第二章 京ノ幻影
あの夜の記録──局所的な破壊事件と、謎のエネルギー反応。
セレーナの索敵結果は、ひとつの結論へと至っていた。
「……この気配。北東にある、鬼門を護る神社か」
霊的エネルギーの震源は、京の旧市街地に残る由緒ある神社。古来より鬼門の方角を鎮めるために建立されたその場所にだけ、高濃度の“視えざる力”が滞留している。
夜の京の街。ネオンの光と電子の雨が都市の空気を妖しく染め上げ、観光客と地元の人々が連なる通りを行き交う中、セレーナは人知れず静かに神社へと足を向けていた。
だがその下で、“視えざるものたち”が静かに動き出していた。
セレーナの網膜HUDに、神社周辺の霊的反応が赤く点滅する。地表に近い構造物のあちこちで、読み込まれずに断片化されたデータが霊的エネルギーを帯びて漂っていた。
「読み込まれぬ……祈り?」
セレーナの呟きに、SEIMEIが応じる。
「そうじゃ。コードの隙間に取り残された想い。記録されず、捨てられたままの“願い”よ」
電子の雨に濡れる朱塗りの橋。そのたもとに、かすかに人影が立っていた。
顔はなく、衣は白。一切の感情を感じさせないその存在が、セレーナの霊視にだけ明確な輪郭をもって映し出されていた。
突如、都市の広域警報が再び鳴り響く。
ネオンが一瞬で暗転し、街のスクリーンすべてにノイズ混じりの映像が浮かび上がる。
──「私を、忘れないで」
その言葉とともに、あちこちのモニターやガラスに“仮面をつけた顔”が映り始める。
「来るぞ」とSEIMEIの声。
次の瞬間、黒い瘴気が神社一帯から噴き出し、空を這うように広がっていく。人々は気づかぬまま、怨霊の影の中を歩いていた。
セレーナの手に一枚の札が現れ、淡く光を帯びる。
その瞬間、SEIMEIの意志が彼女の身体を支配する。
「よし……舞の構文、こちらで取るぞ。セレーナ、補助を頼む」
その舞は、セレーナの意志によるものではない。
彼女の身体は完全にSEIMEIの制御下にあり、動作の一つひとつが霊的構文と連動していた。
札が空へと舞い上がり、五芒星を描くように符が光を走らせる。
「不見者現身、急急如律令──」
SEIMEIの声が、舞とともに呪を放つ。
それはまるで、“彼”自身がこの世に実体を取り戻したかのようだった。
祟りの中枢――忌名の顕現は、やがて完全な姿となる。
白無垢のような装束に、目のない仮面。手にはかつての祈祷の鈴。
その存在が囁く。「都のためだった。ただ、それだけだったのに……」
歪みの花とその後
SEIMEIはセレーナの身体を通して札を掲げ、構文を最終段階へと導く。
「六根清浄、急急如律令」
光と音が都を包み、舞と祈りがひとつになる。
忌名の魂はその中で震え、そして静かに溶けていった。
──浄化、完了。
静寂が街に戻ったとき、祭はまだ続いていた。
人々は何も知らぬまま、夜の賑わいに身を任せ歩き続けている。
セレーナの身体は、静かに朱塗りの橋の上に立つ。
足元に、一輪の黒い花が咲いていた。
それは都市に咲いた“歪みの花”。忘れられた祈りが、最後に残したかすかな痕跡だった。
「……読み込まれる日が、来るといいのう」
SEIMEIの声が、風のように消えていく。
セレーナの身体が再び動き出す。だがその歩みは、どこか“彼”の意思を残したままだった。
神社を舞台に、読み込まれぬ祈りと都市の歪みを描きました。
SEIMEIという存在が初めて本格的に動き出した章でもあります。
咲いた“歪みの花”が、誰かに届く日が来ればと願っています。