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気練討堕  作者: 葉山 歩
第四章 呪い
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第四章 呪い

気練討堕 第四章 呪い

 1


 ワカバが目覚めた時、彼は手枷足枷の状態で、檻の中に入れられていた。

「目が覚めたかい? 手荒な真似をしてすまない」

 檻の向こうで、椅子に座った青い仮面の男がワカバに声をかける。周りに居た数人の人間も、皆一様な灰色の仮面を被っていた。

 何者だコイツら!? ここは何処だ!? 師匠達は!?

 混乱するワカバに青仮面の男が続ける。

「私は仮面の騎士団の、ブルー将軍だ。私達は君を救う為、ここへ連れてきたのだよ。ワカバ君」

 俺の名を知ってる!?

 ワカバの中で警戒感が一気に増した。

「あんたら何者だ? どうして俺の名を知ってる?」

「そうだね。では順を追って話そう。君はこの国で生まれたんだ。だが、生まれて間もない頃に誘拐されたんだよ。君がこの国の生まれであることを証明する物が、一つある。君のその首元の結晶だ」

 呪いのことを知ってる!?

 ワカバは集中して聞き入った。


「それは〝キズナ〟だ!!」


 ブルーは高らかに言う。

「我が騎士団が開発した気の抑制装置。それがキズナだ。そして君のは、記念すべき、キズナ試作第一号! 生まれてすぐ君にキズナを付けたんだが、その後間もなく、誘拐されたんだ」

 キズナ? 誘拐? 何を言っているんだ。生まれて間もなく付けられたというのも分からない。ワカバはしどろもどろになりながら、ブルーに伝えた。

「い、いや、コレは、昔から付いてはいなくて、堕人に襲われた時に付いて、いや、結局それも違ったんだけど……」

「なるほど……それに関しては、説明がつくかも知れない。君には悪いんだが、それはまだ試作段階でね……。実は失敗作と言ってもいいんだ。その理由は二つ。

 一つは、負の感情により高まった気は、逆にその効果を高めてしまうこと。

 そしてもう一つは、気が流れる生活が続くと、その効果が弱まってしまい、次第に小さくなってしまうこと」

 これはあくまで予測なんだが、と前置きし、ブルーは続けた。

「誘拐されてからは、気が流れる生活が続いてキズナが小さくなってしまい、物心つく前に肉体の中に埋もれてしまっていた。それが堕人に襲われた時に怪我のせいで出てきた、とか、そんなところじゃないだろうか。

 安心してくれ、落ち着いたら、改良型のキズナを付けてあげよう。そうだ、君は運が良い。実はキズナは最新型も完成していてね。近々発表する予定だ」

 何やら瓶に入った液体を、ブルーは大仰に見せびらかした。

「今度のキズナはミストタイプだ!!」

 ワカバは呆然と話を聞いていた。話の最後の方はほとんど頭に入っていなかった。

 ……最初から、あったのか? 堕人の攻撃で付いたと思っていたのは、中に元々あったのが、出てきただけなのか?

 両親の言葉が思い出される。

「お前にはまだ話していないことがある」

 このことを言っていたのだろうか。

 負の感情により高まった気は、逆にその力を高めてしまう、というのも、確かにワカバの状況と辻褄が合う。

 ここで、黄色い仮面の人物が部屋に入ってきた。

「この子が例の子ね」

 声と体格からしておそらく女性。いささか年齢と気の強さを感じさせる声色だった。ブルーと同じく、仮面の色を用いて「イエロー将軍」と彼女は呼ばれていた。

 イエローは檻の前でしゃがみ込むと、ワカバを眺めた。

「まぁ、酷い傷……。辛かったわね。もう大丈夫よ」

「は、はぁ……」

 イエローの言葉は、優しいようで、ワカバにはむず痒い気持ち悪さがあった。一体何が大丈夫なのか。

 ワカバにはもう一つ気になったことがある。キズナが、気の抑制装置である、ということだ。気の抑制なんてしたら、堕人になってしまうではないか。それにワカバは気練師だ。キズナが付いていても、気を扱えている。

「で、でも、気の抑制なんてしたら、堕人に成るのを促してしまうんじゃ……」

「気を自分の意志で抑制できたなら問題無い! 堕人は気練師が生み出すものと、我々は考えている。気練師が一般人から気を吸い取って自らの能力にしている、気を吸い取られた人は堕人に変化する、とな。気が活発に活動しているというのは、野蛮で動物的な状態だよ。我らのように知性ある生物であるなら、気は抑えねば」

 ワカバにとったらブルーの話はとても信じ難い理論だったが、ブルーは続けた。

「事実、キズナが普及し始めて、堕人の発生数はぐっと減った。……しかし、残念ながら君は気練師となってしまっている。どうやらそのキズナは、やはり効果が弱まってしまっているようだ」

 その時、勢いよく音を立てて扉が開けられた。一人の男が怒鳴りながら入ってくる。

「おいブルー! どういうことだ! そんな男を連れて来て!」

 赤い仮面の男。ワカバの予想通り、この男は「レッド将軍」と呼ばれていた。ブルーより小柄だが、恰幅がよく、腹が出ている。ブルーとイエローがレッドと話す。

「まぁ落ち着け、レッド。まずは落ち着いて、よく話を聞くんだ。落ち着いたら、話の内容もよく分かる」

「そうよ。そんなに苛立った状態では話を理解することもできないわ」

「まさかとは思うが……! この国の民を守ることが仮面の騎士団の役目だ! この男をこの国に連れてくるんじゃないだろうな! まさかとは思うが!」

「とてもじゃないが君の今の状態では話にならないぞ。呆れてものも言えん」

「まず大事なことは話を聞くことよ。話を聞きましょう」

「こんな男を連れてくるなんて、私は開いた口がふさがらないぞ!」

 ブルー、レッド、イエローはワカバの前で罵り合いを始めた。

「ふん、気練師め……」

 レッドはワカバの方を睨みそういうと、また大きな音を立てて出て行った。

「気にしないでね、ワカバ君。どんな過ちがあったとしても、人は変われるもの」

「改めて、君を救おう、ワカバ君。正しい知識を得る為に、そして気練師であることから脱し、正しい道を歩めるように」

 レッドが出て行った後に、イエローとブルーがそれぞれ言う。

 ワカバは、この人達に抵抗しても無意味だし、むしろ得策ではないと感じた。あまりに自分中心の考え方で、それを前提に話を進める。

「君が分かってくれたのなら、君の手足の枷を外して、檻から出してあげよう。街で自由に暮らすといい。だが、一つ忠告しなければならないことがある。

 ……気の能力は使うな。この街では気に関することは、使用も当然ながら、その全てを禁じられている。分かったね?」

「分かった……」

 ワカバはとりあえずそう返事をしておいた。


 話が終わるとワカバは手足の枷を外され、牢から出された。ワカバの枷は、キズナの仕組みを用いたものであり、付けられている時はうまく気の感覚を掴めなかった。そういう意味でも、ワカバは解放された感じがした。

 それから、ブルーに別の部屋に案内された。そこには一組の男女がいた。

「彼らは君の本当の両親だ。父のステヤさんと、母のアーマさんだよ。君の本名はクレーシャ・ワカバ。これからは本当の名を名乗るといい」

 しかしいきなり本当の親だと言われても、ワカバにはピンとこない。

 二人とも小柄で、ワカバの方が背丈は高い。そういわれてみたら、確かに顔立ちなどワカバに似てないこともないが、あくまでそういわれてみたら、の話だ。何よりも、気配が違う。雰囲気が違う。

 ステヤとアーマが、それぞれワカバの手を取り、言った。

「大丈夫だったかい? 無事で良かったねぇ。戦争に巻き込まれたそうじゃないか。酷い怪我をしているね」

「感謝しないといけないよ。正しい生き方ができるように、ブルーさんが連れて来てくれたんだから」

 二人は、いかにもお人好しといった感じの、わざとらしい笑みを浮かべている。

 う、気持ち悪い……

 ワカバはその笑みを本能的にそう思ってしまったが、それを表に出さないように、曖昧な笑顔を作り誤魔化した。

「生き別れた親子の感動の対面! 実に良い!」

 ブルーが興奮している。いつの間に現れたのか、灰色仮面の騎士団員がカシャカシャと写真を撮っている。

 最後にブルーがワカバに言った。

「何か困ったことがあれば、何でも言ってくれたまえ。両親でもいい。私でも、他の仮面の騎士団員でもいい。街の人間でもいいぞ。この街は皆で助け合いながら生きているんだ。

 人間一人一人の力は小さくても、皆で力を合わせれば、とても大きな力となる。ここはそういう街だよ」


 ラジャス国、その首都ネマク。それがワカバの連れて来られた街の名だった。ラジャス国は、リガノスやシエラがあるノヴァド国や、サーメントがあるフォルニア国よりさらに西方にある、大国だ。

 後日ワカバが街並みを見てみたところ、ネマクはリガノスより更に発展していた。中心部にも人が多く、皆色鮮やかな服装をしている。建物が壊れたり朽ちるようなこともない。ひっきりなしに馬車が通る石畳の道に、石造りの建物には二階建て、三階建ても多い。リガノスと違い街は平和そのもので、出歩く人も多いので、余計に発展していると感じた。

 特に豪奢なのが、街の中心にある宮殿だ。上から見たらHを横に伸ばした様な形をしている。地上三階、地下一回だが、一階の天井がかなり高いので、それ以上に大きく見える。ワカバが最初に連れてこられた牢は、地下にあった。Hの横棒の南側が宮殿の正面。石畳の広場が広がっている。広場は、出店が並んでいたり、パフォーマンスをする人がいたり、大勢の人で賑わっている。北側は宮殿の裏手。幾何学模様に様々な植木や池が並んだ、よく管理された庭園が広がっていた。その宮殿と広場が、街の中心だった。

 そして、仮面の騎士団。その名が示す通り、騎士団の者は皆一様な灰色の仮面を着けている。ワカバも会った、ブルー、イエロー、レッドの三将軍を筆頭にしており、三将軍だけはそれぞれの名前の色の仮面を着けていた。

 仮面の騎士団は宮殿を本拠地としており、街では警察や軍隊のような役割を担っている。ワカバも街中で、この仮面を着けた人間をチラホラ見かけた。

 この国には王が居たが、この街に限っては、実質的な権力は仮面の騎士団が握っているといってよかった。


 ブルーに両親と会わせられた後、ワカバは生まれたとされる家に行った。宮殿から北西に少し離れた所にある集合住宅。集合住宅といっても、それぞれの住宅は個別に建っていて、皆同じ様式の、細長い石造りの三階建てが、規則的に、ひしめき合うように並んでいる。その一つがクレーシャ家であった。

「さ、さ、遠慮なく食べてくれ」

 ワカバの目の前には豪勢な料理の数々。

「私達のことは、「お父さん」「お母さん」と呼んで構わないからね」

 いかにもお接待、といったような歓迎っぷり。そのわざとらしい態度は、ワカバの心をゾワゾワとむず痒くさせた。

「ごめんね、こんなものしか用意してないけど」

「母さんたら、いっつも文句ばかり言うんだから」

 何が面白いのか、嫌みたらしい笑みを浮かべるステヤ。

 冗談として、面白いと思ったのだろうか。

「今は戦争が多いでしょう。嫌ねぇ」

「怖いねぇ。この街では死刑も自殺も多いし。なんで無くならないんだろうねぇ」

 ワカバは二人と会話していて、とても気持ちが悪かった。話の内容は大体愚痴か不満か恐れか。これこれが嫌だ。誰それは変だ。何々がおかしい……そんな話ばかりだ。たまに笑うことがあっても、それは誰かを小馬鹿にしたような笑いだった。戦争のこともよく知っていた。この街では死刑や自殺が多いと、憂い恐れていた。

 食欲がわかなかったので、スープは一杯だけ流し込み、ワカバは用意されていた自室にこもった。

 柔らかすぎるベッドは寝心地が悪い。そこに寝っ転がりながら、ワカバは考えた。

 さて、これからどうしたものか。

 無論、彼らの言いなりになり、ここで生きていくつもりはない。ワカバは仮面の騎士団にも、生みの親にも、気を許していなかった。

 呪いが何か分かったのは大きな前進だ。さっさと逃げ出すこともできるのだろうが、今は呪いを解くチャンスであるように思う。とりあえず一旦従順に生活するふりをして、街の様子を探る。そして呪いを解く、つまりキズナを外す方法を探る。ひとまずそうしてみることにした。

