあら。この雨で、ずぶ濡れじゃない!」
「あのねー! 先生がね! 愛って水なんだって!!」
「あら。もう、身体中がその水でベチャベチャじゃないの。なんだか話がよくわからないわねー。でも、先生のお話が楽しかったのね!ふふ。じゃあ早く、脱いでお風呂に入っちゃいなさい」
「はーい」
雨も水、お風呂のお湯も水だ。
しかし、今日の雨は氷のように冷たく、お風呂はとても温かくて気持ちが良かった。
僕は、幼心にこの日のことを、不思議だなと思った。
冷たい水と、温かい水。
僕はこの愛の形の違いを、思い出す日が来るのだろうか。
お風呂のお湯をすくいながら、僕はぼんやり考えていた。




