旧友(1)
思いのほか長くなったお盆休みも今日を含めてあと二日となった。ぼくは次いつ訪れることになるか分からない実家に別れを告げようと外を歩いた。
緩やかではあるが、この町にも新陳代謝があった。住宅街の古い家は取り壊され、更地のまましばらく放置されるが、いつかまた新しい家が建てられる。母の住むアパートもそろそろ限界だろう。次はどこに住むのだろうか。低い方へ、また低い方へと転がり落ちていこうとするのに、底辺の生活費は年々上がるばかりだ。
ぼくは汗をかきながらあの嫌がらせのように長い坂を登り、久しぶりに中学校の前に立った。校門は閉ざされ、以前は決して気に留めることのなかった「関係者以外立ち入り禁止」の看板が目立つ。夏休み中なのに駐車場に車が数台停まり、職員室の外で室外機が動いている。ぼくは校内に入れないので外をぐるりと周ることにした。
この暑さなのに校庭ではサッカーと野球の部活が行われていた。スラッガーが打ったボールが校庭の低いフェンスを飛び越え、ぼくの足元に転がってきた。ぼくはそれを手に取り、奇跡的に投げ損ねることなく、フェンスの向こうで待っていた中学生に返すことができた。
「ありがとうございます!」
輝く汗、弾む声。眩しすぎて少年に申し訳なくなるほどだ。
ぼくは中学校のある小高い丘を下り、郵便局や公民館を通り過ぎ、児童公園に入る。ベンチに腰掛け、自販機で買ったばかりの炭酸飲料を飲みながら休憩する。昔は下校中によくここの公衆便所にお世話になったものだと思う。古く臭く、湿気を好む虫があちこちにいたが、数年前に新しく建て直され、バリアフリーの清潔なトイレに変わっている。
「よっ」
ぼくは後ろからいきなり肩を叩かれ、驚き振り向いた。そこにはとても懐かしい顔があった。
「拓馬じゃないか」
「珍しいな。こんなとこでなにしてんだ?」
ぼくはじいちゃんの葬式があり戻ってきたと話した。
「そうかあのじいちゃんが。おれも昔はよく親切にしてもらったっけ」
幼馴染の大原拓馬は、ぼくとはタイプが違う陽気でやんちゃな性格だが、仲が良かった。ぼくらは相互補完できる関係だった。
日陰とはいえ公園内は暑いので、ぼくらは場所を変えてじっくり話し込むことにした。行き先はずっと地元にいる拓馬に任せておけばよかった。
ぼくは彼の後に続き、商店街の甘味処に入った。ぼくが生まれる前からずっとあり、店の前を何度も通り過ぎたことがあるが、入るのは初めてだった。子供のころに自分とは関係のない場所と思い、大人になる今までなんとなく避けてきたからだ。
店内にはぼくらの他に二組の客がいた。一組は中年、もう一組は高齢者で、拓馬に軽く目で挨拶すると自分たちの会話に戻った。ぼくらは小音量の洋楽が流れる涼しい店内ですっかり落ち着いた。
「おれはあんみつで」
「じゃあぼくも」
注文を待つ間、ぼくらはサービスの冷たいお茶を飲みながら、急いで話をするのではなく外に目を向けた。入口の格子戸越しに眺める商店街の様子は、外から見る時とまったく印象が異なる。外からでは街の寂しさばかりが目立つが、中からではたまに通る人がいちいち目につく。ここに一日座っていれば周辺住民の行動パターンを把握できそうなぐらいに。ぼくというよそ者はこの数日、店の常連客の心を騒がせていたことだろう。
「なかなかいい店だろう」
「そうだね。静かで、涼しくて」
「おれも数年前に初めて入ってみたんだ。あんみつが旨くてたまげたよ。まだまだこの町にも知らない魅力があったんだなって」
「お待ちどおさま」
女将があんみつを持ってきてくれた。なるほど、みずみずしく歯ごたえのある寒天、さっぱりとした餡、つるりと滑らかな白玉が心地よく、夏にはぴったりだ。
「子供のころは大人になんかなりたくなかったけど、なってみると案外悪くないな」
「そうだね。いい身分だよ」
「まぁでも今の子供はまだ恵まれていると思うぞ」
「昔は教室にエアコンさえなかったからね」
「職員室にしかないから、先生たちはずるいって思ってたけど、考えてみれば劣悪な労働環境だ。それなのにおれみたいな悪ガキに忍耐強く教えてくれたんだから、今では感謝しかないな」