 いつまでも師匠の後ろについて回るだけでも良くないし、一人だがここは何とかしてやろうと思っていた。 だが数日でもここで過ごすことになると思うと、気が重い。快適なのだが、息が詰まる。

 翌日からワカバは宮殿内の一室に連れていかれた。教育が始まるようだった。

「あなたの教育を仰せつかった。イエロー将軍よ。よろしくねワカバ君」

 長机に座らされたワカバの前にイエローが立つ。すると、イエローの部下と思われる通常の仮面の騎士団員も、ワカバの両隣に座ったり、イエローの後ろに控えたり、ワカバに挨拶をしながらわらわらと集まってきた。

「これから話すことはあなたには辛いかもしれない。今まで生きてきた道を否定することになるかもしれないから……。だけどそれを乗り越えないと真実は分からないわ。この話を聞いたらあなたは辛い思いをするかもしれない。だけどあなたはそれを乗り越えることができると、私は信じている。……あなたは洗脳されている」

 イエローは長々と前置きした後、ワカバにそう言った。

 な、何を失礼な……

 イエローは、気がどういうものか、堕人がどういうものか、ワカバに教えていく。曰く、堕人は気練師が一般人から気を吸い取った結果生み出される、気練師の被害者だ。とか、気が活発に活動しているのは、野蛮で動物的な状態だ、とか。気は自分から活動を抑えたら堕人になる問題は無い。気練師に気を操られない為にも、自ら気を抑制させる必要がある。その為のキズナだ。……などなど。全くもってワカバには身に覚えのない事実ばかりだ。

 そして、コウヨウはこの街で大虐殺を繰り広げた大犯罪者であるということもイエローは告げた。

 馬鹿言え! とワカバは怒りそうになったが、あの人ならあながち否定できない?

 とりあえずここはグッとこらえ、話を聞くだけは聞いておいた。

 あとは街や国、世界の歴史など云々。所々で回りの団員が補足解説をしたり、「怖いねぇ」「辛かったねぇ」などと変な同情をしてきたりする。世界は戦争にあふれている、と皆嘆いていたが、その時の皆はなんだか活き活きしているとワカバは感じてしまった。

 この人達は、悲劇が嫌いなのか? 好きなのか? 

 しばらく聞いていると、ワカバにも分かってきた。

 この人達は、演出家だ。そう思わせたいのだ。本人らは、これが事実だと、これが善で、これが悪だと、本当にそう思って伝えているのだろうが、あまりに内容よりも、前置きや修飾が多い。昨日の三将軍の口喧嘩にしてもそうだった。

「まさかとは思うが」「とてもじゃないが」「開いた口がふさがらない」

 前置きやもったいつけた口調、大げさな修飾は多いが、実は中身はあまり無い。

 とりあえず今逆らっても面倒くさそうだったので、ワカバはとりあえず大仰に驚きながら講義を受けたのだった。最後の方は、いかに良い演技をするか、そんなことばかりワカバは考えていた。あぁ、疲れた……。

 翌日には街の見学に外へ連れ出された。イエローの部下数人に連れられ、宮殿の周囲を歩く。

 部下の騎士団員曰く、ワカバが連れてこられたのはまだ極秘なのだそうだ。そんな状況でイエローなどの大物が連れ添っていては目立つ。顔は見えないが、声からしてイエローと同年代くらいと思われるおばさま団員が、ワカバにそう教えた。

 宮殿前の広場を歩くと、ブルーの言葉通り、この街ではキズナが普及していることが分かった。キズナを付け出歩いている人をよく見かける。ワカバと同じように首に付いていたり、ピアスのように耳にはめ込んでいたり、手首に付けたり、額に付けたり……大きさや色も様々、この街ではキズナはほとんどアクセサリー感覚で扱われていた。それを取り付ける為の「キズナ屋」もあちこちにある。

「さぁ、ワカバ君も勇気を出して」

 団員がワカバのジャケットのファスナーを下げる。

 ヒッ……

 ワカバは隠していたキズナを露出させられた。

 あぁなんか気持ち悪い……、落ち着かない。

 ワカバはキズナのことを知ろうと、団員に言い、いくつかのキズナ屋に入り話を聞いてみた。ウッカリ「外したい」などと言おうものなら、反逆者扱いされ、また監獄に逆戻りかも知れない。ワカバは慎重に、友好的なフリをして、探りを入れる。しかしどうも、付け替えることはあっても、外すことは考えられていないようだった。

「最近街は治安が悪くてね。うちも泥棒に入られたりして……。そんな所は多いよ。やっぱり気が活発に活動してるから、抑えが効かないんだろうね……」

 そんな話をキズナ屋の店主は話す。

 話の内容は、両親やイエロー、その部下達のものと大差なかった。愚痴か不満か恐れか侮辱か。やたらと耳は聡いが、聞こえてくるのはそういった話ばかり。戦争や死刑を恐れ、憂いているのも同じだった。

 どの店でも帰り際に沢山のチラシを押し付けられた。新作のキズナ、おすすめ商品、何とか割引……。ワカバはそれらをとりあえずジャケットの内側にモサリと突っ込んでおいた。

 何件目かのキズナ屋を出ると、広場の一角の人だかりが目に入る。近くまでいくと、ピエロが大道芸を行っていた。

「広場のパフォーマンスもネマクの名物ね。少し見ていきましょうか」

 団員に言われ、ワカバも人だかりの後ろにつく。

 赤、青、白、のカラフルな衣装を着て、付け鼻、真っ白な顔に真っ赤で大きな口紅。オーソドックスな風貌をしたピエロは、ジャグリングや風船芸、パントマイムなどの芸を披露する。あっちへ転び、こっちへ転び、おどけた演技をする。

「おら、引っ込め! 糞ピエロ!」

「下手くそ!」

 すると、それに笑いながら野次を飛ばす見物人達。

 ワカバがあからさまに嫌そうな顔をすると、

「これは有名人であるからしょうがないのよ。有名人であるが故の、責務といったところね」

 と団員が言う。

「そ、そんなもんですかね……」

 それにしても、こういうことをするのが楽しいのだろうか? 見物人に対してワカバは思う。様々な罵りの言葉を受けても、嫌な顔一つしないピエロ。偉い……のかなぁ?

 だが、ワカバがそんなことを考えていた時だった。ピエロが後ろを向いたかと思うと、ズボンの腰に手をかけ、そのまま尻を露出した。周りから悲鳴が上がる。

 あぁ……

 ワカバは思わず目を背ける。

 ピエロは顔の横で両手をひらひらさせ、見物人をおちょくっていた。

「キャー!!」「しまえ! ピエロ!」「ガハハハハハ! いいぞ! もっとやれ!」「よぅし! 僕も!」

「ちょっと、やめなさい!!」

「出たな仮面の騎士団! 警察気取りの権力軍団が!」

 ピエロはいつの間にかズボンを全部脱ぎ、下半身を全てさらけ出している。そしてピエロの他に下半身丸出しの者も現れた。全裸になった者、それに抗議する為何故か自分も上半身を露出した女性、その女性に群がる男性、騒ぎを抑えようとする仮面の騎士団、それに乗じた乱闘騒ぎ……。辺りはたちまち大混乱となった。

 ワカバは一人、蚊帳の外にいた。自然と後ずさりして、気づいたら自分から離れていた。

 あぁ……帰りたい……。あぁでも、帰る場所も無い……。助けて、師匠……! 助けて、姉さん……!

 ワカバは何だかどっぷりと疲れ、落ち込んでしまった。騒動の現場に背を向け、うつむいてトボトボと歩く。

 すると、その目の前にボールが転がってきた。

「すいませーん!」

 ワカバが取ると、少年が駆け寄って来る。仮面の騎士団と同じ仮面を着けていた。ワカバがボールを返すと、見ない顔だったからか、少年が話しかけてきた。

「お兄さん、この街の人?」

「え? あぁ~、ええっと、そうそう、長い間旅に出ててね。それでやっと昨日、帰ってきたんだ」

「ふーん……」

「ねぇ、その仮面は……」

「あっ、これ? これはね、仮面の騎士様の仮面なんだよ」

 少年は仮面を外した。

「これはレプリカなんだけど……本物はもっと重くてしっかりしてるんだよ! 僕、大人になったら仮面の騎士になるんだ!」

「へえ~、そうかあ、なれるといいね」

 ワカバは渾身の演技をした。

「おーい、ピンカラ! 早くしろよー!」

 少年の友達が声をかける。

「あぁー! 今行く! じゃあね、お兄さん!」

 ピンカラと呼ばれた少年はワカバに手を振りながら、友達の元へ駆けて行った。

 広場に限らず、この街は全体的に人が多くて、一見活気がある。しかし、気練師であるワカバには分かった。気の澱んだ人がとても多いのだ。皆笑顔のようだが、張り付いたような笑顔をしている、大抵はうつむき、背中が曲がっている。

 しかし、子供の無邪気さは何処でも変わらない。少年の夢はいささか不安を抱かせるものではあったが、この街に来てようやく、本当の笑顔をワカバは見れた気がした。わずかながら街の陰鬱さを忘れられたのだった。


 さらに翌日、ワカバは朝早くから街をうろついていた。ワカバは早くも行き詰まりを感じてしまっていた。この街では、自分が自分でなくなるような、そんな感じがしていたのだ。自分が抑制されるというか、周りに合わせてしまうというか……無意識に、自然に、そうなってしまうのだ。家の中にいても、外に出ても、なんだか憂鬱だ。

 呪いのことが分かったのは大きな前進だったが、肝心の外す術が分からない。色々と話を聞かされ、分からないことも多かったが、結局、取り除きたいという感情はそのままだった。前進はしたものの、もう一歩、届かない。

 ワカバは焦っていた。早くキズナを外し逃げ出さないと、このまま仮面の騎士団の言いなりにこの街の人間として暮らすことになってしまうのではないか。

 ワカバは、広場の周囲から少し離れた場所を歩いていた。早朝だと人も少なく、まだ心地良さを感じられないこともない。だがこの辺りは薄暗く閑散として、ゴミが散らばっている。ネマクは大きな街だが、宮殿から二つ三つ通りを隔てたら、こんな場所が沢山あった。

「誰かー!」

 突然誰かの叫び声が聞こえた。声のほうを見ると、男が二人、こちらに向かい走ってきている。その奥には、一人の女性。男達がワカバに向かって叫ぶ。

「おらどけやあ!」

「殺すぞクソガキがぁ!!」

 男の一人は鞄を抱えていた。

 男二人が女性の家で泥棒を働いたのだろう、とワカバは推測した。

 げんなりした。せっかくひとりでゆったりしていたのに……

 ワカバは男とすれ違いざま、一人を足をかけて転ばすと、もう一人は襟首を掴み、無理やり後ろに転ばし、鞄を奪い取る。泥棒達は、顔面と、後頭部をそれぞれしこたまぶつけた。

「シッ」

 ワカバは鞄を抱え、手を払い泥棒達を追い払う。

 二人はワカバに悪態をつきながら逃げて行った。

「俺達ぁ義賊なんだよ! 金持ちから奪って貧乏人で分けてんだ!」

「キズナ付けれるボンボンが! 貧乏人の気持ちなんて分かんねぇよなぁ!」

 ボンボンなんだコレ……。むしろこっちはあげたいくらいなんだが……

 ワカバがそんなことを考えていると、盗みに入られたと思われる女性が息を切らしワカバに話しかけてきた。

「あぁ、ありがとうございます……。このお金がなかったら子供達も何も食べれなくなっちゃうから……」

 地味な色合いの服には、所々継ぎがしてある。ネマクの民にしては粗末な身なりだったが、長く綺麗な髪が印象的な、淑やかな女性だった。見た感じフレアと同年代だと思われるが、醸し出す雰囲気は対照的だ。ワカバはどことなく、母の雰囲気を思い出していた。

「たまたま通りかかって良かった。気をつけてくださいね。はいこれ」

 ワカバは鞄を渡す。

 女性はワカバに何度も頭を下げながら、帰っていった。

「イダさん、大丈夫……?」

 イダと呼ばれた女性が入った家には、怯えた様子の子供達が何人か顔をのぞかせていた。


「くそ、何なんだあいつ……」

「いや待て、確かあいつの家には……」

 現場から離れた泥棒二人が、それぞれ鼻と後頭部をさすりながら、悪態をつく。


 イダと別れると、自分が立ってる場所の脇にあるボロボロのキズナ屋がワカバの目にとまった。広場の周囲にあったキズナ屋とは違う、誰からも忘れられてそうな佇まいだ。しかしワカバは何故かそこが妙に気になった。透明なガラス戸から、中を覗き込む。中は暗く、あれやこれやの物が乱雑に積み上がり、雑然としていた。

 誰かいるのかこれ……?

