修行開始!②
『魔鎧装』の修行を始めてから1週間が過ぎた。俺は今日も砂浜で、ロジーにボコボコにされている。
しかし、初日と比べて俺の成長は明らかだった。
「――はっ!」
横から飛んできた手刀を、俺は魔力を込めた右腕でガードする。
左、右、また左。ロジーの攻撃に合わせて、魔力を込める部位を移動させていく。常に全身を魔力で覆っていては、ロジーの攻撃は止められない。攻撃をよく見て、受ける部位に魔力を一点集中させる必要があるのだ。
同時に、込める魔力の量も調整しなければいけない。ロジーの魔力を込めた攻撃は強力だ。完璧にノーダメージで受けるためには、相当量の魔力出力がいる。常にそんな量を放出していたらあっという間に魔力切れを起こすだろう。そもそも常に膨大な魔力を出力し続けるなんて無理な話だ。
が、攻撃を受ける一瞬、その一点に絞れば、訓練次第で人間にも魔族に匹敵する魔力出力が可能なのだ。俺はそのことを、この1週間で体に叩きこまれていた。
今日のロジーとの組手はもう数時間に及んでいた。俺の体は擦り傷やアザだらけだ。
それでも、今日はまだ一度もダウンを取られていない。
「――!」
ロジーの体が後方に下がった。大技を繰り出す合図だ。
俺は腹部に魔力を集中させる。まだ放出はしない。魔量を放出するのは、攻撃が直撃する一瞬、そのわずかなタイミングのみだ。
ボッ! という風切り音とともに、ロジーが消えた。いや、消えたと錯覚するほどの速度で動いた。
ロジーの胴回し回転蹴りが、俺の腹部に突き刺さる。
「ぐっ!」
同時に、放出した魔力がそれを受け止める。
俺の体は滑るように砂浜の上を移動し、10メートル近く後退した。
「ふーっ」
俺は息を吐きながら、自身の腹部を見下ろす。高出力の魔力同士が衝突したせいか、服の胴部分が焼け焦げるようにしてなくなっていた。
それでも、倒れはしなかった。1週間前であれば確実に嘔吐し、のたうち回ってたであろう攻撃を、俺は魔力のみの防御で受けきれるようになっていた。
「――ほう、やるじゃないか、これに反応できるとは」
ロジーが感心したように言う。俺はじろりとロジーを睨み返した。
「当たり前だ。何発喰らったと思ってんだよ」
この1週間、このおっさんは文字通り俺をサンドバッグにした。毎日ボコボコにされてはウィニーの治癒魔術で治療されて、またボコボコにされて、を繰り返す日々。
このおっさんは絶対ドSだ。俺はそう確信している。
「で、まだやるんだろ?」
攻撃の手が止まったので、俺は呼吸を整えながらロジーに話しかけた。
「ふむ、少し待て。そろそろ来るはずなんだが……」
そのとき、遠くの方から聞きなれた声がした。
「旦那様――!!」
ぶんぶんと嬉しそうに手を振っているのは、ナオネコに連れられたウィニーだった。
「ウィニーに、ナオネコ?」
俺が首を傾げていると、ロジーがニヤリと笑みを浮かべた。
「この修行は終了だ。次のステップに進む。よく頑張ったな」
俺はぽかんとロジーを見つめた。
「終了……?」
ロジーの言葉の意味を理解すると同時に、俺は思わずその場にへたり込んでしまった。
やっと終わった……。本当に、殺されるかと思うような日々だった。
そんな俺の様子を見たナオネコが苦笑する。
「どうやら、相当しごかれたみたいだね」
「旦那様、大丈夫か? 今すぐ治癒魔術をかけるぞ」
駆け寄ってきたウィニーが俺に向けて両手を差し出す。
その手を見た俺は、思わず眉をひそめた。
「ウィニー、その手……」
ウィニーの手は、細かい切り傷だらけだった。
掌から指先までびっしりと刻まれ、血が滲んでいる。
「あ、ああ、治癒魔術をかけ忘れておったわ」
ウィニーはどこか恥ずかしそうにそう言うと、手を後ろにひっこめてしまう。
……そうか、ウィニーも相当厳しい修行を積んできたんだな。
俺はウィニーの頭に手を置き、優しく撫でた。
「よく頑張ったな、ウィニー。俺のために、ありがとう」
「っ……! あ、当たり前じゃよ。旦那様の命がかかっておるのじゃから」
ウィニーは顔を赤くして、そっぽを向いてしまった。ウィニーって、ストレートに褒められるのに結構弱いよな。
そんなことを思っていると、ナオネコがこほんと咳払いをした。
「あー、そろそろいいかい? 次の修行の説明をしても」
俺とウィニーは同時に頷く。
「ここからはいよいよ、『魔鎧装』の実践に入るよ。イメージは綱引きだ。二人の魔力出力を合わせて。引っ張り合う。上手くいけば一発で成功するはずさ」
「ああ、分かった」
俺は砂浜に立ち、その正面にウィニーが立つ。
「……いくぞ、ウィニー」
「うむ、準備は万端なのじゃ」
どこか緊張した面持ちでウィニーが言う。俺は一度深呼吸してから、右手をウィニーに向けてかざした。
あれだけの修行を積んできたんだ。必ず、成功させてやる。
「――『魔鎧装』!!」
俺は叫ぶ。同時にウィニーの体が青白い光に包まれた。
ほどけるようにしてウィニーの肉体は光の粒子となり、それが俺の体にまとわりつくように集まってくる。腕、足、胴体――次々と光に包まれる。
成功した――そう確信した次の瞬間だった。
ばちり、と電気の走るような音が鳴り響いた。同時に俺の体は後方に吹き飛び、体を覆っていた光のベールはちぎれて霧散した。
「うおっ!?」
「ぬわっ!?」
俺はごろごろと砂浜の上を転がる。同時に光の姿から元に戻ったウィニーも、砂浜の上を転がっていた。
「……失敗、だね」
俺たちの様子を見ていたナオネコが呟く。
「まぁ、最初の1回でできるなんて思っちゃいなかったさ。さぁ、ここからはひたすら反復練習だよ。覚悟はいいね?」
ナオネコの言葉に、俺は頷いて立ち上がる。
「ああ、覚悟ならとっくにできてる。だろ? ウィニー」
ウィニーも立ち上がり、首を縦に振る。
「当然じゃ。まだまだここからじゃよ」
俺たちはしっかりと頷きあった。
俺の命、そのタイムリミットまでは残り約3週間。
それまでになんとしてでも、『魔鎧装』を習得してやる。