第3章 戦闘祭──黒き龍が目を醒ます日
1 戦闘祭という名の伝統行事
アルマ戦闘学院には、年に一度だけ空気が変わる日がある。
戦闘祭。
名目上は体育祭。
だが、実態は──戦闘国家らしい、かなり物騒な“学内戦闘大会”だ。
学年百五十名。
参加形態は自由。
二人でも、五人でも、十人でも、ソロでもいい。
ルールはただひとつ。
【相手陣地にある“守護石”を奪ったチームの勝ち】
直接殺し合いをしろとは言っていない。
だが、守護石を守るための攻撃は容赦がない。
教師陣と治癒班が常に待機しているとはいえ、毎年何人かは骨折、重傷。
それでも「これも実戦訓練だ」と片付けられてしまうのが、この国の価値観だ。
「グラディス、知ってる? 戦闘祭で活躍すると、将来の進路にかなり有利になるのよ」
寮の中庭で、サラが嬉しそうに言った。
金髪ロングが春の風に揺れる。
大人っぽい優しい顔で笑いながらも、瞳の奥は闘志で輝いている。
「うん……聞いた。各国の騎士団とか、傭兵団も見にくるんだろ?」
「そう。優秀な子は、在学中から“目をつけられる”の。」
「だからね、グラディス──」
サラは一歩近づき、自然な笑顔で言った。
「一緒に出ない? 戦闘祭」
あまりに自然で、あまりに真っ直ぐな誘いだった。
当たり前のように、隣にいることを前提にしてくる。
胸が痛くなる。
(本当は……一緒に出たい。 サラと組めば、絶対に楽しいし、きっと勝てる可能性だって──)
でも、同時に別の声も聞こえた。
レベル1。
人間。
剣士としても半人前。
(俺が一緒に組んだら、サラの足を引っ張るだけかもしれない……)
戦闘祭は「人生の方向性を決める場」とまで言われている。
ここでの評価は、そのまま“将来”の評価に直結する。
サラは貴族の娘だ。
レベルも高い。
戦闘センスも天才的だ。
(そんなサラの人生を、俺のせいで狭めるわけには……いかない)
グラディスは、ほんの少しだけ視線を逸らした。
「悪い、サラ。……俺、今回は別で組むよ」
「え?」
サラの瞳が揺れる。
「どうして……?」
「……別に。そうしたいだけ」
わざと、冷たい言い方をした。
理由を説明したら、きっと彼女は「それでも一緒に出よう」と言ってくれる。
だから、あえて言わなかった。
サラは一瞬だけ黙り込んだ。
唇を噛みしめ、視線を落とし──
「……そっか。」
「うん、わかった。じゃあ私、エルフの子たちと組むね」
そう言って笑った。
笑っていたが、どこか無理に口角を上げているように見えた。
グラディスの胸が、きゅっと締め付けられる。
(ごめん……本当は一緒に出たい……)
でも彼は、その言葉を飲み込んだ。
2 寄せ集めチームの結成
サラは同じエルフの仲間たちと組んだ。
それは学院内でも「優勝候補」と噂されるほどの強力なチームになった。
一方、グラディスは──というと。
「お、おい……そこのお前。」
「チーム、まだ決まってないのか?」
声をかけてきたのは、小柄でがっしりしたドワーフの少年だった。
赤い髭を小さく結び、腰には大きめのハンマー。
「俺はドラン。」
「武器職人の家系で、戦闘はそこそこだ。」