 ワカバは不安になったが、キズナの情報を探る為、勇気を出して入ってみることにした。

 扉を開け、ごちゃごちゃと積み重なった物を崩さないようしながら、慎重に進む。

 すると奥で誰かが椅子に座り、頭に雑誌を載せて寝ていた。

「何じゃい! キズナ付けるんなら他にも店が沢山あろうが。他所(よそ)に行きな」

 ヒッ……気づいていたのか……

 ワカバは急に怒鳴られ、ビックリする。

「い、いや、あの~、キズナについてちょっと話を伺いたいんですけど……」

 老人は雑誌をズラすと、牛乳瓶の底のような丸眼鏡をかけて立ち上がり、まじまじとワカバを見た。小柄で白衣を着た、ボサボサの白髪混じりの頭をした老人だ。

「ほぉ、お前さん、ワカバじゃろ。ブルーがつれてきた気練師。呪われた子……」

「知ってるんですか!? 俺のこと!?」

「な~に、わしはツテが多くてな、色んなことを知っとるわい」

 老人はシュターソンといった。本人曰くこの街一の科学者らしいが、どうもそうは思えない店の佇まいだ。しかし風貌は、典型的な偏屈の科学者、といったところ。

「お前さん、この街に来て、どう思った? チクりゃせんから、正直に言うてみい」

「う……なんて言うか、まぁ気持ち悪いなぁ、って」

 ワカバは正直に答えた。

「ヒヒヒ、まだこの街に染まってはおらんようじゃの。ええ、ええ、それがまともじゃ。お前さん、気については何処まで知っとる?」

「自分が師匠に教わったのは、気が澱むと堕人に成るということでした。でも仮面の騎士団や街の人が言うには、気は抑えていた方が良くって、堕人は気練師が作り出すものだって……これって……」

「あぁ、お前さんの知識が正しい。気が澱むと勝手に堕人に成るってな。仮面の騎士団の理論は、アイツらに都合の良い妄想じゃ。アイツらの言うキズナなんぞ、クソじゃ。おおっと、わしがこんなこと言うとったなんて言うなよ? ヒヒヒヒ……」

 シュターソンはせせら笑う。

 ワカバはこのキズナ屋が気になった理由が分かった気がした。この場の気が澱んでいないのだ。この街の中であれば、むしろそっちの方が珍しかった。

「お前さんがここに来た理由は、今の会話で大体目星がついたわい。確かに、他のとこでは言えんわな。キズナ、どうする? 外すか?」

「は、はい! 外したいです! コレ……!」

「ま、それが懸命じゃろうなぁ。外したら、お前さん、どうする?」

「逃げます!」

「アッサリ言うのぉ……」

「あぁ、でも……」

 ワカバにはもう一つ気になることがあった。両親のことだ。育ての親、つまりオージャスとアサナは、本当に自分を誘拐したのか? 何の為に? ワカバは両親がそんなことをする人だとは思いたくなかった。でも、この街を出る前に、その真偽は知っておきたかった。キズナが外れても、まだ街を出る訳にはいかないのだろうか。

 そのことを話すと、シュターソンは少し唸って、ワカバに言った。

「……ふーむ、この街に染まってないお前さんには特別に教えてやろう。キズナには、記憶が宿る。あの仮面被ったニセ科学者共は知らんがね」

「キズナの、記憶?」

「あぁ、そうじゃ。本人が感じ取ったことは、無意識のうちにキズナが記憶しとるんじゃ。本人も忘れとることをな。わしの装置を使えば、それを見ることも可能じゃ。もしかしたら、お前さんの知りたいことも知れるかもしれん」

「そ、それ、見せてもらうことはできますか!?」

「……嫌なことを知るかも知れんぞ」

 前のめりで聞くワカバに、シュターソンは真剣な声で忠告する。だが、それでもワカバは知りたかった。

「それでも……お願いします……!」

「覚悟があるようじゃな。ついて来な」

 ワカバが連れて行かれたのは地下だった。一階にも増して雑然としていて、骸骨やら、フラスコに入ってボコボコと泡立っている赤い液体やら、怪しい道具が散乱している。その一番奥に、怪しげな装置が沢山ついた、木でできた椅子があった。

「ここはわしの自宅兼研究所でな……おぉ、あったあった」

 ワカバはそれに座らされた。固く、予想通り座り心地は悪い。手足には何故か枷。頭には妙な配線が沢山伸びた被り物を付けられた。そして最後にキズナに、これまた配線が繋がった装置を付ける。

 何かの実験台にされるんじゃないだろうな……

 ワカバはそんな風に思ったが、シュターソンはお構いなしに準備していく。

「よし、これで準備完了じゃ。あとはお前さん、そこに座って目を瞑ってじっとしとけ。そしたら、あとは分かる」

 ワカバは半分疑いながらも、言われた通りに目を瞑る。すると、途端に意識が朧げになってきた。そして夢を見るように、じわじわと映像が浮かび上がってくる。


 ワカバは知らない天井を見上げていた。傍らでは、ステヤとアーマが、誰かと話をしている。ステヤとアーマはまだ若い。相手の方は、仮面は着けていないが、声からしておそらくブルーだ。自分が赤子の時の映像だろうか、とワカバは思った。

「君達には悪いが、ワカバ君に付けた気の抑制装置に、重大な欠陥が見つかった。このままでは気が暴走する恐れがある。この子が大きくなればなるほど、大きな問題に発展するかも知れない」

「えぇっ!! そんな……」

「事前にその心配はあると忠告しておいたはずだ。それで君達、どうする?」

「どうすると言われても……」

「……まぁ、年齢を重ねれば、問題は大きくなるだろうな。気が暴走すれば、周りにも危害が及ぶだろう。そうなれば、君達の子供というのも、もちろん明るみに出る」

「どうにかならないんですかね?」

「……あるいは、これは可哀想だが、今のうちに殺してしまうかだ。問題が起きないうちにな。まだ君達の子だとあまり周知されてないかも知れないし。もし知られていても、心配するな。不幸な病気で死んだことにでもすれば、君らは息子を失った悲劇の両親として生きていける」

「まぁ、それなら……」

「ハァー……分かった。この件はこちらで預かろう。この子のことは、こちらで処理する」

 ブルーは自分で何も決められない二人に呆れたようにため息をつくと、立ち上がりながら早口でそう言い、出て行った。


「馬鹿な! 気の抑制装置なんて胡散臭い物を付けた挙句に、それが失敗だったから殺すだと!」

 怒鳴っているのはオージャスだ。ワカバは懐かしくなった。オージャスとステヤが会話していた。

「しょうがないじゃないか。そう言われたんだし……」

「お前には自分の意思というものがないのか!!」

「まぁた怒った……いっつも怒るよなお前は。少しは余裕を持てよ……」

「そういう話をしてるんじゃない!! ったく、話にならん!!」

 オージャスは怒鳴りながら出て行ってしまった。


 暗くなった後、オージャスとアサナが部屋に入ってきた。オージャスに続く母の顔にも、ワカバは懐かしさを覚える。

「まったく、兄貴は昔っからそうだった。なんにも自分で決められないから、人に唯々諾々と従うのを、自分は優しいと思ってるんだ。今までも散々嫌な思いをさせられてきたが、もういいだろう。今回のことで、愛想が尽きた」

「ぼやくのは後。早く済ませるわよ……!」

 アサナがワカバに近づく。

「安心してね。きっと育てて見せるから」

 そう言って、そっとワカバを抱き上げた。そして小声で言う。

「外は大丈夫?」

「ああ、今は良いぞ。行こう」

 オージャスも小声で応じる。

 二人はワカバを抱いて、連れ去った。


 次の映像は、おそらく道中だろう。アサナとオージャスが、かわるがわるワカバを抱きながら、どこかの道を進んでいる。

 そして次の映像は、よく見知った村に、家。サトバの村だ。

 ここから先は、ワカバもよく知っている。


 ワカバは生みの親に見捨てられ、殺されそうになっていたところを、オージャスとアサナによって連れ去られたのだ。

 あの人達はきっと何処かから連れてきた全然関係無い人なんだ、なんてワカバは都合よく妄想をしていたが、それは否定された。

 本当に生みの親だったんだ。誘拐されたというのは、育ての親の二人が、俺の為にしてくれたんだ。

 キズナのことも、境遇のことも、本当のことをいうと、オージャスとアサナには話して欲しかった。だが、余計なことを知って辛い思いをするより、良いと思ったのだろう。きっと時期がきたら話すつもりだったのだが、突然の堕人襲来で、話せなくなったのだろう。全部俺の為を思ってしてくれたこと、ワカバはそう思うことにした。

 落胆、安堵、不満、郷愁……様々な感情が入り混じり、ワカバの中をぐるぐると巡っている。ワカバは頭の被り物を取りながら、複雑な気分で装置から起き上がった。

「大丈夫かいな、ワカバ」

 そんなワカバの様子に、シュターソンも心配する。

「知りたいことは知れたか?」

「……はい」

 ワカバはただ、力なく微笑むしかなかった。


「よし、キズナの記憶も見たことだし、さっさとそんなモンは外しちまおうか!」

「はい! お願いします!」

 シュターソンが努めて明るく言ってくれたので、ワカバもだいぶ気が楽になった。

「その椅子にそのまま座っとき。あとはこっちでやるから」

 シュターソンはそういうと、ワカバに付けている線をいじくり始めた。頭の被り物は取り、キズナの線がつながる先は、別の機械になった。

「よし、いくぞ!」

 シュターソンがその機械のレバーを下げる。

 バシイィィン!! と強烈な音がして、ワカバの体に衝撃が走る。

「うわあぁぁぁ!!」

 だがシュターソンは眼鏡をずらして、怪訝な顔で機械とにらめっこしている。

「すまん、ワカバ、もう一回じゃ! いくぞ!」

 バシイィィン!!

「うわあぁぁぁ!!」

「もう一回じゃ! いくぞ!」

 バシイィィン!!

「うわあぁぁぁ!!」

「もう一回じゃ! いくぞ!」

 バシイィィン!!

「うわあぁぁぁ!!」

 ……

「ハァ、ハァ、ハァ、ト、トレマシタカ……?」

 ワカバの口からは、プスプスと煙が出ている。

「す、すまんワカバや。どういう訳か、キズナが外れん……」

「えぇっ!?」

「おっかしいのぉ……キズナは本人の気と結びついとるじゃろ? だから別の媒介に気を流してやると、普通ならポロッと取れるんじゃがのぉ……」

 シュターソンのブツブツぼやいている内容はワカバにはよく分からなかったが、キズナが外れない、ということだけは分かった。

「そんなぁ……」

 どうしようかと、ワカバとシュターソンがとりあえず一階に上がって来ると、外の騒ぎが二人の耳に入ってきた。


 2


 ワカバが外に出ようとすると、シュターソンが慌てて止めた。

「シッ! 静かにしろ! ここから隠れて見るんじゃ……」

 ワカバはそのシュターソンの様子に戸惑ったが、言う通りに扉の内側から外の様子を伺った。

 通りの真ん中に、数人の仮面の騎士団がいる。後方にはレッド。そしてさらにその傍らに仮面の男が二人いた。仮面は同じデザインだが、質感が異なる。おそらくピンカラが被っていたような、レプリカなのだろう。そして集まる仮面の騎士団の中央に、イダが跪かされていた。

「ここで間違いないんだな?」

 レッドが傍らの男二人に訊ねる。

「は、はい、間違いありません……! 僕達はここで気に関する書物を見ました……!」

「あっ! あいつらさっきの泥棒じゃねぇか!」

 聞き覚えのある二人の声に、気配でもワカバは分かった。

「なんだ、知っとるのか。この街で妙な正義感を持たんほうがいいぞ」

 そうシュターソンは忠告した。

 盗みに入った家を腹いせに告発!? あいつら何が義賊だ……。明らかに肉体的に弱そうな人を襲って、権力者にへつらってんじゃねぇか……

 こんなことになるんなら、助けない方がよかったのだろうか……。いやいやそんなことはないはず。ワカバは頭をぶんぶん振る。

「この者は、気について学んでいた疑いがある!! 気に関することは、使用、不使用問わず、学ぶことも含めて、その全てを禁じられている!!」

 仮面の騎士団の一人が、周りに向けて叫ぶ。周りに集まっていた野次馬は、見て見ぬふりをするか、ニヤニヤと眺めるかだ。

「うわぁぁ~ん!」

「イダさん……!」

 近くの建物からは、子供数人が泣きながら顔を覗かせていた。シュターソンがそれを見て言う。

「あれはイダの嬢ちゃんだな。身寄りの無い子を預かっとる」

 やがてイダの家から、騎士団員がでてきた。

「ありました! 気に関する書物です!」

「よし、罪が確定したな。この女には、今から罰を与える! 見せしめだ!」

 イダの周りには三人の騎士団員。その一人が大きな鋏を取り出すと、イダの髪をザクザクと切っていく。美しく長い髪は、見るも無惨に、丸刈りにされてしまった。

「お前達も、同じようなことをすれば、同じような目に合うだろう!! 気をつけて行動しろ!!」

「へっへっへ……さすがレッド様の部下、イヤラシ三兄弟はやることがいやらしいぜ……」

 周りの別の団員がニヤニヤ笑う。

 う、何て嫌な奴らだ……!

