俺の中の怒りを生んだ
意味のないことを考えながら、どうしようもない憂鬱に沈んでいたとき――ふと、誰かの視線に気づいた。
女王の目が、俺からあの少女へと移る。
その瞬間、ゾクリとした。女王が立ち上がったのだ。
さっきまで騒がしかった大広間が、一瞬で静まり返る。
女王の威厳はやはり本物だった。あんな宮廷庭園みたいな装飾を頭に乗せて堂々と立っているのだから、それだけで空気が変わる。……ていうか、俺はなぜこんなに頭飾りばっかり気にしてるんだろう。意味不明だ。
ああ、やっぱり女王ってすごいな……と心の中でつぶやく。
だが、次の瞬間、全身が震えた。
「なぜ、我が国で火を放った?」
女王の声は冷たく、淡々としていた。
その言葉に、俺は思い出した。できるだけ人のいない場所を選んだつもりだったが、それでも近くの誰かが迷惑を被ったかもしれない。住んでる場所のすぐそばで火事が起きたら、誰だって嫌だ。そう思ったら、自然と頭が下がった。
「急に包囲されて、ただ逃げることしか考えられなくて……ほんとに、どうしていいか分からなかったんです。あのとき、もっといい方法があったなら……絶対に、あんなことはしませんでした」
心の奥から、静かに後悔が湧き上がる。――もし誰かに何かあったら、一生後悔していたかもしれない。
女王は無表情のまま、反応を見せない。満足しているのか、不満なのかも分からないまま、大広間に響いた次の質問。
「なぜ、聖遺物を所持している?」
……聖遺物? ああ、あれか。俺が一瞬、本気で投げようとした……あの、大事なフィギュアのことか。
「……あれって、フィギュアのことですか? 別に、特別な力があるわけでもないし……」
心の中ではこんなことを思っていた。どこにでもあるようなものだ。街の中にはフィギュアを扱う店がいくつもあって、どれも似たような商品を山のように並べている。あちこちに店舗があって、いくら時間があっても見て回りきれないくらいだ。
気づけば、俺はひとりごとのように呟いていた。
「だけど……いくら簡単に手に入るものでも、俺はちゃんと買って、組み立てて、磨いて……一番きれいに見える場所に飾って、その美しさを楽しんでたんです」
……その瞬間、場の空気が凍りついた。
誰もが息を止めたような沈黙の中、鋭い視線が俺に集中する。
……ああ、なるほど。これでまた一歩、死刑に近づいたな。
女王は相変わらず感情を見せず、神像のように微動だにしない。そのまま、また問いが投げかけられた。
「なぜ、聖なる湖に現れた?」
その言葉に、銀髪の少女の顔が見る見るうちに青ざめる。俺は一瞬だけ考えてから、こう答えた。
「分かりません」
その瞬間、少女の目がかすかに揺れた。
たぶん、彼女なんだろう。あの“消える魔法”が使えるなら、空間を転移させるような力も……たぶん、ある。けど、なぜだろう。俺の直感が告げていた。いまこの場で真実を言えば、彼女の未来を壊すことになる――と。
だが俺の答えに、周囲の女たちは明らかに納得していない様子だった。疑いの目が、一斉に俺へと向けられる。
……どうぞ、ご自由に。まさか自国の姫が原因だなんて、あんたたちは想像もしたくないだろうしね。
女王は変わらず無表情のまま、さらに問いかけてきた。
「お前は、“男の国”の者か?」
……ああ?この世界……どれだけ極端なんだよ。
「違います」俺は冷静に答えた。「俺の国は、男と女が半分ずついる」
ざわめく場内。女王は俺から視線を外さず、さらに質問を重ねてくる。
「つまり“中央国”の出身ということか。だが、男であるお前がなぜ“女人国”に現れ、聖遺物を持っていた?それは、あまりに不自然ではないか?」
“中央国”? なんて雑なネーミングだ。でも、この異常な世界設定――これはもう完全に、異世界なんだと確信した。
……まあ、地球の住人として文句を言える立場でもないが。
女王の無感情な瞳を見ながら、俺の脳裏に、ある記憶がよぎった。
結婚後、自分の大切なフィギュアを、妻に勝手に処分された男の話。
「男のくせにそんな趣味はやめなさい」
「いい年して、子供みたいなことをして……」
正論ぶったその目線――その“当然”という態度。あれが、俺の中の怒りを生んだ。
だから俺は、結婚も、出産も、しないと決めたんだ。
「なぜ俺が持っちゃいけないんだ?男だから? フィギュアが好きだから?リアルな女性じゃなくて、架空のキャラに惹かれるのが、そんなに気持ち悪いのか?」
いつの間にか、感情が溢れ出していた。言葉も止まらなかった。
……もう、十分だった。