「でもな……俺もあんまり人気なくてよ。チーム決まらねえんだ」
その隣には、黒い角が小さく生えた魔族の少年。
だが、目つきは弱々しい。
「ぼ、僕は……リグ。レベルは2だけど、戦うのは正直、怖い……」
彼はクラスでも、魔族の中では浮いた存在だった。
同じ魔族であるヴァルドのような“暴力大好きタイプ”とは違い、攻撃より支援が得意。
暴力を好まない魔族は珍しく、しばしば同族にからかわれている。
「……俺はグラディス。」
自己紹介すると、二人は顔を見合わせた。
「……なんか、残り物同士って感じだな」
「う、うん。でも、僕……こういうの、嫌いじゃない……」
ドランがにやっと笑う。
「どうだグラディス。」
「負け犬三匹で、戦闘祭を荒らしてみねえか?」
その言葉に、グラディスの胸が少し熱くなった。
「……いいな、それ。 」
「よし、俺たちでやってみよう。」
3人は顔を見合わせ、笑った。
奇妙で不格好な握手を交わしながら、なぜか胸が暖かくなった。
3 3人の連携
三人は放課後、学院裏の訓練場に集まり、作戦会議を重ねた。
「正面から殴り合ったら、おそらく全チームの中で最弱クラスだ」
グラディスは地面に簡単なマップを描いた。
戦闘祭の会場となる広場、周囲の森、丘、川。
それぞれの地形を大雑把に記す。
「でも、ルールは“守護石を取ったら勝ち”。 つまり、相手を全員ぶっ倒す必要はない」
「なるほど……つまり、俺とグラディスが前で暴れて、その間にリグが裏から守護石を奪うってわけか」
「お、おおごとに言うとそうなんだけど……もっと細かくやる」
三人は何度もシミュレーションを繰り返した。
ドランは防御力と持久力が高い。
前線で“盾役”を担当し、敵の注意を引きつける。
リグは補助魔法と幻惑魔法が得意。
相手の視界を奪い、足止めをし、味方の動きをサポートする。
そしてグラディスは──。
「俺は、剣を振るだけじゃない。」
「前世で勉強ばっかりしてたからな。こういう戦術考えるの、結構楽しいんだ」
彼は自分の頭脳をフル活用した。
地形、時間帯、相手の習性。
全てを組み合わせ、最小の被害で最高の結果を出すための“勝ち筋”を探る。
その一方で──グラディスには、もうひとつの秘密があった。
(レベルが上がらないなら、基礎値を鍛えればいい)
みんなと別れたあと、彼はこっそり残って筋力トレーニングを続けた。
素振り、走り込み、腕立て、体幹、呼吸法。
日本の部活動でよく見るような、地味で泥臭いメニューだ。
この世界の子どもたちは、レベルアップという“ショートカット”に頼る傾向がある。
基礎値はそこまで重要視されない。
だがグラディスは知っていた。
(強化値には限界がない。でも、基礎値が高ければ高いほど、強化されたときの伸びもデカくなる。 この世界の理屈と、前世の知識を組み合わせればいつかきっと、とんでもないことになる)
汗が滴り落ちる。
呼吸は乱れる。
筋肉が悲鳴を上げる。
それでも手を止めなかった。
(人間でも、主人公みたいに一番強くなれるって、俺が証明してやる)
夜の訓練場で、ひとり振るう剣の音が、乾いた空に響いた。
4 戦闘祭開幕──守護石を奪え!
