終章 ワカバの答え
気練討堕 終章 ワカバの答え
ネマクでの一件から二か月が経とうとしていた。ワカバはサトバの村に帰ってきていた。コウヨウとフレア、そして本人らのたっての希望で、アストとカルミンも一緒だった。
ネマクで彼らができることは、五日も経てば大体終わった。
「あとは彼ら自身が、どうするかさ」
コウヨウがそう言って、五人はネマクを発った。
時間が経ち、皆の怪我もすっかり癒えている。
修行で旅をしたのとは反対方向にワカバ達は進んだ。大陸を歩き、海を越え、しばらく進んだら、サトバの村に辿り着いた。ワカバはぐるりと地球を一周したことになる。道中、戦闘の実践修行などはしなかったとはいえ、修行の旅に比べたら、その時間はかなり早い。それにしても、逆から行った方が近いとは。思いがけず遠くまで旅をしていたのだと、ワカバは感慨深かった。
ワカバは両親の墓の前で手を合わせていた。
終わったよ。父さん、母さん。
ワカバは心の中で、語れるだけ語った。
一年以上村は放置されていたので、倒壊していた家はさらに朽ち、崩れ、その瓦礫の間や、放置された畑など、至る所から草がぼうぼうと生えている。
ワカバの家も例外ではなかったが、テーブルとイスはまだかろうじて使えそうだったので、皆そこに座っていた。ワカバも墓から戻るとそこに加わった。
「独り立ちの目標にするつもりだったのに、すっかり叶ってしまったな」
コウヨウがワカバの首元を指して言う。呪いのことを言っていた。
「それでワカバさん、旅をしてたんですね」
あらましを聞いたカルミンが、納得したように言う。
アストもこの村の惨状を見て、自分と違う種類の苦しみを知った。
「フレア姉さんは、ここにいていいんですか?」
「うん。堕人もいなくなったし、リガノスもしばらくは大丈夫でしょ。でもウォーレンは死んでも、世界の戦争は無くならない。またどっかで傭兵やるんじゃないかな。つっても、傭兵として人を救うのにも限界を感じてたし、そろそろやめ時なのかなー。どうしよう。
……ワカバは、どうするの?」
「はい、旅をしながら人を助けて、世界を見て回ろうと思ってます。堕人を倒すだけじゃない。堕人に成る人も減らしたいんです」
「そっか……」
「……」
今日はワカバの旅立ちの日。
五人の間を微妙な沈黙が包む。皆、同じ気持ちだった。
「じゃあ、そろそろ……」
ワカバが立ち上がる。
「ん、もう行くのか」
それに伴って皆も立ち上がる。
ワカバは家を出て数歩行くと、立ち止まり、振り返った。
「師匠、みんな、今まで、本当にありがとうございました」
そして、深々と頭を下げる。ワカバはようやく、生きているうちに言いたい人に礼を言うことができた。
そして皆、素直にそれを受け止めた。
「何、礼を言うのはこっちさ。あの日、お前を助けて良かったよ。そう思えるくらい、お前は成長してくれた」
コウヨウが素直にそう言う。
「また、絶対会おうな」
アストも、穏やかにそれだけ言った。
「ワガバさん……! 元気でいてくだざいね……!」
カルミンは号泣しながらそう言う。
「私も、沢山良い経験ができたよ。ありがとう、ワカバ。……行ってらっしゃい」
フレアも真っ直ぐに礼を言った。
ワカバは頭を上げることができなかった。涙が溢れて、止まらなかった。
「うわあぁぁ~ざびしいよぉ~! 師匠~! みんなぁ~!」
コウヨウは頭を抱えて、それから苦笑いする。アストも吹き出し、カルミンも、泣きながら笑った。フレアも、貰い泣きの涙を拭いながら笑っている。皆、笑った。ワカバも、泣きながら笑った。
コウヨウは、ワカバの頭にポンと手を置く。
「ワカバ、お前に伝えられることは、全て伝えた。悩んだら、いつでも会いに来い」
「ん? どこにいるかも分かんないのに、どうやって会うんですか?」
「あーもう! そういう時は会うようになってんだよ!」
フレアの突っ込みに、コウヨウは雑に返す。
皆といるのは楽しいけど、ずっとこうしている訳にはいかない。
ワカバはゴシゴシと涙を拭って、深呼吸した。今度は、晴れやかな笑顔が浮んだ。
「はい。じゃあ、行ってきます!」
ワカバは一人の道を歩き出した。
空は快晴。太陽は眩しいが、暑さは感じない。空気は澄んで、一回一回の呼吸すら気持ち良かった。
ワカバは今白いTシャツ姿だ。ジャケットとヘアゴムは、二人の墓にそれぞれ置いてきた。
×印型の傷跡の中央、呪いの跡には、今では落ち窪んだ穴だけが残っていた。いずれそこも、肉が盛り上がって塞がっていくのだろう。
思えば、この傷を付けられてからが、ワカバの旅の始まりだった。当然、辛いことは沢山あった。知りたくないことを知らされ、嫌なものも沢山見てきた。その事実は、ワカバの心の中に深い傷となって刻みつけられている。首の傷跡と、同じように。
痛みは消えても、傷跡は消えない。
しかし、呪いにかからないと、呪いを解くという経験はできない。
そのおかげで、会うべき人に会え、知るべきことを知ることができ、経験すべきことを経験できた。
まだ傷が痛む時には、ただの不快な言葉と処理される綺麗事も、今では素直に受け止められるようになっていた。
「行っちゃいましたねー……」
ワカバが見えなくなるまで見送っていたアストが呟く。
「よし! 手のかかるのが一人いなくなったことだし、アスト、カルミン、お前らも帰るまで修行するか!」
「……え?」
朗らかに言い放つコウヨウに、フレアも同調する。
「あ、それ良い師匠! 私もカルミンの無自覚怪力は身気剛法の才能だと思ってたんだよね。私も協力する!」
「……えぇっ!?」
「おっ、師匠二人とは豪勢だな! よし、そこ座れお前ら。今から気練師になる為の心構えを伝える。……」
また新しい、気練の旅が始まる。
芝生の空間を過ぎ、今ワカバが歩いているのは、林の中。
俺もいつか、師匠みたいに、人を導ける人間に……
ワカバは決意新たに歩みを進める。そんな彼の前には、今日初めての分かれ道。
さて、どっちに行こうかな……
ワカバは何となく、気持ち良い風が吹いている方へ進んだ。
ラジャス国ネマクでの一件は、ワカバ自身、戒めとするつもりだった。堕人を倒すことで人を助けたと喜び、自分に目を向けるのを忘れてしまったら、堕人に成る人間と変わらない。そうなってしまったら、いつか気が使えなくなって、いつか自分も堕人に成ってしまうのだろう。ワカバにはそんな確信があった。大事なのは敵を倒すことではなく、自分自身を高めること。それを忘れてはいけないのだ。きっと師匠も姉さんも、そうやって生きてきたはずだ。
気を練りあげて、己が堕を討つ。
行く先を決めた少年の背には、その未来を祝福するように、穏やかな風が吹いていた。
気練討堕
これにて終了となります。
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