第4章 新たなステージ
1 長い休日と、秘密の勉強会
「グラディス。」
「今日も、勉強会するわよ」
休暇初日
サラは、当たり前のように俺の家の扉を開けた。
金髪ロングを後ろでゆるく結び、少し丈の長いワンピース姿。
学院の制服とは違う、休日仕様のサラは、いつもより“女の子”らしく見える。
「……お前な、ノックぐらいしろよ」
「今さら何言ってるの。小さい頃から出入り自由でしょ?」
「小さい頃って、、まだ出会って1年も経ってないだろ」
サラは当然のように上がり込み、テーブルに分厚い本を積み上げた。
『基礎レベル理論』
『戦闘職と適性の関係』
『スキル覚醒の歴史記録』
「なんだこれ……」
「先生にこっそり借りてきたの。」
「“事件の後、しばらくは無茶な鍛錬は禁止だ”って言われたけど、勉強まで禁止とは言われてないもの」
サラは得意げに笑う。
――そう。
戦闘祭のあと、教師陣からはしばらく休養と様子見を命じられていた。
俺のあの黒い力。
誰も正体を説明できず、触れることすらためらっているようだった。
だからこそ、俺とサラは自分たちで調べることにしたのだ。
「グラディス。」
「レベルについて、もう一度整理しましょう」
サラは真剣な表情で言う。
「レベルは、《基礎値》と《強化値》の合計で決まる。」
「基礎値は生まれ持った才能や努力で伸びるけど、どこかで限界が来る。」
「強化値は、段階を踏んでレベルが上がる」
「例えば、レベル2の場合 強化値の限度が1000だとすると」
「鍛錬を経て強化値が1000に達するとレベルが3にあげる」
「ここまではいい?」
「ああ」
「普通は、レベル2になる頃には基礎値がにに限界に達する。」
「だから、その後は強化値で差がつく。 ――でも、あなたは違う」
サラは俺をまっすぐ見つめた。
「あなたの基礎値は、リミッターが外れている。」
「そして、もうひとつ。」
「レベル5になると“スキル”が目覚める」
「スキル……」
「うん。種族ごとに違う、固有能力。」
「選ばれた者だけが獲得できるとされる、特別な力」
サラは指を折りながら例を挙げる。
「例えば、魔族の戦士なら《一撃必殺》のような破壊力に特化したスキル。」
「エルフの魔導士なら、《自動回復》や《魔力増幅》のような支援系スキル。」
「どれも、レベル5になった瞬間に“目覚める”」
「……俺は?」
「さぁ?」
サラは少し意地悪そうに笑う。
けれどその瞳には、どこか期待も混ざっていた。
「でも、たぶん――レベルや種族の枠じゃ説明できない何か、だと思う」
サラはふっと視線を落とし、小さく呟く。
「あの黒いオーラ」
「あれを見たとき……正直、怖かった。」
「でも同時に、綺麗だとも思ったの。」
「怒りと悲しみが、そのまま力になったみたいで……」
「……ごめん」
「なんで謝るの?」
「サラが目の前で倒れたとき、俺、頭真っ白になった。」
「正直、あのままヴァルドを殺してたかもしれない。」
「ガスト先生が止めなかったら、俺……」
底のない暗闇の縁を覗き込んでいた感覚が、今も背筋を冷やす。
サラは首を横に振った。
「私は、あなたが怒ってくれて……嬉しかったよ」
「……え?」
「だって、私のために本気で怒ってくれたんだもの。」
「それは、私の命なんかよりずっと重い価値を持ってる気がする」
そう言って、少しだけ頬を染めた。
(……なんだ? 最近のサラ、どこか“女の子”っぽくなったというか……)
けれど、その微妙な変化の意味までは分からない。
転生前から、そういう心の機微には鈍いタイプだった。
「それで、話を戻すわね」
サラはわざとらしく咳払いして、空気を切り替えた。
「黒龍の力は、私とあなたの秘密。」
「ああ」
「危ない力だし、狙われるかもしれない。」
2 父の工房
休暇も半ばを過ぎた頃。