そして一ヶ月後。
戦闘祭当日。
学院の広大な敷地が、そのまま戦場になっていた。
観客席には教師たちや上級生、時折、外部からの軍関係者の姿も見える。
「第一戦、始め!」 号令と同時に、各チームが一斉に散った。
グラディスたちの初戦の相手は、人間と獣人の混成チーム。
レベルは全員1。
だが、体格差と瞬発力では向こうがやや有利だった。
「ドラン、前へ! リグ、左の木陰から幻惑を!」
「おうよ!」
「わ、わかった!」
獣人たちが怒鳴りながら突撃してくる。
地面を蹴る音が重い。
「うおりゃああああ!」
ドランが正面から受け止めた。
ハンマーで地面を叩きつけ、土煙を上げ、獣人たちの足を止める。
「見えない壁……っ!?」
「目が……くらむ!」
同時に、リグの幻惑魔法が発動する。
実際には何もないのに、彼らの目には“透明な壁”が見えた。
「今だ、右から回り込む!」
グラディスは短剣を抜き、木々の間を駆け抜ける。
相手の視線と守りがドラン側に集中している隙に、裏から陣地へ。
そこにあったのは、腰の高さほどの石柱。
その上に載せられた、青く光る石。
「守護石、いただき──!」
手を伸ばす。
「待て!」
背後から獣人の声。
振り返るより早く、グラディスは地面に身を投げた。
――ビュンッ。
すぐさま足払いをかけ、相手の足をすくった。
「ぐあっ!」
転んだ獣人の身体を踏み越え、守護石を掴む。
「守護石確保! 勝者、グラディスチーム!」
審判役の教師の声が響いた。
「やった……!」
「ふはは! どうだ、負け犬チームの底力!」
ドランとリグが駆け寄ってくる。
三人で手を合わせ、喜びを共有した。
その様子を、遠くから見ている少女がいた。
サラだ。
エルフ貴族たちと組んだ彼女のチームは、圧倒的な力で相手をねじ伏せていた。
守護石を守る前に、相手チームを全員戦闘不能にしてしまうほどの実力。
そのサラが、微笑みながら呟く。
「……よかった。グラディス、ちゃんと勝ててる……」
でも、その微笑みの奥に、微かな寂しさが混じっていることに、グラディスはまだ気づいていなかった。
5 波乱のトーナメント
二回戦。
三回戦。
グラディスたちはギリギリの戦いを制していった。
レベル差を戦術で埋める。
数的不利を位置取りでカバーする。
基礎値の高いグラディスの動きは、レベル1とは思えないほど洗練されていった。
「なぁ……あの人間、本当にレベル1なのか?」
「嘘だろ、あんな動き、二年目の兵士でも難しいぞ……」
観客席からざわめきが起こる。
一方、サラのチームはというと。
「先行するわ。みんな、ついてきて」
「了解、サラ様」
サラが前に立つだけで、敵の動きが止まる。
圧倒的な回復力で仲間を無敵化する。
そのまま相手陣形を切り裂き、守護石を奪っていく。
「さすがだな、エラメール家の娘は」
「サラ様がいれば、この学年は安泰だな」
教師たちも感心していた。
そして、ヴァルド。
彼のチームは、魔族のみ五人組。
全員がレベル2以上、ヴァルドはレベル3。
まさに“バケモノ揃い”だった。
「はっ、雑魚どもが。道を空けろよ」
彼らは力押しで、相手チームを蹂躙していった。
守護石など見るまでもない。
相手が立てなくなるまで殴る。
それが彼らの“戦闘スタイル”だった。
6 悲劇の引き金
トーナメントも後半戦。
残るチームは4つになった。
• サラチーム
• ヴァルドチーム
• グラディスチーム
• ドアーフチーム
そのうちのひとつ、ドアーフチームが、ヴァルドの相手になった。
「お手並み拝見といこうか」
冷たい笑みを浮かべるヴァルド。
彼の瞳には、戦いそのものよりも“相手の恐怖”を見ることの方が楽しいという歪みが宿っている。
「始め!」 開始の合図と同時に、ヴァルドは手をかざした。
「《腐蝕の鎖》」
黒紫の鎖が、地面から蛇のように伸びる。
それは相手チームの足に絡みつき、肉を焼き、骨まで侵食していった。
「ぎゃああああああああっ!!」
悲鳴。
血の匂い。
腐敗した肉の臭い。
「おいヴァルド! それは――!」
観客席の教師が立ち上がる。
「それは禁止指定魔法だ! 即座に中止しろ!」
だが、ヴァルドは笑っていた。
「へぇ……まだ動けるのか。じゃあ、もっと“本気”を見せてやるよ」
鎖がさらに締め付けられ、ドアーフの一人が意識を失う。
その身体は二度と動かないかもしれなかった。
その光景を、グラディスは見てしまった。
(……何やってんだ、あいつ)
心臓が冷たくなる。
(何が戦闘祭だ。何が伝統行事だ。 ただの“虐殺じゃないか……!)