 思わず飛び出そうとするワカバを、シュターソンが止めた。

「堪えろよワカバ。ここではあんなもんは日常茶飯事だ。この街ではな、密告を推奨されとる。互いが互いを監視するんじゃ。それがエスカレートして、嫌がらせを受けたり、自殺に追い込まれる奴も多い。酷いと死刑じゃ。仮面の騎士団の横暴さは、日に日に増すばかりじゃ」

 しかし、跪かされていたイダの目からは、光が失われていなかった。仮面の騎士団に向かって言い放つ。

「何も知らないなら否定もできないでしょう!? そんなに自分が間違てるのが怖いの!? 知らないことにビクビク怯える、この臆病者!!」

 その言葉に、鋏を持った騎士がワナワナと震え出す。

「このクソ野郎……!」

 その騎士が、鋏を逆手に持ち替えた。そして、それをイダに向かって振りかぶる。

 だがその時、その騎士がよろめいて、バランスを崩した。騎士団の数人の元に、倒れ込む。

「おいおい、何やってんだ……」

「ん……? 何だこれ、おい……! どういうことだ!」

「お、おい! 助けてくれ、離れない!」

 鋏の騎士を含めた三人の騎士が立ち上がろうとするが、上手くいかない。何度も立とうとするが、バランスを崩してしまう。

 彼らは、腰の辺りが一体化してしまっていた。一体化は腰だけにとどまらない。腰から腹、腹から胸へと、一人の騎士から別の騎士へ、ズブズブと沈み込むように一体化していく。とうとう、彼らの上半身は完全に一体化してしまった。肩から上だけが分かれ、腕が六本、頭が三つの生物となる。仮面の騎士団の三名が、融合した。堕人に成ったのだ。

「おぉ……! 臨界点を越えたか!」

 シュターソンが興奮した様子で言う。

「あれは、堕人……!? 堕人に成ったのか……!?」

「成る瞬間を見るのは初めてか……? 最近は減っとったんだがのう。いや~これは貴重なサンプルじゃ。それにしても、あのお姉ちゃん間一髪だったな。だが堕人が出たとなると、やばいぞ~。はーくわばらくわばら。わしらは扉の内側で見物しとこう」

 シュターソンは面白がっていだが、ワカバは焦っていた。

 堕人は理性なく暴れまわる。あのままでは、イダさんも、周りの人間も……

「やばいぞ、どうする!」

 他の騎士団員の間にも焦りが生じる。

「おい! ウォーレンの装置はどこだ!」

「こ、ここにはありません!」

「何ぃ!? だからお前はダメなんだ! この使えない奴め!」

「オ……オォ……オオォォォーー!!」

 騎士団員だった堕人は、白目を剥いて雄叫びを上げた。自我が失われてきている。

 ワカバの不安が的中した。今にも、その堕人はイダに襲い掛かろうとする。さっきから持っていた鋏をそのまま、イダに向けて振り上げる。

 ワカバは気を使うことを止められている。騒ぎを起こせない身だ。ワカバは葛藤した。

 しかしここで助けなければ、自分は何の為に修行してきたのか。堕人の為に悲しむ人を減らしたい。それがお前の目的ではないのか。自分の善悪は、自分で決めるんだ。

 ワカバは覚悟を決めた。シュターソンに向けて、笑顔で言った。

「ごめんなさいシュターソンさん。やっぱり無理だ」

「待てワカバ!」

 飛び出すワカバ。一瞬で堕人との距離を詰め、そのまま衝空波を放つ。三人が繋がっていた胴体部分は、ほとんど千切れかけた。堕人はすぐに絶命した。

「あれが若さか……」

 シュターソンは頭を抱える。

 束の間の沈黙。その直後、

「気練師だぁーー!!」

 大声を上げる仮面の騎士団。堕人を前に何もできなかった者達が、ここぞとばかりにワカバに群がって、覆い被さる。ワカバは抵抗する気も失せていた。そのまま、なされるがままに、捕まった。


「死ね! 気練師!」

 ワカバが街を連行されている時、突然こめかみに鋭い痛みが走った。石をぶつけられたようだ。投げたのは、仮面の騎士団に憧れる少年、ピンカラだった。

「あんた、気練師だったんだな! 嘘ついてたんだな! 怪しいと思ってたんだ……!」

「コラコラ、危ないぞ少年」

 仮面の騎士団は、ここぞとばかりに大人の対応をしている。

 ワカバはピンカラに何も返さず、ただ連行されるのに任せていた。


 ワカバはこの街に連れて来られた時と同様に、手足に枷をされ、牢獄の中に入れられた。ブルーとイエロー、レッドの三将軍と対面する。

「ハハ! こいつは人を殺した! 人殺しだ! ほぅら見ろ、やっぱり悪人だったんだ!」

 レッドはむしろ、ワカバが罪を犯したことが嬉しそうだ。

 ブルーが穏やかにワカバに言う。

「大人しくしてれば良かったものを……何故罪を犯した?」

 イエローは金切り声でワカバに言った。

「せっかく助けようとしてあげたのに! あなたのような可哀想な存在を、私達のような正しい生き方に変えてあげようとしてたのに!!」

 ワカバは、彼らの善意に感じる気持ち悪さの正体を、既に突き止めていた。

「俺は……俺は、俺の人生を誇りに思っている! 育ててくれた両親、育った村、師匠に出会って気練師になったこと……全部、全部、誇りに思っている!! 人の人生を勝手に不幸にするんじゃねぇ!! そんなもんで善人ヅラすんじゃねえ!!」


「お、怒ったこいつ。悔しかったかねぇ」「効いてる、効いてる」

「……は?」

 周りにいる灰色仮面の一般騎士団員が、ニヤニヤと笑いながら、ワカバを侮辱し出した。

「お前、まだ気練師とか言ってんの? やばいよ?」

「……はぁ、どうして?」

「……ふん、自分で考えろ」「で? じゃあ、死ねよ。バーカ」

「はぁ……」

「ドゥフ、コイツ、雑草の露啜ってそう」「やめたれ、やめたれ、ウヒ」

「い、いやあの……」

「『気練師の俺、カッケー!』ヒヒヒヒヒ……」「キィーキキキ、キィーキキキキ……」

「……」

 な、何言ってんだこいつら……

 勝手に作り上げた前提を元に話を進め、こちらの話は聞かない。遮る。侮辱し、相手を怒らせる。何故だかそんなことで、相手より優れているつもりらしい。

 まともに、話が通じない。彼らにだけ分かる、侮辱と罵りのフレーズ。

 こ、こいつら、同じ人類か? 同じ言語を使っているのか?

 言葉が通じない国に来たか、何か別の動物にでも話しているんではないかと、ワカバは本気でそんなことを考えてしまった。

「もういい、もういい!」

 ブルーが場を収めると、静かに言った。

「……クレーシャ・ワカバ、君を死刑とする」

 ワカバは死刑判決を受けた。


 その夜、牢の中で過ごすワカバに、ブルーが来て話した。

「ワカバ君。残念だよ。君には正義の英雄になって貰いたかったのに」

「……あんたら、なんで俺を連れてきたんだ?」

「……君は、この街の人々を惹きつける存在になると思った。考えてもみろ。あちこちの戦争を操る戦争屋を殺し、世界に平和をもたらした英雄は、キズナ試作第一号を付け、誘拐されていた、運命の子……。実に魅力的なエピソードじゃないか!」

 仮面の隙間越しに見える口元が、不気味な笑みで歪む。

「どこかの誰かの悲劇、かりそめの英雄、悪人……。どれも大衆の大好物だ。彼らを惹きつけるのにこれ以上良いものはない」

 要するに、俺を大衆を惹きつける餌に使おうとした、ってことか……

「ウォーレンのアジトで君を見つけたのは、本当に偶然だ。あぁ、あの戦争を依頼したのは私達なんだがね……。ウォーレンがやられるとは予想してなかったが……彼は上手くやるよ。彼自身が死んでも、あの二つの街が戦争を始めるのは、もう時間の問題だろう。それにもし戦争に至らなくても、君がいた。戦争が起きなくとも、君がいれば、私達はまた大衆の気を引ける。物事は臨機応変に対応せねばな」

 戦争にしろ、ワカバ自身にしろ、大衆の気を引く、というのが彼らの主目的のようだ。

 それにしても、そんなものに釣られる大衆も愚かしい。

「気練師である君を正しい方に導くというのも、当然本当の気持ちさ。どのみちそういう人間でないと大衆の気を引く英雄にはなりえない。……もし従順にならなければ、プランB、悪の気練師として、死刑にする。いち早く教育を済ませたかったのだが、君が事件を起こすのが早過ぎた。

 ……今回は、残念ながらプランBだ。大人しくしていれば、正義の英雄になれたのに……」

「ハッ、余計なお世話だ」

「そうだ、君の両親は、自分らが死刑囚の親だとバレないか、ビクビクと怯えていたよ。散々利用した立場で言うのも何だが、何とも情けない連中だ。まぁ、そのおかげで利用しやすかったんだがな……

 君が赤子の時にキズナを付けたのも、それが失敗だったから殺そうとした時も、今回連れ戻す時も、上手く丸め込んだら何でも唯々諾々と従ってくれた」

 生みの親に対するブルーの感想は、ワカバも分からなくはない。

「君が赤子の時の誘拐は、こちらにとっても都合が良かった。気が暴走しそうな危険因子は排除できるし、こちらで殺す手間も省けた。罪はオージャスとアサナに押し付け、ステヤとアーマは、悲劇の主人公になった。今回君を連れ戻すと言った時も、彼に英雄の素質があると言えば、納得してくれた。

 あんな親の元にさえ生まれなければな……君には同情するよ」

 そう言うと、ブルーは部屋を出て行った。

 それから数日間、ワカバは牢の中で過ごした。しかしそれは街にいる時よりも、一人だから心地良いと思えたほどだった。


 ――五日後

 死刑執行の日がやって来た。宮殿前に死刑台が設けられ、ワカバはそこに枷のまま連れて行かれる。不思議と死への恐れは感じなかった。ただ陰鬱とした気持ちで、死刑台まで歩いていた。

 そんなワカバを待ち受けていたのは、群衆達の、拍手喝采。

「あぁ~、良かった。気練師なんて、恐ろしい!!」

「コイツら空中浮遊するから首吊りはきかねぇぞー!」

「死ねー! 気練師―!」

「馬鹿、今から死ぬんだよ。ヘヘヘへへ……」

 下品な野次、罵り。そして何が面白いのか、それに起こる嗤い。

 気色の悪い違和感がワカバの中に生じた。群衆への違和感。これまで見た中で、最も活き活きしている群衆。この人達は、死刑を憂いていたのではなかったのか。これではまるで、死刑が娯楽だ。