俺はサラと一緒に、父の工房へ向かった。
鍛冶屋を営む父は、戦闘国家において重要な存在だ。
武器や防具は、モンスターの素材から作られる。
討伐した魔物から得られる部材を加工することで、特殊な性質を持つ武具が生まれるのだ。
「おーい、父さん。」
「約束してた件、覚えてる?」
工房の扉を開けると、熱気と鉄の匂いが一気に押し寄せてくる。
炉の赤い光が揺れ、鉄を打つ音が響く。
「おう、グラディス。ちゃんと作っといたぞ」
筋肉質で大きな体躯の父が、汗を拭きながら顔を出した。
その目は俺を見て、次いでサラを見て――ほんの少しだけ柔らかくなる。
「こっちは、お前用だ」
父が差し出したのは、黒鉄の短剣だった。
刃はやや短め、片手で扱いやすいバランス。
手元には簡素だが握りやすい革巻き。
「炎の短剣、《フレイム・ダガー》だ。
「危険度Eの火蜥蜴から取った部材で鍛えた。」
「……まあ、そこまで強くはねぇが、“それなり”には使える」
「そこは胸張って“最強だ”って言ってよ」
「男はな、武器に頼りすぎるとロクな末路にならん。」
「あくまでも、腕を引き出すための道具だ。」
「勘違いするなよ」
そう言いながらも、口元は楽しそうだ。
短剣を握ると、不思議なほど手に馴染んだ。
柄からじんわり熱が伝わってくるような感覚がある。
「ありがと、父さん」
素直に礼を言うと、
父は「ふん」とだけ返し、今度はサラの方を向いた。
「……で、こっちが“特別製”だ」
「と、特別製……?」
サラの前に差し出されたのは、白銀の杖だった。
先端には淡い光を灯す宝珠が埋め込まれている。
柔らかな曲線と、細かい紋様が美しい。
「光属性の杖、《ルミナス・スタッフ》だ。
「危険度Dの光精霊から取ったコアを使ってる。」
「そのへんの量産品とは、格が違う」
「えっ……そんな……! こんな高価そうなもの……!」
サラは慌てて首を振る。
「私、払えないです……!」
「金はいい。 ……うちの息子をここまで生かして帰してくれた“恩人”だ。」
「それくらいの礼はしねぇとな」
サラは胸の前で杖を抱きしめるように持ち、目を潤ませながら微笑んだ。
「ありがとうございます。」
「大事にします。絶対、無駄にしません」
「ふん。 ……まあ、女の子に武器渡すのは、あんまり好きじゃねぇがな」
「えっ?」
「本当は、お前みたいな子に剣なんて握ってほしくねぇよ。」
「でも、この国じゃそうも言ってられねぇ。」
「だからせめて、怪我しないように、ちゃんとしたもん持たせないといけねぇだろ」
照れ隠しのように乱暴な言い方をしながら、父の耳まで赤くなっていた。
(……完全に“娘扱い”じゃねぇか)
サラはそんな父の想いに気づいたのか、そっと杖を撫でる。
3 モンスターと危険度ランク
工房からの帰り道、俺とサラは並んで歩きながら、武器を見せ合った。
「この杖、すごく魔力の通りがいい。」
「光と回復の魔法、どっちも増幅してくれる感じがする」
「さすが危険度D。」
「俺の短剣はEランクの火蜥蜴だっけな」
この世界のモンスターには、それぞれ危険度ランクが存在する。
F ゴブリンや小動物系
E ……少し注意が必要 火蜥蜴や狼型魔物
D ……一般兵では複数での対処が必要
C ……一部の熟練戦士でようやく対等
B ……小隊クラスで挑むべき強敵
A ……国家レベルで討伐計画が必要な怪物
S ……天災レベル
「Sランクモンスターなんて、本当にいるの?」
「いるらしい。 世界に数体いるかどうかって話だけどな。」
「……まあ今の俺らには、一生関わらない方がいい相手だ」
「いつか、そこに届くくらい強くなる可能性は?」
「……サラなら、あるかもな」
「なんで私だけなのよ」
「エルフだし、レベル4だし、杖Dランクだし」
「そういう意味じゃないわよ」
サラは不満そうに唇を尖らせた。