胸の奥で、何かがじりじりと燃え始めた。
(許せない)
ヴァルドの笑顔が、頭から離れなかった。
ドアーフチームの倒れた少年の顔が、頭から離れなかった。
(絶対に……あいつだけは、許しちゃいけない)
その瞬間、彼の運命は大きく進路を変え始めていた。
7 ヴァルド戦 開幕
グラディスチームの準決勝の相手はよりにもよって、ヴァルドの魔族五人組だった。
控室に入った瞬間、空気が変わった。
鉄くさいような、焦げくさいような、“血の匂い”が漂っている。
リグが震える声で言った。
「グ、グラディス……怖いよ……。あんなの、勝てるわけ……」
「大丈夫だ。絶対に守る」
グラディスの声は低かった。
怒りで抑え込んだような声。
ヴァルドへの殺気が滲んでいた。
そして──試合開始の鐘が鳴る。
「準決勝第三試合……始め!」
ヴァルドは、最初の一歩から異様だった。
普通は相手の様子を見る。
立ち位置を決める。
味方と距離を取る。
だが彼は違う。
「チッ。人間が相手かよ。つまんねぇ……」
楽しそうに、舌で唇を舐めた。
その直後── 「《腐蝕の鎖》!!」
「っっ!!」 開始1秒で全力魔法。
しかも先ほどドアーフチームを半殺しにした禁止級の魔法。
バシュッ!!
黒紫の鎖が地面から百本、一気に伸びる。
「リグ、右へ!」
「ひっ……!」
グラディスはリグを突き飛ばしながら、鎖を避けた。
しかし避けている“つもり”でも、ヴァルドの鎖は想像以上に速い。
ザシュッ!!!
「がああああっ!」
ドランが肩を抉られた。
肉片が飛び、血が霧のように舞った。
「ドラン!!」
「平気だ!! まだ……まだいける!!」
そう叫びながらも、彼の足は震えている。
痛み、恐怖、怒り──それでも戦おうとしていた。
(勝てない……このままじゃ……)
グラディスは知っていた。
レベル1の自分が、レベル3の魔族複数と正面から殴り合っても勝てるはずがない。
だから──頭を使う。
地形を使う。
視界を使う。
心理を使う。
「リグ、煙幕!」
「う、うん!」
リグが黒い粉を地面に撒いた。
瞬時に黒煙が広がり、視界が遮られる。
「ちっ、視界を……!」
ヴァルドの舌打ちが聞こえた。
(今……!)
煙幕を逆利用し、グラディスは全力で草むらに飛び込んだ。
息を殺し、地面を転がり、影に潜む。
(守護石を奪えば勝てる……! 倒す必要はない……!)
ただそれだけでいい。
ただ──その瞬間だった。
風の流れが変わった。
煙が裂ける。
「どこ行くんだよ、人間ァ!」
ヴァルドの手が草むらからグラディスの髪を掴んだ。
「ぐっ!!」
「逃がさねぇって言ってんだよ、ほら……ッ!」
バキッ!
膝蹴りが腹にめり込む。
肺が押しつぶされ、吐き気がこみ上げる。
「グラディス!!」
リグが叫ぶが──その背後から別の魔族が殴り飛ばした。
「邪魔なんだよ。どけ」
リグの細い身体が宙を舞う。
「リグ!!」
ドランが叫んだ瞬間、彼の背中にも鎖が突き刺さり、ドワーフの身体が吹き飛んだ。
重い音がし、動かなくなる。
(もう……だめだ……)
視界が揺れた。
ヴァルドの影が、大きく広がる。
「ほら、もっと絶望しろよ、人間。 お前らの泣き顔を見るために、俺はここに来てんだよ」
鎖が振り上げられる。
グラディスの胸に向けて──。
(ああ……終わる…… ここで俺の人生は……終わる……)
そのとき。
緑の光が、空を割った。
8 サラ乱入
バシュッ!!