「し・け・い! し・け・い! し・け・い! し・け・い!」

 群衆の歓声は次第に「死刑」コールに変わる。

 ワカバは群衆の中にあるものを見つけた。

 肩を組み死刑コールをする、ピエロと、彼に野次を飛ばしていた人。そしてキズナ屋と泥棒。

 ……なんだ、皆同じなんじゃないか。お互い嫌いあっているようで、根本にあるものは皆同じ。誰かを責めるという愚かしい快楽に堕ちた者。

「し・け・い! し・け・い! し・け・い! し・け・い!」

 そして見物人の中に目立つ、レプリカ仮面をつけた人々。ワカバが街を歩いていた時も、ここまで多くの人がレプリカ仮面をつけてはいなかった。人の死で盛り上がるのはさすがに印象が悪いと、そういうことは自分の顔を隠して行うのだ。卑怯者に残る、保身の為の理性。

「し・け・い! し・け・い! し・け・い! し・け・い!」

 ステヤとアーマも見つけた。彼らもレプリカ仮面を付けている。しかしその佇まいや雰囲気で、ワカバにはそれと分かった。汗をダクダクと流しながら、皆がやるように拳を振り上げ叫んでいる。きっと、こうすることしかできなかったのだろう。皆に死刑囚の親だとバレないように、必死に同調して取り繕う。別に、庇って欲しいなんて思ってはいない。だが、ブルーではないが、あまりに情けなかった。

「し・け・い! し・け・い! し・け・い! し・け・い!」

 ネマクの民に対する、言いようのない、恐れ、怒り、呆れ、嫌悪感、不快感……ありとあらゆる嫌な感情がワカバの中に渦巻く。この街に来てからじわじわと抱いていた感情が、一気にワカバに襲い掛かる。

 自然と肩と首に力が入る。防衛本能が、ワカバの体を縮こます。

『人間皆誰だって、世界の一部なんだ』

『救いようの無い奴も、戦争中にいくらでも見てきた』

『本当にタチが悪いのは、自覚の無い悪党さ』

 今まで出会ってきた人達の言葉が、実感を伴って、立体的になっていく。ウォーレンの言葉でさえ、その説得力を増した。

「し・け・い! し・け・い! し・け・い! し・け・い!」

『命は〝生き方〟だ』

 最後に浮かんだのは、本当の両親の言葉。生物学上の親とはまるで対照的な、あの言葉。

 ワカバは何だかおかしくなってきてしまった。

 どうやら自分は、相当周りの人間に恵まれた人生だったようだ。

 ワカバの顔に、半ば無理やり、半ば本気の笑みが浮かぶ。

 良いじゃないか。死んで上等……! こいつらみたいに生きるくらいなら、死んだ方がマシだ……!

「し・け・い! し・け・い! し・け・い! し・け・い!」

「うぇっ、なんか笑ってるし……キモ……」

「気でも触れたか?」

「最後に意地張ってんのさ。分かってやれよ」

 仮面を着けたガタイの良い執行人が、目隠しをする前にワカバに問う。

「最後に、言い残すことは?」

「いや、いい」

 この人達に言うことなど何も無いし、言ったところで何も伝わりはしないだろう。

 ワカバは目隠しをされるまで、最期の空を眺めていた。こんな時なのに、空は薄ら雲っている。

 あぁ、せめて最期に、旅で出会ったみんなにはお礼が言いたかったな……


 死刑に沸く群衆の後端、ワカバからは見えない位置に、二人の人影がある。二人は群衆のように熱狂しておらず、むしろその様子に冷ややかだった。その一人がゆっくりと口を開く。

「僕の可愛い愛弟子(まなでし)に……何やってんだぁ!!」

 突如吹き荒れる爆風。それが、群衆を散り散りに吹き飛ばす。

 そして轟く二つの銃声。一つはワカバの首を括ろうとしていた縄を、もう一つは執行人を吹き飛ばす。

 ワカバは、この二つの膨大な気の持ち主達が誰か、見なくてもすぐに分かった。それでもすぐに会いたかったので、頭を必死に振り、目隠しをふるい落とした。想像した通りの二人が、そこにいた。

「師匠ぉ!! 姉さん!!」


「よぉ、ワカバ。久しぶりだな」

「ダメじゃないか、勝手にいなくなっちゃ」

 コウヨウと、続いてフレアがワカバに声をかける。二人とも余裕の表情だ。

 この街に来てからずっと感じていた胸の奥のつかえが、ワカバはやっと取れた感じがした。

 ワカバは思わず軽口を叩く。

「遅いですよ。師匠」

「なーに生意気言ってやがんだ」

 コウヨウはワカバの方へ歩きながら言う。コウヨウはワカバの枷をいとも簡単に壊した。

「お前、こんくらい外せんだろ……」

「あ……」

 そういえば、頑張れば外せたかもしれない。逃げるという発想も浮かばなかった。やはりこの街に来て少しおかしくなっていたことを悟った。

 そしてワカバは死刑に恐れを抱かなかった理由が分かった気がした。頭の何処かで、この人達が助けに来てくれる、そう信じていたのではないか。

 ワカバは開けられたジャケットのファスナーを、再び一番上まで閉めた。あぁ、やっぱりこっちの方が落ち着く。

 群衆はぶっ飛んで散り散りになったままだ。状況への理解が追いつかないか、突然現れた気練師達への恐怖で、誰も何も喋らなかった。怪我をしている者、まだ気絶している者、恐怖で怯えながら三人を見つめる者。彼らの沈黙の中を、ゆうゆうと三人は歩いて去って行った。それはそれは、異様な光景であった。

「へへへへへ……」

 ワカバの顔に笑みが浮かぶ。それにつられてフレアとコウヨウも笑う。

 心の底からの安堵。ワカバは、生まれたとされる家に行った時よりもよほど、家に帰った気持ちになった。


 3


「生きとったか、ワカバ。騒ぎにはならんかったろうな」

「おいおい爺さん、僕達がこの街で騒ぎにならない訳がないだろ……」

 ワカバ達は、シュターソンの家の地下に潜伏した。コウヨウ、フレアとシュターソンは、旧知の仲らしかった。

「嫌な説得力じゃな……頼むぞ、死刑囚をかくまっとるなんぞバレたら面倒だからな」

 シュターソンは辺りを見回しつつ扉を閉める。

 中に入ると、カルミンが飛びついてきた。

「良かった~~!! ワカバさん、ご無事で!!」

「わわっ! カルミンも来てたの!?」

「感謝しなよ。カルミンがもっかい病室に行こうとしてた時に、ワカバを連れ去る仮面の騎士団を見かけて、私らに教えてくれたんだから」

 そうフレアが教えると、カルミンがワカバを可愛く怒った。

「もう! 今度勝手にどっか行っちゃったら、『めっ!』ですからね!」

「勘弁してよ……。そもそも無理やり連れ去られたんだし、あの怪我だったし、めちゃくちゃ疲れてたし、寝てたし……」

「いーや、カルミンの言うことも一理あるぜ。僕の修行を受けてるんだったら、部屋に侵入される前に気配に気づいて、待ち伏せ、返り討ちにするくらいは出来るようになって欲しいな!」

「うん、確かにそうだな! 今度同じように連れ去られたら、『めっ!』だな!」

「ひぇっ……キヲツケマス……」

 フレア姉さんの『めっ!』はカルミンのそれと違い、やたら恐ろしく感じてしまうのは何故だろう……。漢字で書くと『滅っ!』とでも書きそうな……

 皆はシュターソン家の地下に移動する。ごちゃごちゃと置いてある研究道具を隅に寄せ、空いたスペースにテーブルと椅子を用意する。椅子を運びながら、ワカバがフレアとコウヨウに聞いた。

「それにしても、それだけでよくこの国って分かりましたね」

「仮面被った怪しい集団つったらまぁこの国だしね。それにウォーレンのアジトを探ってたら、この国と関わってた証拠がドサドサ出てきたよ。ここで生まれた堕人をウォーレンが利用してたみたいだな。そこまできたら、ほとんど間違い無いだろうって」

「戦争をけしかけて、どちらも弱ったところに戦争を止めるという名目でいけしゃあしゃあと介入、どちらの国も支配下におく。大国ではよくある手さ。この分だと、自国の民衆の気を引くのにも利用してそうだな。自分で起こしといて、悲観する。まったく馬鹿な話だぜ。どっかの悲劇なら自分達はさして傷つかないし、悲観してれば何となく良いことをした気にさせられるもんな」

 コウヨウがそこまで言うと、カルミンがワカバに教える。

「もう、三日前に着いたのに、お二人とものんびりしてらっしゃるから焦りましたよ。ワカバさんが死刑にされそうだっていうのに……」

「へぇ~、えっ、三日も前に来てたんですか!?」

「おう、来てたよ」

 と軽く返事をするコウヨウ。

「ならもっと早く助けてくれても良かったのに……」

 こいつら、わざと遅らせていじめて楽しんでたんじゃないだろうな……

「何、ちゃんと殺される前には助けたろ?」

 コウヨウはちゃっかり一足先に椅子に座って言う。だが次の言葉は真剣だった。

「それに、この街の人間達を、よく見せておきたくてね」

 それに関しては、ワカバも妙に納得した。何というか、ある種の人間の本性のようなものを見せつけられた感じがしていた。

 コウヨウは改めて、ワカバに問う。

「ワカバ、どう思った?」

「う……なんていうか……気持ち悪いんですよね。全ての行動になんか違和感があるというか、」

 ワカバはこの街に対する感情を、上手く言葉にできなかった。

「そういえば、仮面の騎士団は堕人は気練師が生み出すもの、とか言ってましたよ。気練師が気を吸い取ったら、その人は堕人にされる、とかなんとか」

「クク……あいつららしいね。問題は何でもどっかの悪人のせいにしたがるんだ。確かに他人から気を奪うこともできるし、気をあえて抑えるなんて技法もある。気を奪われた他人は堕人になる可能性もあるだろうな。なまじ正しい部分もあるから、逆にタチが悪い」

「えっ、そんなことできるんですか?」

「まぁ、やろうと思えばできなくはない……と思う。試したことはないし、試すつもりもないけどな。ただでさえ馬鹿が多い生物をなんでこれ以上馬鹿にしてやらないといけないんだ。所々正しい情報があっても、肝心なところが分かってない。肝心なところを自分達に都合よく解釈する。この街の人間はそんなんばっかだよ」

「なんか、師匠から聞いたこととか、自分で感じたこととか、仮面の騎士団に言われたこととか、もうゴッチャになって、訳分かんなくなって……

 気が澱むって、どういうことなんですか? この街で、三人が堕人に変化するところを見ました。この街全体も、気が澱んでます。気が澱むのって、何か理由があるんですか? どういう人とか……」

「おぉ、よし、良い機会だ! どれ、わしがお前らに気について教授してやろう!」

 シュターソンは黒板を引っ張り出してきて、そこにチョークであれやこれや殴り書き始めた。

 あ、やばい……

 そう言いたげな顔でコウヨウとフレアが目をそらす。

 不穏な空気をワカバは察したが、とりあえずシュターソンの話を聞いた。

「まずは大前提として! 気とは何か……」シュターソンは語り出す。

 気とは、自身の内外を巡る、生命エネルギーのようなもの。目には見えないが、肉体に内蔵、脳や神経、精神に至るまで、その正常な活動の為に必要不可欠なものなのだ、と。それ故に、気の活動が弱まると知性や理性も適切に機能しなくなる。

 この辺はワカバも修行の初めにコウヨウから教わったことだ。

「ワカバが気になっとる、気が澱む理由は大きく分けて二つ! 一つは堕落、もう一つは自衛じゃ!」

 知性や理性、神経、精神などを適切に機能させることができなくなると、気は澱んでいく。これが気の堕落。

「どうでもいい情報ばかり蓄えこんで、ろくに考えず都合よく解釈する。問題はどっかの誰かのせいで、他人を嘲ることが快楽になる。気が澱んだ奴は、知性も理性も恥も無い。

 まさにこの街の住人だな! ホッホ!」

 とシュターソンは容赦なく街人を嘲る。

 もう一つが、自衛。

 周囲からの情報を遮断しようと、無意識に自ら気の活動を停止させようとする。

 皮肉にも気が元々よく働いている人がなりやすく、原因となる人間は気が澱んでいることが多い。

 気が澱むのはほとんどが堕落によるものだが、まれにこの自衛によることがある。

「で、堕人だ。気がある一定のところまで落ち込んだら、もはや肉体の構成まで不可能になる。そうして出来上がるのが堕人だ。こうなってしまったら、知性も理性も無い、ただ本能で暴れまわるだけの怪物となる。こうなる気の境界をわしらは、気の『臨界点』と呼んどる」

