第1章 はじまり
第1章はじまり
福島 竜。
46歳 独身
髪の毛は薄く、太っていておまけに“童貞”で、人生のほとんどを仕事に吸われ続けた普通のサラリーマンだった。
ある雨の夜、竜は子どもを庇ってトラックに弾かれ、そのまま帰らぬ人となった。 ──はずだった。
1.天界
意識を取り戻したとき、竜は白い空間に立っていた。
雲のような床、光の粒が浮遊する天井。
広いのに静かで、やたらと温かい。
そして、正面に“白い扉”があった。
扉がゆっくり開くと、そこには──
エルフが立っていた。
長い銀髪。
どこか影のある碧い瞳。
純白のローブをまとい、背には薄い光の羽のようなもの。
耳は細く尖り、表情はどこか読めない。
エルフは静かに頭を下げた。
「天界へようこそ。」
「あなたの担当エルフ── セレス と申します」
「……担当?」
「ええ。あなたの“転生手続き”をお手伝いすることになっています」
声は冷たくも優しくもない。
だが妙に落ち着く。
「俺、死んだんですよね……?」
「はい。」
「ですが、あなたの魂は穢れていません。」
「むしろ、あの最期は高く評価されています」
竜は気恥ずかしくて頭を掻いた。
「いや、あれは……勢いで……」
「子どもを庇って命を落とす人間は、そう多くありません」
セレスの瞳がわずかに揺れた。
その一瞬だけ、彼女に“感情”があるように見えた。
「それで、俺はどこへ行くんです?」
「あなたは“転生候補者”に選ばれました。」
「これから新たな世界へ──“人間として”生まれ変わります」
「ゆ、勇者とかじゃないんですか?」
「いいえ。」
「普通の家庭の、普通の子どもとして生まれます」
竜は少しホッとした。
「普通ならいい。」
「責任が重いのは、もう疲れたんで……」
「……あなたらしい答えですね」
セレスは珍しく微笑んだ。
その微笑みはほんの一瞬で、すぐに消えた。
「行きましょう。」
「あなたが生まれ変わる世界へ」
天界の床に魔法陣が展開し、光が竜を包む。
「次に目を開けた時、あなたは“グラディス”という名で生まれます。」
「 どうか、良い人生を」
声が遠ざかる。
光が暗くなる。
そして──。
2. グラディス誕生
目を開けると、暖かい腕の中だった。
「かわいい……グラディス……」
「本当に、父さん似だなあ」
優しそうな女性。
がっしりした男性。
──両親だ。
竜だった頃の記憶はある。
でも今の身体は赤ん坊。
言葉も出ない。
手足もほとんど動かない。
ただ、幸せだった。
温かい。
安心する。
抱かれているだけで眠くなる。
新しい人生が始まった。
3. 5歳 小さな町“グレイス”での日々
自分が生まれた町の名前はグレイス。
山と森に囲まれた穏やかな小都市だ。
この世界には多種多様な種族が混ざり合って生きている。
同じ通りには
・角のある獣人
・小柄なドワーフ
・皮膚が薄い青色の魚人
・耳の長い森妖精
・普通の人間
色んな種族が普通に会話し、店を開き、助け合っている。
竜──いやグラディスは、そんな環境で自然に育った。
歩けるようになり、話せるようになり、近所の子どもたちと走り回った。
「グラディス、こっちこっち!」
「おい、転ぶなよ〜!」
5歳でも、体は強かった。
転生前と違い、健康そのもの。
太ってもいないし、薄毛でもない。
すぐに走るのが好きになった。
そして家の裏には緑の丘があり、毎日そこで遊んだ。
4. 12歳 世界の“影”を知る
ある夕方、父が真剣な顔でグラディスに言った。
「グラディス……もう分かる歳だな。」
「この世界は……戦争の多い世界なんだ」
父は鍛治屋で、武器を作る仕事をしている。
遠くの王国では、長いこと争いが続いているらしい。
(どの世界でも戦争はあるのか……)
「でも、グレイスは大丈夫だよね?」
「町は小さいし、山に囲まれてる。」
「それに、みんな仲が良い。」
「たしかに、ここは戦争がほとんど来ない」
父はそう言いながらも、少しだけ眉を曇らせた。
「だがな、グラディス。」
「お前は13歳になったら“戦闘訓練”を始めることになる」
「せんとう……?」
「この国では、全ての子どもがそうだ。」
「生きるために、身を守る力を持たなければならない」
グラディスは胸がざわついた。
怖くもあり、ワクワクもした。
(俺……戦えるようになるのか?)
前世では戦うどころか、運動すらまともにできなかった。
今は体も軽い。
子ども同士の喧嘩だって負けたことがない。
(……13歳になったら、俺も強くなるのかな)
そんな期待を抱きながら、夜空を見上げた。
5. 謎の“声”
13歳になった春。
家の近くの森で遊んでいると、突然──
『……グラディス……』
「ん?」
風の音とは違う。
人の声だ。
それもどこか懐かしいような、あの天界の響きに似ている。
「だ、誰だ……?」
『見ている……あなたを……ずっと……』
声は森の奥から聞こえるようで、耳の奥に直接響くようでもあった。
その時、頭に浮かんだのは──
天界で出会ったエルフ──セレス。
(まさか……まだ俺を見守ってるのか?)
その声はすぐに消え、風の音だけが残った。
この時のグラディスはまだ知らなかった。
“謎のエルフ”セレスが、ただの世話係ではないことも。
そして、自分がいずれ世界の戦いに巻き込まれる運命を持つことも──。
第一章 終