ヴァルドの鎖が、透明な壁に弾かれた。
緑色のシールドが、グラディスを包んでいる。
「……っ!」
ヴァルドが振り返る。
「は? なんだこれ──」
「そこまでよ、ヴァルド」
怒りの震えを孕んだ声。
その声を聞くだけで、空気が震えた。
「サ、サラ……?」
そこには、金髪を風に揺らしながら、サラが立っていた。
普段の優しい微笑みではない。
切り裂くほど冷たく、震えるほど怒りを孕んだ瞳。
「人を傷つけて楽しむなんて……最低よ」
「はっ。なんだよ、ヒーロー気取りか?」
サラの周りに、緑の魔力が渦巻く。
彼女自身の意思と怒りによって──魔力が進化する瞬間だった。
「レベル……上がった?」
「いや……“跳ねた”!」
観客席が騒然とする。
「サラ・エラメール……レベル4だ!!」
(……サラ……)
グラディスは呆然とその姿を見つめた。
美しく、強く、そして悲しいほどに怒っている。
自分のために、怒ってくれている。
9 サラ vs ヴァルド
サラの身体がふわりと浮き、光の粒子が舞う。
「ここで終わらせる」
「ぐっ……! だったら見せてみろよ、エルフの本気ってやつを!」
二人がぶつかる。
金光と紫光が、戦場で火花を散らす。
サラは軽やかに、だが強烈に舞うように戦う。
レベル4 魔力覚醒で魔法を開花した。
その一撃一撃が、ヴァルドに深い傷を刻む。
「くっ……なんだ、この速さは……!」
「遅いわ、ヴァルド!」
刃が交差し、火花が散った。
周りの木々が風圧で折れる。
地面が割れ、砂が巻き上がる。
「すげぇ……あれがレベル4の力か……」
「サラ様、強すぎる……!」
だが──その力の前に、ヴァルドの脳裏に“あの男”の声が蘇る。
『お前は負けるな。魔族が他種族に負けることは、恥だ。理解したな?』
(そうだ……負けられない。 俺は……絶対に負けちゃいけないんだ……!)
ヴァルドの魔力が濁り、膨れ上がり、異様に膨張する。
「おい……あれ、まずくないか?」
「暴走の兆候だ……止めろ!」
教師たちが立ち上がるが──遅い。
「うおおおおおおおおおおおッ!!」
ヴァルドの魔力が爆発し、彼はレベル4へ強制覚醒する。
だが、それは本来生物が踏み込んではならない禁断領域。
体が黒く染まり、筋肉が膨れ、瞳孔が裂ける。
「サラァァァァァァ!!!!」
「……っ!」
速度が違う。
攻撃力が違う。
戦闘勘が違う。
サラの優勢は、わずか数秒でひっくり返された。
「ぐっ……!」
「終わりだぁ!!」
サラの魔法が弾かれ、彼女の胸にヴァルドの拳が突き刺さる。
グシャッ。
「っ……」
サラがゆっくりと崩れ落ちた。
10 サラ、死
その光景は、ゆっくりと、時間を裂くように広がる。
音も、色も、匂いも消える。
「…………あ……」 サラの唇が震える。
血がこぼれる。
瞳が、グラディスを探している。
「……グラ……ディス……」
名前を呼ばれた。
ただそれだけで、胸の奥が裂けた。
(やめろ…… やめてくれ…… なんで……どうして…… サラが……?)
膝が震える。
呼吸が止まる。
心臓が潰れる。
「…………っ……!」
サラが倒れた瞬間── グラディスの中で、何かが壊れた。
11 黒き龍の声
『怒れ』
耳元で、低く、冷たく、深い声が響く。
『怒れ、グラディス。』
『力の根源は、憤怒だ。』
『その魂が持つ本当の“色”を見せてやれ』
(……だれ……だ……?)
『お前の魂に刻まれた“黒き龍”を』
黒い風が巻き起こる。
(サラを……殺された…… そんな……そんなの……)
『許せるのか?』
(許せるわけ……ない……!)
