第二話 活気
粉雪のように舞う灰が、屋根や地面、建物の隙間を覆っている。踏みしめるたび、靴の底から乾いた音が鳴り、足跡はすぐに埋もれて消えた。
カイルは黒い剣を肩に担ぎ、通りを歩いていた。
空は低く垂れ込めた灰色。太陽はぼんやりとした光しか落とさない。それでもここは廃墟の街とは違う、まだ人がいた。
通りには露店が並び、商人たちが声を張り上げている。布の上に並ぶのは壊れた武具、錆びた金具、欠けた刃。どれも廃墟から拾ってきたものだ。
「安いぞ、使える刃だ!」
「革袋だ、穴は空いてねぇ!」
怒鳴り声が灰の中に響く。荷車を押す男が通りを進み、灰を巻き上げた。後ろを子供が走り抜け、女に怒鳴られている。
灰に覆われた世界でも、人は動いていた。
カイルは人の間を縫うように歩く。
袋の中で銀貨が小さく鳴った。廃墟から持ち帰った戦利品は、すでに換金してある。壊れた鎧の破片、曲がった剣、錆びた留め具。
魔物は何も残さない。
倒せば体は崩れ、灰になる。それだけだ。
だからこの街で売れるのは、死んだ人間の持ち物だけだった。
カイルは懐に手を入れる。
指先に触れたのは、小さな銀のペンダントだった。
冷たい金属の感触。
売らなかった。
理由はない。ただ、その小さな輝きが、灰に埋もれた記憶の奥をわずかに照らした気がした。
カイルは市場を抜け、狭い路地へ入る。騒ぎは背後へ遠ざかり、代わりに静けさが落ちてきた。
足音だけが、灰を踏む音を立てる。
路地の先に、飲み屋の灯りが見えた。
木造の建物から橙色の光が漏れている。灰色の街の中で、その灯りだけが妙に温かく見えた。
扉を押す。
きしむ音とともに、暖かい空気が流れ出る。酒と煮込みの匂いが混ざり合っていた。
店の中は薄暗かった。
粗末なテーブルと椅子。壁には煤がこびりつき、灯りは弱い。それでも外よりはずっとましだった。
男たちが静かに酒を飲んでいる。低い声で話す者もいるが、笑い声は小さい。この街では長居はしない。飲んだら帰る。それが普通だった。
カイルは端の席に腰を下ろした。
安いスープを頼む。
しばらくして、湯気の立つ椀が置かれた。
一口飲む。
温かい液体が喉を通り、体の奥に落ちていく。冷え切っていた腹の中に、ゆっくり熱が広がった。
指先の感覚が少し戻る。
灰の世界では、それだけでも十分だった。
そのとき、目の端に人影が映る。
鎧を纏った女だった。
手入れの行き届いた金属鎧。背筋の伸びた立ち姿。この街では珍しい格好だ。
騎士だろう。
酔った男が突然声を荒げた。椅子を蹴り、怒鳴り散らす。酒瓶が倒れ、床に転がる。
周囲の客が距離を取った。
女騎士は静かに立ち上がる。
ゆっくり歩き、男の前で止まった。
鞘に収まったままの剣を、男に向ける。
それだけだった。
男は舌打ちし、視線を逸らす。
「……分かったよ」
椅子に座り直した。
店内の空気が少しだけ緩む。
カイルはスープを飲みながら、その様子を横目で見ていた。無駄のない動きだった。体の運び方で分かる。戦い慣れている。
それだけ覚えた。
スープを飲み終え、カイルは銀貨を数枚置く。
外に出ると、灰はまだ降っていた。
黒い剣を肩に担ぐ。手に馴染む感触が、少しずつ強くなっている。振れば、体に直接伝わるような感覚があった。
廃墟で拾った武具より、この剣の方がよほど頼りになる。
通りの奥から子供の笑い声が聞こえた。商人の呼び声もまだ続いている。
灰の世界でも、人は生きていた。
カイルは銀貨の重さを感じながら歩く。
夜が深くなるにつれ、灯りは少しずつ減っていく。
灰は止まない。
冷たい風が吹く。
それでも、カイルの足は止まらなかった。
肩の黒い剣を握り直す。
今日もまた、この世界で生き延びるために。
カイルは灰の街を歩き続けた。
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