「臨界点……」

 カルミンは真面目にメモを取りながら聞いている。

「しかし、堕落でそうなった奴らは、それでも生命活動を維持しようと、本能的に気の性質が会った他者と無理やり結びつこうとするんじゃ。これが通常の堕人だな。自衛で臨界点を越えると、ほぼ一体堕人となる。自分の内に溜め込んだ思いや感情、思考が肉体の形状変化という形で現れる。堕人の本質は融合ではなく、気の活動が弱まったことによる心身と思考の崩壊、という訳じゃな」

 それでも、あまりいっしょくたにはしたくない、とワカバは思った。

「そうだ、気には『共振』って作用があってね……」

「おぉ! 『共振』! 大事なことを教えるのを忘れとった!」

 シュターソンはフレアの話を遮って話し始める。こうなると、シュターソンは止まらない。

「気は周囲の気に影響されやすい。この性質を共振と呼ぶ。要するに、周囲の人間と似たような気に自分もなっていく、ということだな。自分が周りに影響することもある。気が高まった奴らと一緒にいれば自然と気は高まるし、澱んだ奴らといればそうなっていく。これに流されん為には、よっぽど自覚する必要があるな」

 ワカバは共振という言葉を聞いたことがあるのを思い出した。

「ねぇ師匠、共振って……」

「……ん? あぁ、そういえばあったな。アストの家族が堕人になった時か。元々臨界点ギリギリだった奴らが、堕人の気に影響されて、ついに臨界点を越えた。まぁ、あれも共振と言っていいだろうな」

 若干ボーっとしていたコウヨウが、ワカバの問いに顔を上げた。

「ほう! 堕人との共振で臨界点を越えた人間か。ワカバも面白いもんを見たな。

 共振も度合いが高まると、気が本来の状態よりさらに高まったり低まったりする。気を堕落させてしまう人間が多いのは、この性質のせいもあろうな」

 そもそも、本来なら気は自覚がなくても自然と活動している、ともシュターソンは教えた。

「動植物問わず、生きているものには全て気が流れている。しかし堕人化は人間特有の症状だ。人間の生き方がそれだけおかしくなっている、ということだろうな」

 周囲の環境に適切に注意を払っていたり、感動、喜び、怒りなど、感情が大きく動いた時などは、無意識でも気が活性化するのだそうだ。

 そしてもちろん、自覚してそうすることもできる。それはワカバも気練師として経験してきたことだ。

「ワカバはどうやって気の修行をしてきた?」

 シュターソンはビシッと指をさし、ワカバに問う。

「どうって……まずは、自分の行動を意識して、意識して意識して、ひたすら意識して……」

 厳しい修行が思い出され、ワカバはゲンナリしてきた。そんなワカバに、そんな修行をさせてきた当人、コウヨウが笑う。

「ククク……そう! 気を高める為にはまず一つしかない! 自分に意識を向ける、ということだな!

 これはわがままだとか、自分本位だとかとは、全く違うよ。他人(ひと)の為にできることはまず、自分自身に意識を向け、自分自身を高めていく。そういうことだな」

 そして頬杖を突いて、ため息をつきながら続ける。

「そういう意味で、この街の連中みたいな奴らは他人にしか目が向かない。何処かに悪人や弱者を見出だしてれば、簡単に自分は正義の側や優れてる側だと錯覚してる。

 自分に目を向けると、どうしても自分の欠点が目につく。最初は誰だって嫌なもんさ。誰かに目を向けてれば、そんな思いはしなくて済む」

 そしてフレアが、伸びをしながら言う。

「馬鹿はいつだって、どうでもいい情報を身に纏って、何も知らないのに知った気になる。そして他人(ひと)の文句で盛り上がるんだ。間違ってるのはいつも相手の方、ってな。だからいつまで経っても、成長しない。いつまで経っても、真実にはたどり着かない。そういう奴らは、気が澱む典型だな」

 ワカバはなんだか、この街の人達に感じた気持ち悪さが、ストンと腑に落ちた感じがした。

 ここで再びシュターソンが話し出す。

「そもそも『澱む』だの『高める』だの『流す』だの、ザックリ色々な表現を使っとるが、気には質やら量やら流れの強さ、場所の偏りなど色々な要素があるからな。だから一括りに良し悪しを決めるのは、中々難しいな」

「へー、質とかあるんですね」

 ワカバの反応に、コウヨウが返す。

「あぁ、あるぞ。例えば、感動とか喜びとかが原動力の良い状態の気は、なんかこう、サラサラした感じだな。粘度の低い液体や気体みたいな感じだ。対して負の感情で動く気は、粘性が高いというのかな。ドロドロ、ネバネバした感じがする。割と澱んだ状態に近いんだ。だがその状態で無理やり体の中を駆け巡るから、肉体が傷つく。ワカバ、お前も経験したろ」

「た、確かに……」

 だがあの時は怒りに囚われていて、そんなことを感じ取る余裕は全然なかった。

「そういう質やらなんやらを自覚して、全体的に高めていくことを『練りあげる』って表現してんだな。そしてそうする奴らが『気練師』って訳だ」

「なるほど……」

 一度に大量の情報を与えられたワカバだったが、なんとなく、全てが繋がってきた感じがした。

「よーし、基本はできてきたなお前ら! さぁ、どんどんいくぞ! 次は感情の変化における気の粘性の違いでも話そうか! 気のレイノルズ数は一般的な流体に比べてもかなり変化が大きくてな。だがわしはそれを求める近似式を編み出して、その式が……」

 シュターソンのテンションがどんどん上がっていく。

「い、いや、あの……もう充分……」

 ワカバの声はシュターソンの耳には全く届かなかった。

 ……

 みっちり三時間の講習が終わった。

 カルミンは白目を剥いて、頭から煙が出ている。

 シュターソンの話は、カルミンの頭のキャパシティを大きく超えていたようだ。

 あぁ、可哀そうに……。

 かくいうワカバも、最初は理解しようとしたものの追いつかず、最後の方はほとんど右から左へ聞き流すだけとなっていた。

「ぐぅ……」

 フレアは寝ていた。

 コウヨウは、文庫本を読んでいた。

「コラ! ちゃんと聞かんかお前ら!」

「んぁ? もう朝?」

 フレアの間の抜けた声で、シュターソンの講義は終わりを告げたのであった。


「あぁ、腹減っちまったよ。飯にしようぜ」

 コウヨウがどこかへ行く。

「ワカバぁ! ごはん作ってぇー!」

 フレアが伸びをして、ワカバにじゃれつく。

 カルミンも意識を取り戻した。

 コウヨウがどこで取ってきたのか、パンをかじりながら戻ってきて、テーブルについた。

「コラ! 人んちの食料を勝手に漁るな!」

 シュターソンがそれを見て怒る。

 講義も終わり、場の雰囲気が和気あいあいとしてきた。

 そんな空気感の中、ワカバの思ったことが、つい口をついて出た。

「……でも、そこまで分かってるなら、誰か教えてあげれば良かったのに」

 コウヨウはそのワカバの言葉に少し目を見開くと、

「……そうだな」

 微笑んでそう言ったきり、黙ってしまった。穏やかで、悲しい微笑みだった。フレアも同様に黙っている。その雰囲気にワカバとカルミンが戸惑っていると、シュターソンがその沈黙を破った。

「教えようとした奴がいたのさ。昔ね。だが聞かん。街の連中からすれば、自分達が間違っていると言われるようなもんだからな。そんな事実、奴らに聞く度胸は無い」


 ――十年前、ラジャス国、ネマク

「改めて、協力してくれること、感謝しますよ、コウヨウ君」

「いや、僕の方こそ。傭兵として人を救うのにも限界を感じていたところだ。あんたみたいな人に出会えたのは、こちらとしてもありがたいね」

 コウヨウに声をかけるのは、ネマク在住の科学者テスレイド。痩身で身長は高く、コウヨウとほぼ同じ目線で話している。白衣姿で、知性を感じる声に、グレーの髪、そしてスクエアの眼鏡。温和な表情を浮かべているが、赤い瞳はその芯の強さを表していた。

 テスレイドは当時『最強の傭兵』と謳われていたコウヨウに協力を求め、気の研究を続けていた。

 堕人化。それは世界中多くの人を悩ませる、原因不明の一種の奇病のように捉えられていた。ラジャス国、ネマクもそんな街の一つ。ネマクは他の国や街よりも突出して堕人の出現率が高く、その原因究明と解決は喫緊の課題だった。

 しかし、当代きっての科学者、テスレイドやシュターソンなどの活躍により、その原因の大部分は、解明され始めていた。

 ネマクは軍事国家。技術の発達が他の国より早く、他国に侵攻しては領土や資源を獲得し、発展してきた国だ。軍事国家である故、戦闘や身体能力に長けた軍人は多く、彼ら数人がかりなら何とか堕人を捕獲することができた。そしてそれを研究対象としていたので、堕人の研究も盛んに行われていたのだ。

 堕人の暴れる気性はどうにもならなかったが、鎖に繋ぎ、頑丈な檻の中に閉じ込めておきさえすれば、生きて捉えおくこともできた。食べ物は人間のものでもよく、腹が減れば複数ある口で何でも食べる。雑食で、共食いをしたり、人間を食べることもあった。

 そんな堕人研究の先鋒がテスレイドやシュターソン。他にも様々な科学者が堕人の研究をしていた。


 テスレイドの自宅兼研究所にコウヨウは居候し、研究に協力していた。

「私はね、人を救いたいんだ。気が澱んでいる人が多いだろう、この街は。コウヨウ君のように気が高まってる人が、どのようにして気を高めているか、広く街の人に伝えられたら良いんだけどね」

「やめとけ、あんな連中救うおうとするのは」

 そうテスレイドに愚痴るのは、十年後とほぼ変わらない容姿のシュターソン。テスレイドとシュターソンは同じ科学者同士。友人であり、ライバルでもある、そんな関係だった。

 そんなシュターソンに、コウヨウが軽口を叩く。

「あれ、シュターソンの爺さんも気の研究をしてなかったか? ツンデレか? 爺さん」

「アホゥ。わしは何にせよ、何がどうなっとるのか気になるだけじゃい。役に立つかどうかとか考えよったら、なーんも分かりやせんわ」

「ねぇねぇコウヨウさん! 私にも気を教えてよ!」

 無邪気に聞くのは、テスレイドの娘、フレアだ。その活発さは十年後にも引き継がれるが、まだ背は低く、髪は短い。

「お前は気が巡ってるから、大丈夫だよ」

 そっけなく言い放つコウヨウ。

「えー! 私もバーンって、技を撃ちたい!」

「そこまでなんなくていいよ。傭兵になんかなっても、めんどくさいだけさ」

「傭兵になんなきゃいいじゃん。ね、ちょっと知るだけ」

「いや、めんどくさいし……」

「ひどい!」

 コウヨウは誰かに気を教えるつもりはなかった。なまじ強力な力を得ると、奇異な目で見られることも多いし、人はそれに頼りがちになる。人を救おうと傭兵になりはしたが、いくらやっても戦争は無くならない。助けてもらって当たり前で、そのやり方に文句までつける人までいる始末。最近は傭兵として人を救うのにも、限界を感じていたのだった。それがコウヨウがテスレイドに協力した、一つの大きな理由だった。

 人間から堕人への変化には、気が関わっている。研究の結果、それはこの時点では解明できていたこと。人間には気が流れていて、その気が澱むと、堕人に成る。

 テスレイドが開発しようとしていたのは、気の加速装置だ。

「う~ん、ちょっと弱いなぁ……もう少し、強くできます?」「『最強の傭兵』なんでしょ? もうちょっといけますよ」「よし、では175回目、始めます」「さ、休憩終わり! 再開しましょうか」「ほら、意識が飛んでますよ」「呼吸が乱れてますよ」「集中して下さい」


「ハァ、ハァ、ハァ……き、君のお父さんは、優しそうに見えて、結構キツいことをやらすのね……」

 想像よりもキツい実験が続く。コウヨウは思わずフレアにこぼしたのだった。


 ある時コウヨウがテスレイドの家のソファでうたた寝していると、突然激しい音がし、窓ガラスが割れた。

「な、なんだ!?」

 コウヨウが身を起こしそちらをみると、割れたガラスの破片に混じって、拳大の石が落ちていた。ガラスの破片が落ちているのは全て部屋の側。誰かが外から石を投げ、窓ガラスを割ったのだ。