その表情がどこか子供っぽくて、思わず笑ってしまう。
「なによ」
「いや……なんか、サラが拗ねているのが面白くって」
「は?」
「すみません」
4 特訓
長い休暇の間、俺たちは“特訓”と称してほとんど毎日のように会っていた。
工房裏の空き地で、軽い模擬戦や魔法の練習
「そこ、もっと腰を落として」
「剣先がブレてる」
「うるせぇ……。お前、指導がだんだん厳しくなってねぇか?」
「私はあなたを強くしたいの。」
「……ガスト先生より怖いんだけど」
「言ったわね?」
サラが杖を構える。
その先端に光の矢が生まれる。
「ちょ、待て待て。冗談、冗談!」
「もう遅いよ?」
笑いながら魔法を発動するサラ。
そんな日々を繰り返したある日
訓練の合間に
「ねぇ、グラディス」
「ん?」
「もし……私が貴族の娘じゃなかったら。」
「普通のエルフの家に生まれてたら。」
「……それでも、あなたは私と仲良くしてくれたと思う?」
「何だその質問」
「いいから答えて」
真剣な目。
冗談ではないのは分かった。
「……俺は、」
「俺に優しくしてくれるやつがいたら、そいつが誰でも大事にしたいと思う」
「ふふ。じゃあ、今と同じね」
「今?」
「私は“貴族の娘のサラ”じゃなくて、“グラディスの友達のサラ”でいたいの」
そう言って笑うサラは、とても綺麗だった。
けれど俺は、相変わらず「そうか」としか返さなかった。
5 学院ダンジョン
長い休暇が終わり、学校が始まる。
教室に戻ると、妙に皆が騒がしい。
「聞いたか? 今年から俺たちの学年も、ダンジョン実習が始まるんだってよ」
「マジか! あの学院地下の模擬ダンジョンか!」
「死ぬなよ、お前ら」
アルマ戦闘学院には、地下に巨大な“訓練用ダンジョン”がある。
本物のダンジョンを模して作られた人工迷宮だ。
学院ダンジョンは、全10階層。
1〜3階層 ……レベル1 10人以上推奨
4〜6階層 ……レベル2 5人以上推奨
7〜8階層 ……平均レベル3以上推奨
9階層 ……レベル4以上推奨
10階層 ……レベル5以上の実力者のみ
あくまで“模擬”とはいえ、油断すれば重傷は免れない。
だが、その分リターンも大きい。
経験値、素材、実戦感覚。
「グラディス!」
教室のドアを開けると同時に、サラが走り寄ってきた。
「ダンジョン実習、一緒に挑もう?」
「……ああ。今回は、最初からそのつもりだった」
迷いはなかった。
戦闘祭でのこと、黒龍の覚醒、サラの命。
全部ひっくるめて、もう俺は“逃げない”と決めた。
「それと、もしよかったら――」
俺は振り返り、教室の後ろの方に手を振った。
「おーい、ドラン、リグ!」
ドワーフのドランが、どっしりと立ち上がる。
「呼んだか、グラディス!」
その横で、少しだけ背が伸びたように見えるリグも立ち上がる。
表情はまだ気弱そうだが、どこか男らしさも出ていた。
「ダンジョン実習、俺たち四人で組まないか?」
「当たり前だろ」
ドランは笑いながら拳を差し出した。
「戦闘祭で一緒に地獄見た仲だ。」
「今さら別チームとか、ありえねぇよな?」
「ぼ、僕も……行きたい。」
「今度こそ、守られてるだけじゃなくて、誰かを守りたいから……」
そう言って、ぎゅっと拳を握るリグ。
サラは少し驚いたように目を瞬かせ、すぐに柔らかく笑った。
「いいチームね。心強いわ」
6 それぞれの成長と、“複数職能”の真実
ガスト先生が教室に入ってくる。
「よし、静かにしろ。」
「ダンジョン実習の前に、いくつか確認事項がある」
黒板にギルド式の職能表が描かれる。
「まず、お前らは“剣士”“魔法”“回復”“武術”いずれかの職能刻印を持っている。」
「普通は一生、その一つしか使えない」
クラスメイトたちが頷く。
「だが――選ばれた実力者だけは違う」
ざわ……っと教室が揺れた。