『ならば、怒れ。 怒りは力だ。 お前の中で眠り続けた真の才能だ』
その瞬間──グラディスの体から黒い炎が噴き出した。
12 黒龍覚醒
「な……!?」
観客席の教師が叫ぶ。
「あれは……なんだ!? 魔族の魔力か!?」
「違う……もっと深い……もっと古い……!」
黒いオーラが渦巻き、空間が歪む。
風が逆流し、砂が浮き上がり、周囲の木々が黒く染まる。
「なんだよ……これ……!」
ヴァルドすら後ずさった。
グラディスの瞳は黒く、深く、光を飲み込んでいる。
背後には、黒い龍が立ち上がる幻影。
「サラを……殺した……」
「ちっ……お前レベル1だろ?何が──」
「殺した……」 地面が割れる。
空気が震える。
「あああああああああああああ!!!!!!」
叫びとともに、拳が放たれた。
その拳と、ヴァルドの拳がぶつかった瞬間── 世界が歪んだ。
空間がめくれ上がり、地面が剥離し、建物の表面が粉々に砕ける。
「な……なんだ……この衝撃……!!」
「人間とは思えん……!」
ヴァルドの腕が千切れそうに震える。
「ぐ……ぐああああああ!!!」
彼の体が悲鳴を上げる。
覚醒で無理やり強化された肉体が、完全に限界を超えていた。
「お……お前……なんなんだよ……ッ!!」
「…………」 グラディスは答えない。
圧倒的な一撃的。
「がっ──!!」
黒い龍の幻影が、ヴァルドの背後に噛みつくように重なった。
ヴァルドの体が宙に投げ出され、地面に叩きつけられる。
「あ……ああ……やべぇ…… 殺される……!」
ヴァルドが恐怖に震える。
(サラを……返せ……返せぇぇぇぇぇぇぇ!!!!)
グラディスの拳が振り上げられた。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
13 ガスト先生
「ガスト……先生……?」
誰かの声が聞こえた。
「やめろ、グラディス!! 今のお前は人じゃない!!」
ガストが、黒龍の気配に真っ向から立ち向かっていた。
その腕は黒い炎で焼かれながらも、グラディスの拳を止めていた。
「ぐっ……お前…… どこから……そんな力を……!」
「…………」
「やめろ!! それ以上は……! お前が、お前でいられなくなる!!」
その言葉が、グラディスの心に届いた。
(……俺……は……)
黒龍が揺らぐ。
炎が弱まる。
そして── グラディスは倒れた。
14 目覚め
白い天井。
柔らかな布団。
消毒液の匂い。
「……ここは……」
「……グラディス……?」
聞き慣れた、誰より優しい声。
サラだった。
「サラ……?」
「うん……大丈夫……私は、生きてる」
涙をこぼしながら笑っていた。
グラディスの目から、涙が溢れる。
「ごめ……ん……ごめん…… 俺……俺のせいで……!」
「違うよ。 あなたは……私を守ろうとしてくれたんでしょう?」
サラはそっと手を握る。
「学院のヒールスペシャリストのエルフがね、 私の命を繋いでくれたの。」
「ほんの少しの差だったって」
「そう……だったんだ……」
「うん……」
サラはゆっくり寄り添う。
「ねぇ……グラディス。」
「あのとき、嬉しかった。」
「あなたが怒ってくれたこと…… 私のために、本気で怒ってくれたこと……」
涙が頬を伝う。
「だからね……これからも、一緒にいてほしい」
(……サラ……)
その一言で、グラディスは泣き崩れた。
「……あぁ……当たり前だろ……!」
その手を握り返す。
涙で視界が滲む。
(絶対に……守る。 今度こそ、誰も失わないために……)
15 エピローグ──本当の力と、セレスの影
教師たちが深刻な顔で議論していた。
「レベルが……上がっていない?」
「あの力は……レベル4にも5にも分類できん。 強化値ではなく……基礎値が異常すぎる」
「“黒龍”……伝承にある禁忌の力……?」
「まさか人間に……」
一方、夜の森。
月明かりの中に、銀髪のエルフ──セレスの姿があった。
「……目覚めましたね、グラディス。 あなたの“本来の力”が」
セレスは月を見上げる。
「これからです。 あなたとサラの物語は……ここから始まる」




