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私が優しく殺してあげる

作者: 海音
掲載日:2025/10/08

 あなたはその日、全てが嫌になった。あらゆる用事を投げ出して、知らない場所を目指した。

 どれだけ遠くに来ただろう。あなたは空腹を自覚して足を止めた。


「ん」


 目の前におにぎりが現れた。違う、少女が差し出したのだ。


「おなかすいてるんでしょ?食べていーよ」


 とてもかわいい女の子だ。しかしあなたはこんなかわいい子と知り合いではなかった。


「あ、もしかしておにぎり嫌いだった?サンドイッチもあるけど」


 あなたは困惑した。

 なぜこの子は自分に食事を差し出しているのか、なぜこうもなれなれしいのか、なぜこんな自分にかまってくれるのか。あなたは考えようとして、やめた。

 すべてが嫌になって、こんなとこまで来て、そこでまた悩む?そんなのは嫌だ。だから考えることをやめた。




 あなたはおにぎりもサンドイッチも食べた。おいしかった。


「あはは、よっぽどおなかすいてたんだね」


 かわいい女の子が笑顔だとあなたもうれしくなった。


「じゃあいこっか」


 どこへ、とは聞かなかった。




 あなたは今自分がどこに居るのかわからなかった。朝に逃げ出して、とにかく遠くを目指した。

 知らない景色は現実感を薄れさせる。それが心地よかった。




 日が暮れてきた。

 あなたは歩きながら少女と他愛ない話をした。楽しかった。




「ここだよ」


 ようやく少女が止まった場所は芝生の生えた原っぱだった。

 辺りはすっかり暗くなり、少女の顔もはっきり見えない。


「横になって」


 言われるがまま横になった。

 雲が晴れる。星が見える。数え切れぬほどの瞬きがそこにはあった。月のない空は無数のきらめきで彩られていた。

 素直にきれいだと思った。




 どれだけそうしていただろうか。

 少女が気になって横を見た。そこに少女はいなかった。

 幻だったのだろう。

 考えることをやめた、などと言ったがあなたのような人間にそれは不可能だった。正確には考えることを一時停止した、という表現が正しかったのだろう。

 せき止めた思考は、栓が抜けて一気にあふれ出す。

 少女のこと、今日のこと、この後のこと、生活のこと、明日のこと、未来のこと、自分のこと。

 とめどないそれは不安という感情になって心を覆いつくす。先刻まできらびやかな虚無に包まれていた胸中は、今や息苦しい泥で満たされていた。




「大丈夫だよ」


 耳元で声がした。背中に存在を感じる。いつの間にか、少女に抱きしめられている。


「私はここにいるよ」


 震えが収まってくる。じんわりと、少女の熱があなたに移ってゆく。


「あなたがあんまりにも夢中だったから、飲み物買いに行ってたんだ」


 少女がゆっくり離れ、横に腰かける。


「一緒に飲も。あったかいよ」




「ねえ、起きて。こんなとこで寝たら風邪ひいちゃうよ」


 あなたは肩を揺さぶられる感覚で目を覚ます。どうやら少し寝ていたらしい。


「そろそろいこっか」


 今回も、どこに?と聞くつもりはなかった。だが、彼女は答えを発した。


「私の家、近いんだ」




 よくわからなかった。よくわからないまますべては過ぎていった。

 食事をとらされ、風呂に入れられ、服を着させられて寝床に押し込まれた。

 横にはあの少女がいる。目をつむっている。寝ているのだろうか。

 あなたは不眠症だ。しかも先ほどうたたねをしてしまった。

 あなたは独りだ。




「泣いてるの?」


 少女は起きていた。じっとこちらをのぞき込む瞳は、心配の色を宿している。少なくとも、あなたにはそう見えた。


「今日、楽しかった?」


 あなたは答えに窮した。なぜかはわからない。ただ、軽率に楽しかったと言ってはいけない気がした。


「じゃあ、楽しくなかった?」


 首を横に振った。それだけはなかった。


「ふふっ」


 彼女はもぞもぞとこちらへ向き直り、肩へ手をまわした。


「あなたは、生きたい?」


 あなたはまた、答えに窮した。しかし先ほどよりは明確に、答えを持っていた。

 君が、生きるのなら。


「わかった」


 肩に置かれた手が首へと延びる。


「ね、私の手感じて」


 温かい。きめ細かく、すべすべしている。


「私、知ってるよ。あなたのこと、望んでること」


 自分の脈動が、彼女の手を通じて感じられる。


「だから、今日はもう寝ようね」


 手が首の裏に回り、抱きしめられる。


「大丈夫、寝ていいよ。君が寝たらちゃんと私が殺してあげる」


 その言葉は、優しさにあふれていた。

 あなたは、その優しさに包まれ、ゆっくりと、意識を落とした。







 どう?救われた?


 それとも、もっと苦しくなった?


 でも大丈夫


 私に会いにきて


 方法は、もうわかるよね


 怖く無いよ、だって私と一緒だから


 ね、私に会いにきて


 そしたら


 私が優しく殺してあげる

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