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少女の名はコユキ

「えらいすまんなぁ。ちょっと興奮しすぎてもうたわ」


 ウィニーに拳骨をくらい、ようやく俺から離れた少女はタハーと笑顔でそう言った。


 少女は「コユキ」と言う名前らしく、近くの村に住んでいる農民の子らしい。ショートにした銀色の髪に、黄色い瞳が美しい少女だった。


「農民の子が、どうしてこんな森の中にいるんだよ」


「ウチはお宝を探してここまできてん」


 お宝? とウィニーが尋ね返すと、コユキは頷いた。


「ここから森を抜けた先の山に、そりゃ珍しいお宝が眠っとるって話を聞いて、探しにきたんや」


「え、たった一人でか?」


 俺の質問にコユキは頷いた。呆れた。魔族の出現する森の中に、武器も持たずに一人でやってくるなんて、命知らずにも程があるぞ。


「死にたくなかったら、お宝ってのは諦めて村に帰るんだな」


「そ、そないなわけにはいかへんのや! 村は貧乏で、これ以上はもたへん。なんとしてもお宝を手に入れなアカンのや!」


 コユキは必死の形相でそう訴えた。それから何を思ったのか、突然俺とウィニーに向かって深々と頭を下げた。


「ケーイチ様! どうかウチのお宝探しに付き合うてもらえへんやろうか!? 手に入れたお宝は山分けでええさかい!」


「ええ……?」


 どうしようか。俺は依頼をこなしにきただけで、お宝なんて興味はない……いや、まぁ、ちょっとはあるけどさ。


 俺はウィニーにも意見を求めることにした。


「ウィニー、どう思う?」


「ワシは旦那様が行くというなら従うだけじゃ」


 が、ウィニーは肩をすくめてそう答えるだけだった。


 俺は少し考えてから、結局コユキに付き合うことにした。なんだか放っておけないような気がしたのだ。


 コユキは大喜びで何度も「おおきにやで!」と繰り返していた。



 * * *



 さて、森で一晩を明かした俺たちは、コユキに先導されるまま宝が眠るという山に向かって出発した。だんだん勾配のキツくなってくる山道を、俺はウィニーとコユキの後に続いて歩く。


「旦那様、大丈夫かの?」


 前を歩くウィニーが振り返り、心配そうに俺を見て尋ねる。


「な、なんとかな……」


 俺はゼェゼェと肩で息をしながら歩いていた。元々インドア派の俺はそんなに体力のある方じゃない。急な山登りにギブアップ寸前だ。


 ウィニーは流石というべきか当然というべきか全く疲れていないようで、ひょいひょいと足取り軽く山道を登っていた。竜のスタミナやべぇな……。


 意外だったのは、コユキの足取りも軽かったことだ。俺とウィニーを先導しながら、険しい山道を笑顔で登っていく。この世界の農民って、みんなこんなにスタミナあるの?


「旦那様、なんならワシが二人とも乗せて飛んだ方が早いんじゃないかのう?」


「いや、それはやめておこう。コユキにはお前が竜だってバレない方がいい」


 俺はウィニーとヒソヒソ会話を交わした。コユキにウィニーが竜だと知られれば、余計な混乱をもたらすことになるだろう。ここは秘密にしておいた方が都合がいい。


 さて、そのまま歩くこと数時間。俺の体力がいよいよカラッポになりそうだったそのとき、


「二人とも! 着いたで!」


 先を歩くコユキが振り返ってそう言った。嬉しそうに手をぶんぶんと振る。


「宝はこの奥や」


 そこは、山の壁面にぽっかりと開いた巨大な洞窟だった。かなり深いようで、中は暗く何も見えない。俺もウィニーも同時に眉を顰めた。


「ここを進むのか? 暗くて何も見えそうにないけど……」


「心配無用や! そないなこともあろうかと、松明を持ってきとりよるさかいに」


 コユキはそう言って、背負っていた風呂敷からきっちり人数分の松明を取り出した。おお、随分と準備がいいんだな。


 そして洞窟探索が始まった。コユキを先頭に、その後ろから俺とウィニーがついてゆく。湿った地面を踏みしめながら1歩また1歩と、誘われるように洞窟の奥底へと向かって足を進める。


「……なんじゃ? この匂い?」


 探索開始から数分で、ウィニーがポツリとそんなことを呟いた。


「ウィニー、どうかしたのか?」


「旦那様、警戒して欲しいのじゃ。この奥から強烈な死臭が漂ってくるのじゃ」


 ウィニーは洞窟の前方を睨みつけながらそう言った。ふと、振り返ったコユキが首を傾げる。


「二人ともどうかしたん? 宝はもうすぐそこやでー!」


 手を振ってはしゃぐコユキに、ウィニーはガックリと肩を落とした。


「あの小娘には緊張感というものがないのか……」


 それから洞窟探索は再開された。ウィニーがああ言っていたので警戒していたが、不思議と洞窟に入ってからは一度も魔族と出くわすことはなかった。コユキは洞窟内をスキップでもするかのような軽い足取りで進んでいき、ついに俺たちは最深部と思われる場所に到着した。


「あっ」


 ふと、先頭を歩いていたコユキが足を止めた。しゃがみ込んで俺たちを振り返る。


「靴の紐が切れてもうた。直したら追いつくさかい、先に進んでやー」


「? ああ……」


 俺とウィニーは言われるままに、コユキを追い抜いて先へと足を進める。その先は開けた空間になっていた。かなり広いが、周囲にこれ以上進めるような場所はない。完全に行き止まりだ。


「……ここが最深部かの? で、宝とやらはどこにあるのじゃ?」


 ウィニーが振り返ってコユキに尋ねた。


 その瞬間だった。


 ――ガシャン!


 そんな音と共に、今しがた通ってきた洞窟の通路が鉄格子で閉ざされた。


「――えらいすまんなぁ、二人とも」


 鉄格子の向こう側で、コユキがくすくすと笑いながら言う。


 俺が状況を理解できずにいると、ウィニーが獰猛な笑みを浮かべながらコユキを睨みつけた。


「小娘……貴様、騙しよったな? 最初からこれが目的か」


「せやで。ここには宝なんてあらへん。全部嘘っぱちや」


 コユキは口元に手を添え、大きな声で洞窟の上方に向かって叫んだ。


(オーガ)はん! 生贄を連れてきたで! 今月はこれで勘弁してや!」


 仕事は終わったとばかりにコユキは俺たちに背を向ける。それから思い出したように振り返ると、


「……冥土の土産にウチの正体、教えたるわ」


 次の瞬間、彼女の体に変化が起き始めた。銀髪が逆立ち、その上に獣のような耳が生える。さらに腰のあたりからふさふさした尾のようなものが生えた。


「に、人間じゃない……!?」


「どや、()()()に化かされる気分っちゅーのは?」


 どこか得意げに、人外の姿となったコユキが言う。


「貴様、魔族だったか。ワシの鼻を騙すとは大したもんじゃのう」


 ウィニーがどこか感心したように言う。


 コユキはもう言うことは何もないとばかりに俺たちに背を向けると、


「これで本当にサヨナラや。悪く思わんといてな」


 そう言って、最後にパチリと左目でウィンクを飛ばした。


「――化かされる方が、悪いんやで」


 それだけ告げて、コユキは洞窟の曲がり角へと姿を消してしまうのだった。

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