 これに限らず、テスレイドの家には嫌がらせが頻発していた。投石や投書、落書き、放火など。怪しい実験やめろ、というのが、その理由の大半だった。

 テスレイドがコウヨウを雇ったのは、身辺警護の意味合いも兼ねている。

「なんだ、そういうことなら言ってくれよテスレさん。僕がちょちょいっと締めてやろうか?」

「それじゃ駄目なんだ!」

 珍しくテスレイドの語気が強まる。

「それじゃ駄目なんだよ。コウヨウ君。人を救う為の研究なんだ。人を傷つけては駄目なんだ」

「……分かったよ。悪かった」

 テスレイドの頑固さには、コウヨウも苦笑するしかなかった。


 研究と嫌がらせ、しばらくはそんな日々が続いた。そのうち、その嫌がらせの元凶となる存在に、コウヨウは気づいてきた。

 仮面を着けた、怪しい集団。

 彼ら自身では何もしない。ただ嫌がらせをする人の後ろでコソコソと耳打ちしては、彼らを煽っている存在。

 テスレイドのダイニングで、コウヨウ、テスレイド、シュターソンが酒を飲みながら話している。テスレイド家でたまに開かれる、大人三人での酒飲み会議だ。

「たまにいるな、仮面を着けた奴。アイツら一体何者だ?」

「最近チラホラ現れ出した、この街の自警団を自称しとる、胡散臭い連中じゃ。自らを仮面の騎士団とか言いよる。奴らに言わせれば、気の流れは抑え込んだ方が良いとかなんとか……馬鹿もいいとこじゃ」

 コウヨウの問いにシュターソンが答える。

 テスレイド一派はじめ大半の研究者は、普段の行動が気の流れを滞らせる、それが悪化した結果、人は堕人と成る、という考えを持っていた。

 しかしごく一部の科学者は、気練師が自分の能力の為に人間の気を吸収、活動を弱めている、その結果堕人が生まれている。堕人は気練師の被害者だ、との見解を示していた。

 その筆頭が、科学者のアヴィード。彼や似たような考えを持つ人らが集まり、仮面の騎士団が結成された。後々、仮面の騎士団はその筆頭である三将軍という役職を設け、仮面の色をそれぞれ専用のものに変えた。アヴィードの仮面は後に青い色となり、彼はブルーと呼ばれるようになる。

 テスレイドやシュターソンにとっては、気が澱むと堕人に成る、というのは、ほとんど常識レベルの定説だ。しかし、それを否定し、仮面の騎士団の不確かな理論を簡単に信じてしまう人がいる。そういう人達が、テスレイドへ嫌がらせをしていたのだった。


 嫌がらせは更にエスカレートしていく。最近では、家の周りに人が集まることも増えてきた。彼らは「研究やめろ」などと大声で叫んでいた。

 ある日、フレアが額から血を流しながら帰ってきた。

「お、おいどうしたんだ……! 大丈夫か!?」

 テスレイドが心配して駆け寄る。

「アイツらに、石投げられちゃって……」

 だがフレアは、努めて明るく言った。

「大丈夫! 私強いから! アイツらは弱いから、遠くからチマチマ地味な嫌がらせしかできないのよ」

「おっ、良いねぇ。本当に強い奴ってのは、些細な嫌がらせなんか気にも留めないもんさ」

 コウヨウはフレアの反応に喜ぶ。だが、テスレイドはそんな気持ちにはなれなかった。急いで駆け寄り、傷の手当てをする。

 そのうちに、フレアの眼には大粒の涙があふれてきた。

「う、う、うわあぁぁぁ~~ん!!」

 無理に作った笑顔は長く続かない。本当は、当然辛いのだ。優しくされたことで、その無理な我慢は決壊した。

 コウヨウはフレアの反応をのん気に喜んだ自分を恥じた。自分のように肉体的に強い人間ならともかく、こんな小さい少女にその強さを求めるのは、酷だろう。

 大泣きするフレアを、テスレイドが抱きしめる。

「もう、やめた方がいいのだろうか……」

「やめないで、やめないでお父さん……やめちゃダメ……あんな奴らに、負けちゃダメ……」


 翌日、今までで最大の人数が、テスレイドの家の前に集まっていた。つるはしやこん棒、プラカードを掲げ「研究やめろ」と叫んでいる。コウヨウとテスレイドが外へ出ると、その騒ぎは更に大きくなった。

 彼らが持っているビラが周囲に数枚落ちていたので、コウヨウは拾って見た。するとそこには、

「コウヨウという暴力気練師を盾に、非道の限りを尽くす残虐科学者」「テスレイドは妻が死に娘が怪我をしても研究を続けるマッドサイエンティスト」などといった中傷が羅列されていた。

 テスレイドの妻は二年前に亡くなっていたが、それは病気であって、研究は関係無い。それに、

「フレアをに怪我させたのはそもそもお前らだろうが……」

 コウヨウは苛立ちが抑えられなかった。

 一人の女性騎士団員が台に乗り、後方から群衆に向かって叫ぶ。

 この女性は活動家のアスミタ。後に黄色い仮面を着け、イエローと呼ばれるようになる。

「皆さん! 彼らに騙されないように! 彼らは、私達の気が澱んでいるから、堕人に成ると言っているのです! 我々が間違えている、と言っているのです! 彼らは適当な理屈をこねて、私達を悪者にしているのです!」

「てめぇらとどう違うんだよ……!!」

 コウヨウは苛立ちの声を漏らしながら、群衆に向かって歩み寄る。テスレイドが腕を掴んで止めたが、群衆は悲鳴を上げて後ずさった。


 仮面の騎士団は、その気と堕人に関する解釈はともかく、大衆への演出だけは上手かった。

 そもそも彼ら自身も気づいていない心の底にある目的は、真実を明かにしようというものではなく、大衆の気を引くことによって自らの地位を高めることにあった。

 テスレイドらの見解は、自分らの行動を正す必要がある、というもの。

 アヴィードら仮面の騎士団の見解は、自分らや堕人はあくまで被害者であるというもの。それに加えて、気練師やテスレイドを悪に仕立て上げた。

 自分が間違っているという意見は、人は中々受け入れられない。そして不安を煽ると、人は食いつく。騎士団の理論を受け入れれば、気練師やテスレイドという悪に対する、正義の側でいられる。弱者を庇う側でいられる。被害者の側でいられる。

 仮面の騎士団はそんな大衆心理を上手く利用し、愚かな大衆はまんまとその意見を受け入れるようになった。

 気に関しては、気練師を引き合いに出し、活性化している状態は野蛮で動物的な状態だとした。また気練師に気を吸い取られない為に、自らその活動を抑える必要があると、自ら活動を抑えたら、堕人になる心配は無いとした。

 アヴィードが秘密裏に制作していたのが気の抑制装置。

 実用化には至っていないのでまだ公にはされていなかったが、七年前から試作を開始しており、その第一弾を取り付けたのが、ワカバという赤子だった。


 コウヨウの怒りに、ざわつく群衆。

「そろそろ潮時かな……」

 群衆の騒ぎを見て、その後方に立っていたアヴィードが、別の団員に耳打ちする。

「あの計画を、始めるぞ」

 するとその団員は、こそこそとどこかへ走っていった。

「や、やめろぉ! 怪しい研究は、やめろぉ!」

 つるはしを持ち、叫んでいる人がいる。

 誰かがその人を、後ろから足で小突いた。

「う、うわああぁぁぁぁぁ~~!!」

 前につんのめった勢いで、歯止めが利かなくなり、その人がテスレイドの家に向かって、突進する。それを皮切りに、大勢が一斉にテスレイドの家に向かい突進してきた。

 コウヨウはテスレイドをグイと後ろに引っ張ると、左手を、右から左へ払う。

 すると風が巻き起こり、向かってきた群衆を吹き飛ばした。元の場所に戻される群衆。

 一瞬の沈黙。その後、

「こ、こんなにか弱い生身の人間に!」

「ほら、これが気練師だよ!」

「出ていけ! 気練師!」

 群衆は余計に騒がしくなった。

「やめてくれコウヨウ君! 人を傷つけないでくれ!」

「馬鹿! あんたまで危ないんだぞ!」

 縋りつくテスレイドに、コウヨウは歯噛みする。

 テスレイドは一歩前に出る。

「もう、許してくれ……! 研究は、やめるから……!」

 テスレイドは頭を地に付け、許しを乞う。

 流石の群衆も怯んだ。

 しばらくして、アスミタが口を開く。

「あなた達はこの程度の――」

「うわあぁぁぁ~~!! た、大変だあぁぁ~~!!」

 その時、突然一人の騎士団員が、叫びながら走ってきた。

「た、大変です!! ある気練師が、研究用に捕えていた堕人を全て逃がしました!! 今その堕人が街に向かってきています!!」

「はぁ!?」

「何だと!?」

「ほら、やっぱり気練師だよ!」

「気練師は、そんなことをする人間なんだ!」

 また騒ぎ出す群衆。

 しかしコウヨウは、その話をハナから信じなかった。

 胡散臭ぇな、ここに僕以外の気練師がいたらまず分かるってのに……。十中八九、気練師を貶める為のあいつらの自作自演。

 ……だが待てよ? ここで恩を売っとけば、馬鹿みたいに騒いでる連中を大人しくさせることもできるか? どうせそこまでの堕人倒せるのはこの街で僕くらいのもんだろうし……

 コウヨウはそこまで考えると、騎士団員の一人に声をかけた。

「おい、そこの仮面の。僕はこの街の連中が死のうと生きようと別にどうだっていいんだが、その堕人、僕が行って倒してやってもいい。その代わり、それが済んだらここで騒いでる奴らをとっとと引きはがして、二度と研究の邪魔をしないと誓え。いいな? もし堕人襲撃や気練師のことが嘘だったら……分かるな?」

「ふ、ふん、いいだろう……」

 声をかけられたのはアヴィード。コウヨウの迫力に思わず気圧されたが、思惑通りに事が進んでいる。

「コ、コウヨウ君……」

「なーに大丈夫だって。堕人相手に殺されやしねぇよ」

 心配そうにするテスレイドに、コウヨウは軽く返事をする。

 コウヨウが街の東の外れに行くと、確かに堕人が群れを成して街に来ようとしている。それから逃げるように、数人の騎士団員が悲鳴をあげながらコウヨウの側を通り過ぎて行った。

「なるほど、堕人襲来は嘘じゃなかったか。となると、気練師がでっち上げで、さっき逃げてった奴らが堕人を解き放って逃げてきた、とかそんなとこか?