「稀に、二つ以上の職能を扱えるやつがいる。」
「複数の刻印が“後から開放される”ケースだ」
「複数……?」
俺は思わず身を乗り出す。
「例えば、魔族のヴァルド。」
「あいつは剣士刻印を持ちながら、魔法職の資質も高い。」
「今は問題児だが、いずれ“剣士+魔法”の二属性を扱う可能性がある」
そういえば、戦闘祭でも妙に多彩な魔法を使っていた。
「そして、エルフのサラ」
「わ、私?」
「気づいていないのか? 魔法を普通に使っているではないか」
「お前は魔法職としての素質はもちろん、回復の資質も高い。」
「……そんな……」
サラは戸惑いながらも、どこか決意の色を宿した。
「多職能の連中は、基本的に“特別枠”だ。」
「戦場で求められるのは柔軟性だ。」
「お前らも、そういう異常な奴らにいつか出会うかもしれねぇ。覚えておけ」
先生の視線が、一瞬だけ俺を掠めた気がした。
(複数の職能…… 黒龍の力は、そのどれにも当てはまらない。 じゃあ、いったい俺は……)
不安と同時に、奇妙な期待も膨らんでいく。
7 それぞれの現在地
「さて、ダンジョン実習の前に、現時点の成長度を確認する」
放課後、再度の能力測定が行われた。
ドランは―― 「ドラン、レベル2到達だな」
「おおおお!! やっとだ!!」
基礎値が限界に達し、ようやく強化値の伸びが始まったらしい。
父親譲りの頑丈さに磨きがかかっていた。
リグは―― 「レベルはまだ3に届いていないが、魔力総量と制御はレベル3相当だな」
「ほ、本当ですか……!」
怯えながらもそれを受け取り、嬉しそうに目を輝かせる。
そして、サラ。
「サラ・エラメール。レベル4を常時維持できるようになっているな。」
「魔力の揺らぎも安定している」
「はい」
サラは落ち着いた声で答える。
戦闘祭での一件を経て、彼女は精神的にも強くなっていた。
「……で、グラディス」
全員の視線が集まる。
「レベルは――1のままだ」
「…………ですよね」
予想していた結果だ。
ショックはない。
だが、そこで先生は続けた。
「ただし。 基礎値は、もはや測定器が追いつかん」
「は?」
「筋力、敏捷、持久、精神、知力 どれも“レベル4前後の戦闘員に匹敵する”数値だ。」
「レベルは1なのにな」
教室がざわついた。
「なんだよそれ」
「レベル1のくせに、レベル4並みの基礎値って……」
ドランが肘でつついてくる。
「すげぇじゃねぇか。 お前の身体、もう人間やめかけてるぞ」
「褒め言葉か、それ」
「もちろんだ」
サラは静かに微笑んでいた。
(やっぱり……あなたは、特別)
その独り言は、俺の耳には届かない。
8 ダンジョンへ
数日後。
学院地下――ダンジョン入り口前。
分厚い扉に刻まれた紋章が、低い唸りと共に開いていく。
中からは、ひんやりとした空気と、獣の気配が混じったような匂いが漂ってきた。
「この中に、本物に近いモンスターがいるの?」
「そうだ。人工的に再現された魔物だが、油断すれば普通に怪我する。」
「死なない程度には調整してあるがな」
ガスト先生が説明する。
「今日の目標は、三階層までだ。」
「1年のお前らにはギリギリだろう。」
「だが、グラディスチーム―お前らなら、もっと先まで行けるかもしれん」
「なんで俺たちだけ名指しなんだ」
「面白そうだからだ」
先生はニヤリと笑った。
「行くぞ、お前ら」
ドランがハンマーを肩に担ぐ。
リグは少し震えながらも、杖を握り直す。
サラは光の杖を構え、俺は炎の短剣を腰に下げた。
(長い休暇、サラとの特訓、 黒龍の力 全部抱えて、今度は“未知”の中へ行く)
「行こう、サラ」
「ええ。行きましょう、グラディス」
四人で一歩を踏み出す。
学院ダンジョンの闇の中へ。
そこが、俺たちの“本当の冒険”の始まりになることを―― このときの俺はまだ、知らなかった。




