死んでるみたいに生きている
まるで、ずっと歩いている気がする。
会社へ、駅へ、コンビニへ、モールへ、家へ――行っても行っても、同じ場所をぐるぐる回っているようで、どこにも辿り着けない。
たとえ他の街や国へ短期で行けたとしても、俺にはこの「制限」から抜け出す財力も能力もない。でも、それでいい。安心できる。なぜなら、ここは安全だから。ひとりきりの世界は、こうして閉じている。
それでも、俺は生きている。「死んだように生きている」だけで、心が動くようなことは、ほとんどない。
唯一、明日が楽しみになる瞬間は、新しい作品が出るときだ。新作映画、新作アニメ、新作漫画、新曲、新しい画集、新しいフィギュア、新しい配信、新しいゲーム――新しいもの。
……ああ、人生って素晴らしい。
とはいえ、中にはどう見ても古い作品の焼き直しにしか見えないものもある。期限切れのラベルを貼り替えて、新キャラとタイトルを載せて、「新登場」「新発売」と書いて売ってる。
「客をバカにしてんのか?」って、思わずツッコミたくなるやつ。
でも、そういう期待感もまた、クセになる。抜け出せない。観て、感動するか、ツッコむか。どっちでも、新しい発想や表現が出てくるのは嬉しいことだ。
その日も俺は、いつものフィギュアショップ「FIGURE MAX」へ立ち寄った。
地下街にあるその小さな店は、入ってすぐ全面ガラス棚。二次元美少女が壁を埋め尽くしてる。広くはないが、床から天井まで商品でぎっしり。空気にはプラスチックと段ボールの匂いが混ざっていて、壁には特典ポスターがべたべた貼られている。照明はやや暗めだけど、展示エリアに当たるように配置されていて、公仔一体一体が神々しく見える。
「新商品コーナー」はいつも一番目立つ場所に置かれていて、最新の限定品や予約品がきれいに並んでいる。一方「在庫コーナー」は奥の方、照明もやや暗く、箱に薄く埃が積もっている。
そして最もカオスなのが「特価コーナー」。ジャンルも時代もバラバラな商品が突っ込まれていて、パッケージすら不完全なものもある。
――ここには、宝物が隠れてる気がする。
いや、ただの好奇心だった。
俺は紙箱に傷ひとつつけないように丁寧に扱いながら、奥のほうを掘っていく。新作?定番?不人気?それとも誰にも知られていないやつか?
そして、最も奥の角で、それは見つかった。
女神官風のフィギュア。全高十五センチほど。銀白色の礼服は繊細に彩色されていて、うっすらと真珠のような光沢を帯びていた。
月光のような銀髪は一本一本まで精密に造形されており、照明の下でも柔らかな光を放つ。顔立ちは整っていて、どこかクラシックドールを思わせる上品さ。まぶたは半分閉じており、静かに祈るような表情。手には透明な水晶球を持っていて、爪のカーブまでもがしっかり再現されていた。
西洋美術と日本フィギュアの融合みたいな、不思議な魅力がある。だけどボロボロの箱に入れられ、店の一番奥で埃をかぶってる。
こんなもん、よく棚に出したな……
そう思って店長に話しかけた。
「ああ、それ?どんだけ前からあるか覚えてねぇよ。箱もボロボロだし。毎日仕入れてるから全部なんて把握できるかって。……ま、売れ残りだろ。最近の客は箱にちょっとでも傷があるとすぐ返品してくるんだよ」
店長の愚痴が、妙に心地よいBGMになっていた。愚痴という名の知識を、俺は横でしれっと吸収している。
実は俺、いつか自分のフィギュアショップを開く夢を持ってた。もしくは個人の趣味部屋を小さな展示空間にして、入場料を取るとか。……まぁ、貯金残高を見たらすぐ目が覚めるけどな。
でも、学びたい欲は止められない。フィギュア屋の店長と語れる時間は、俺にとって数少ない「心から楽しい」と思えるひとときだ。
俺は黙って、その女神官のフィギュアを見つめていた。店長が俺の顔を覗き込む。
「それ、気に入ったのか?」
「いや、まぁ……その……」
すると店長の顔が突然パキッと変わった。眉が上がり、目が輝き、口元が笑顔になり、背筋もピンと伸びる。
さっきまでの疲れた商人が、急に舞台俳優ばりのテンションでスイッチオン。咳払いひとつでモードを変えてきた。
「いやぁ〜〜君とは長い付き合いだしね!好きなら素直にそう言ってくれればいいんだよ!大事な常連さんに、まさか定価で売るわけないじゃん!おほほほ〜〜」
言いながら手をバタバタ動かして、まるで即興コント。目の奥には「売れ残りに食いついた奴がいたぞ!」の輝きが隠しきれていない。
「特別割引価格でいいよ」と、店長が笑う。
(……その“割引”って、定価を二倍に設定してからの半額ってやつじゃないのか?)
冷静にそう思ったが、値段としてはまぁ妥当だった。
俺たちはその場で即決し、静かに取引を終えた。