 それにしてもうじゃうじゃいやがんな。三十匹はいるか? ……そんじゃ、ま、やりますか」

 コウヨウは堕人と向き合う。


「は?」

 堕人を殺し戻ってきたコウヨウを待ち受けていたのは、無残に荒らされた研究所だった。テスレイドも、フレアもいない。群衆もいなかった。シュターソンだけがその中に一人ポツンと座り、酒を煽っていた。

「コウヨウ、お前さん利用されたな。しかも舐められた。お前さんが堕人を倒している隙に、テスレイドを死刑にするんじゃと。しかもあわよくばお前さんが堕人に殺されると期待してな。生きとってもボロボロで、ろくな抵抗はできんと踏んだようだ。

 怪しい研究を進め、国民を不安に陥れた罪、だとよ。一介の自警団にそんな権限があるもんかね。だがあいつらは、それを一方的に決めよった」

 コウヨウに向かって酒を散らしながら、シュターソンはがなる。

「わしは生きるぞ、コウヨウ……わしゃあ生きるぞ! 真実を受け入れる度胸も無いひよっこ相手ならな! わざわざそれを教えてやる筋合いも無いんじゃ! 胸のうちにでも閉まっときゃあいいわ! わしゃあ生きるぞ!! コウヨウ!!」

「……好きにしろ」

 コウヨウは研究所を出た。

「だから言ったんじゃ……! 馬鹿モン……! 馬鹿モン……! ……あの世で会ったら、また飲もうや」


 テスレイドがネマクにコウヨウを呼んだのは、仮面の騎士団にとって都合が良かった。

 気練師は悪だと印象付けたい彼らにとって、異常なほどに能力の高い気練師であるコウヨウが来たのを利用しない手は無い。彼らを何とか悪に仕立て上げることができないか、考えた。

 それが今回の事件。まずは気練師によるものとして、研究の為に捕獲された堕人を解き放ち、コウヨウに相手をさせる。コウヨウを引き離したら、その隙に、科学者の中で一番立場のあるテスレイドを死刑にする。彼らが悪で、自分らが正義だと、大衆に演出する。テスレイドに同調する科学者には、いい見せしめになる。コウヨウは大量の堕人相手に、死亡するか重症にはなるだろう。どちらにしても、重症のコウヨウや残された堕人の相手であれば、騎士団でも問題は無い。

 そして仮面の騎士団は、テスレイドの手前、コウヨウが暴力に訴えないだろうと、そして、自ら堕人の相手をするだろうと、賭けに出た。

 賭けはほぼ上手くいった。しかし仮面の騎士団には、ただ一つ誤算があった。

 それはコウヨウが、想定よりも遥かに強かったこと。


 コウヨウは宮殿前広場まで全力で駆けた。

 死刑が行われるとしたら、そこしかない。

 辿り着くと、既にやかましい群衆が集まっていた。

 その群衆越しに見えるのは、死刑台に立たされているテスレイド。その傍らで、後ろ手に縛られ捕らえられているフレア。

 テスレイドは最後まで叫んでいた。自分を信じてくれと、気を活性化させる必要がある、と。だが、群衆は何も聞かない。歓声で言葉は掻き消され、テスレイドが何を言っても、群衆は嗤うだけだった。テスレイドに向けられていたのは、十年後、ワカバに向けられるような、野次と罵り。

 群衆の後方に控えていた仮面の騎士団がコウヨウに気づいた。

「お、おい! あいつ、死んでないどころかピンピンしてんじゃないか!」

「どういうことだ! さては逃げたな! 皆さーん! コイツは堕人を倒さず逃げて来ましたよー!」

「ええい! そんなこと今はいい! 捕えろ! 囲め囲め!」

 コウヨウに覆い被さる仮面の騎士団。それに気づいて、騒ぎ出す群衆。

 死刑台の方でもその騒ぎが伝わった。テスレイドに目隠しをしようとしていた騎士団員に、別の団員が焦って支持する。

「そんなものいい! 急げ! 執行だ、執行!」

 テスレイドはコウヨウに気づいた。そして、ようやく安堵した。

 コウヨウ君は、無事だった。

 とうとう諦めることができた。ほっとした顔で、フレアと、それからコウヨウの方を向き、穏やかに口を開く。

 周囲は相変わらず騒然としていたが、コウヨウにはテスレイドがなんと言っているか、何故か伝わった。その時は周囲の音が消え、その言葉しか聞こえなかった。

「後は頼みます」

 抜け落ちる足元の床。そこから突き出す足。刑は執行された。

 流石の群衆も、執行の瞬間は押し黙った。顔をしかめたり、目を背けたりしている。

 覆いかぶさる騎士団員、群衆など、コウヨウにとっては石ころのようなものだ。コウヨウは覆いかぶさる団員や群衆を吹き飛ばしながら、一飛びで死刑台まで向かった。

 そして急いで綱を切り、テスレイドの頭を抱える。

 絞首刑による死因は、気道の圧迫による窒息よりも、頸動脈を圧迫され血流を遮断されたことによる脳死や、落下の衝撃による頸椎の骨折であることが多い。すなわち、ほぼ即死だ。

 テスレイドは穏やかな顔をしていた。

 震える手で、頭を抱える。……救えなかった。自分の不甲斐なさに、歯噛みする。

 そんなコウヨウに群衆の声が聞こえてきた。


「何も、ここまでしなくてもなぁ」

 は?

「私ら、ちょっとふざけてただけなんだけどね……」

「大変だよなぁ。あんな批判されて」

「さぁ、帰ろ帰ろ。次の死刑はいつかなー」

 ヘラヘラと笑いながら、群衆達は帰路についていく。

 ……何だこれは? 人を死ぬまで追い込んで、いざ死んだら、それを哀れむのか? それなら何故死ぬまで追い込んだんだ。何故死刑を見に来た。何故こんなに盛り上がった。

 お前らさえも、救おうとしていた人だぞ。

 奴らは一体何を考えて行動しているのか。いや、結局は何も考えていないんだ。その時の感情、快楽だけで、簡単に人を傷つける。そして死という取り返しのつかないところまで来たら、一斉に手のひらを返すのだ。自分は悪くないと、取り繕う為に。

 ただ快楽の為にそうするのだ。

 その為に理論を作り出すのだ。

 ……もう、どうでもいい。

 コウヨウはもう何も考えられなかった。群衆への感情だけが、どろり、どろりとその身を埋め尽くしていく。


 帰路につこうとしていた群衆の中に、騒ぎが起き出した。

 堕落しきった群衆の気が、いよいよ臨界点を迎えた。

 その騒ぎもコウヨウには聞こえていなかった。コウヨウが気づいた時には、群衆から、堕人が出来上がっていた。

 あぁ、こりゃ良い。殺す口実ができた。

「またお前らか……! 一体何しやがった!」

 群衆の後ろでコウヨウを押さえつけていた騎士団員の一人が、死刑台のある場所まで走ってきて、コウヨウとフレアに向かって唸る。

 無表情のコウヨウが、その騎士の方を向いた。憤怒、嫌悪、憎悪、狂気……無表情であるにも関わらず、内側の感情が、その顔にありありと映し出されていた。

「ヒッ、ヒイィッ……!!」

 その無表情のあまりの恐ろしさに、思わずその騎士は尻餅をついた。

 この騎士は、軍人上がりのドベイシア。後に赤い仮面を着け、レッドと呼ばれるようになる男だ。彼が幸運だったのは、コウヨウが彼の言葉を全く聞いていなかったこと。コウヨウが彼を殺そうと思えば、一瞬で殺せた。しかし、今コウヨウの頭にあるのは、群衆への憎しみだけだった。


 コウヨウはフレアの手枷を破壊すると、目についたところから、堕人を殺し始めた。殴りつぶし、ちぎり裂き、手足を乱暴に振るいながら、コウヨウは頭の中でテスレイドに語り掛ける。

 テスレイドさん。あんたは一つ間違いを犯した。こいつらを救おうとしたことだ。救えない奴を救おうとしても、何にもならない。それどころか、自分や大切な人まで傷つけてしまう。

 こいつらは、救えない。

 憎しみに身を任せ、コウヨウは堕人を殺していく。返り血にまみれながら、体の動くままに、堕人をなぶり殺していく。


 気づいた時には、堕人は生き絶え、そして自分の身も傷だらけになり、動けなくなっていた。負の感情による気の暴走。傷はほとんど自分によるものだった。

 そこにフレアが駆け寄ってくる。

「死なないで……! コウヨウさん……! 助けて……! ……この国は腐ってる!!」

 強烈な思いと一連の出来事へのショックで、フレアの気による回復能力が覚醒する。

 コウヨウは瀕死の状態から、なんとか回復した。立ち上がり、フレアに言う。

「……来い。気を教えてやる」

 僕は、救える人間だけを救う。

 コウヨウとフレアは街を出た。


 コウヨウという気練師が、街の人間約百人余りを惨殺し、逃亡した。

 仮面の騎士団は、この事件をこう語り継いでいった。この事件の後、仮面の騎士団は一層力を増し、この街を支配していくこととなる。


 ――時は戻り現在。シュターソンの家の地下

 ワカバは十年前の事件を聞き終えたが、カルミンと共に、何も言葉を発することができなかった。

 コウヨウが、誰かれ構わず助けない、と言っていた理由と、彼に感じていた一筋の冷たさの正体を、ワカバは知った気がした。

「何回か似たようなこと話したと思うけど、愚か者は調子こける相手にだけ調子こくんだよ」

 コウヨウはワカバに語り掛けた。

「上司だったら、年長だったら、暴力的に強かったら、悪を懲らしめる正義の側だったら、弱者をかばう側だったら、顔も名前も見えなかったら、大衆に紛れ気が大きくなったら……とかね。必死に自分を調子こける立場に置こうとする。そして相手に非を見出そうとする。とりあえず誰かのせいにするんだよ。事実よりも、手っ取り早い悪を求めるんだ。それがこの街の連中にとったら、気練師だった、ってことだな」

 その語り口は静かで、怒りや憎しみをワカバは何も感じなかった。ただ、冷徹に、街の人間達の本質を述べていた。

 しかし、怒りに苛まれどうしようもない時も、きっと沢山あったのだろう。ただずっとそうしていてもどうしようもないから、ただひたすら自分に目を向けて、自分を高めようと努力してきたのだろう。ずっと、そうしてきたのだろう。

「だから仮面の騎士団みたいな連中は、上手いこと適当な悪をこさえたら不安と不満を煽って、それから守る正義の味方として振る舞うんだ。馬鹿な大衆もその快楽を味わい、その作られた理論に喜んで群がる。この世で最も強い暴力は、数による暴力だ。文明も崩壊が近いと、こういう愚かなやり方をする人間が権力を握るのさ」

 それにフレアとシュターソンが続く。

「その時は良いことしたって気持ち良くなってんだろうが、それは快楽だから長くは続かない。こういう奴らはどこかに悪を見出しておかないと、自分の立場を確立することすらできないからね。最初に仕立て上げた悪がいなくなったら、次第に互いに悪を見出すようになる。馬鹿同士の小競り合い、醜い争いがはじまるんだ。それが、今のこの街だね」

「知性ある者は、みーんな居なくなった。殺されたか、嫌がらせを受けて、自分から出ていくかしてな。一体堕人に堕ちた奴もおった。残ったのは、わしみたいに内心舌出して生きていける器用な奴だけじゃ。だから仮面の騎士団は更に増長して、あんな訳の分からん理論が、遂に常識になっちまった」

 そして話はキズナのことになる。

「気の抑制装置が実用化に成功して、普及したのはその後からじゃ。ワカバを一人目として、コソコソと試作は進めとったようじゃがのう。あれだけ批判しとったテスレイドの装置をいけしゃあしゃあとパクって、勝手に応用したんじゃ。そしてそれにキズナという名をつけた。ま、コイツらが知らんかったのも無理はない」

 ワカバが押し付けられたチラシを見ながら、フレアが呟く。

「それにしても、キズナね……ったく、馬鹿で悪趣味だな。綺麗な言葉使ってりゃ良いと思って……」

「キズナに、レプリカ仮面……。ま、馬鹿をバラしたという意味では良かったんじゃない?」

 その呟きにコウヨウが冷ややかに笑った。

「それにしても、良かった。あいつらが言うみたいに、本当に師匠が無差別な虐殺をしたんじゃないかと思って……。そういうことだったんですね。ほら、師匠は人を虫けらみたいに扱う人だから……」

「おい、何を言ってるんだ。失礼だろうが。虫けらに」

 あぁ、いつもの師匠だ。良かった……

「それで、取れないの? ワカバのキズナは」

 フレアがシュターソンに聞く。

「試作だからかのぉ。キズナへの干渉方法が分からん。わしの装置でも無理じゃった」

「そうか……爺さんでも無理じゃあ、この街の連中じゃ無理だろうな。あと一歩ってとこなんだがなぁ」

 そう、キズナが取れない限り、まだこの国を出れなかった。呪いについて分かったのは良いが、あと一歩というところで、ワカバは足止めされていた。

 その時、フレアが見ていたチラシの束から、一枚がひらりと落ちた。

 皆がそれを覗き込む。

「「キズナ新作発表会?」」

 ワカバとカルミンの声が揃う。

「あ~、そういえば、新しいキズナが完成したとか、言ってたっけ……」

 ワカバは、ブルーの話を思い出した。フレアがチラシを拾って中身を読む。

「『キズナ新作発表会』『あなたもキズ活始めませんか?』……プッ、キズ活だってよ。ん、もう日も近いな……」


 ――数日後

 キズナ新作発表会の日が来た。ワカバ、コウヨウ、フレアの三人は、ワカバのキズナを外す手がかりを探す為、それを見に行くことにした。シュターソンの家を出る時、コウヨウがワカバに向かって静かに言った。

「ワカバ、この国の行末、よく見てなさい」

お読みいただきありがとうございました。

「第五章 行きつくところ」へ続きます。

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