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『魔鎧装』

 ナオネコの説明はこうだった。ウィニーの持つ『暴食』の魔力はあらゆる魔術や呪いの類を喰らい尽くし消滅させる。しかし、その際にわずかな残滓が残るという。それはウィニーの契約者である俺の体内に少しずつ蓄積しており、それが眩暈や謎の黒ずみの原因だと。


 そして、やがてその蓄積した魔力の残滓は俺の命を奪うという。猶予は約1ヶ月。それまでに何かしらの対策を打たなければ俺は死ぬことになるそうだ。


「旦那様が、死ぬ? ワシのせいで……?」


 呆然とした表情でウィニーが呟く。地下室を出てから、俺たちは一度宿に戻り、ウィニーとコユキに事の次第を報告していた。ウィニーとコユキは突然のことに事情が呑み込めないようだったが、事態の深刻さは理解できたようだった。


 俺はウィニーの頭を軽く撫でて、笑った。


「安心しろ、死なねぇよ。そのための方法を今から教えてもらうんだ」


 そう。ナオネコ曰く、助かる方法が一つだけあるらしい。その方法をこれから教えてもらうことになっていた。


 俺の言葉に、ウィニーは返事を返さなかった。いつもうるさいウィニーからは想像もできないほど、その後もウィニーは静かだった。


 俺たちは全員で、ナオネコと約束した場所――南にある人気のない海岸へと向かった。


「来たね」


 ナオネコとロジーはすでに到着していた。二人はつい先ほどと同じ格好で、手ぶらで立っていた。


「アンタが『暴食竜』か。ずいぶんと可愛い見た目をしてるんだねぇ」


 ナオネコがウィニーを見て言う。ウィニーはジロリとナオネコを睨みつけた。


「そんな話はどうでもよい。旦那様が死なないための方法とやらを、さっさと教えんか」


「焦るんじゃないよ。……ま、話すより見せた方が早いだろうね」


 ナオネコはそう言って、軽くロジーの方を見る。ロジーが頷いたのを確認してから、その目を閉じた。


 次の瞬間、ナオネコの体が青白い光に包まれた。光はロジーの両手に絡みつき、やがて収束する。


 ロジーの手に現れたのは、金色に輝くメリケンサックだった。宝石が至る所についており、非常に派手なデザインだ。これが、ナオネコが武器になったときの姿なのだろう。


「この世界の女性は武器に変化することができる。ここまでは知っているな?」


 ロジーの言葉に俺は頷いた。当然、知っている。今までに何度も見てきた光景だ。


「――だが、この変化には次の段階が存在する。これは意外と知られていない事実だ」


「次の段階?」


 ロジーは右手のメリケンサックに左手をかざす。そして叫んだ。


「これこそがその、次の段階だ! ――『魔鎧装(まがいそう)』!!」


 メリケンサックが閃光に包まれる。海岸中に溢れた光は、目もくらむほどの輝きを放った。光の粒子が空中で舞い踊り、やがてロジーの体に巻き付くように集まってゆく。


「これは……!」


 光が収まったとき、ロジーの手からメリケンサックは消えていた。代わりにロジーの体を、金色に輝く鎧が包み込んでいた。


「これは、あのシンタローという小僧が使っていた魔術か……?」


 ウィニーが呟く。俺もシンタローのことを思い出していた。シンタローがサージアのダンジョンで使った、マロリーを鎧にして纏うような魔術、あれとそっくりだ。


「『魔鎧装』。契約者の女性を武器ではなく鎧として身に纏う魔術。その戦闘力は――」


 ロジーは拳を握りしめ大きく振りかぶる。そのまま海へ向けて正拳突きを放った。


 同時に、海が割れた。ロジーの拳が空気を切り裂き、まるで水平線まで響き渡るかのような衝撃波が放たれた。その瞬間、海面はまっぷたつに割れ、その内部の世界が露わになった。水柱が天高く舞い上がり、まるで巨大な壁が築かれたかのように、海は左右に分かれた。


「――桁違いだ」


 そして轟音と共に、海はひとつに戻った。ロジーは振り返ってドヤ顔を浮かべる。


「――やり過ぎだバカ! カーディウスの手下に気付かれたらどうするつもりなんだい!」


 鎧から人の姿に戻ったナオネコが、そんなロジーの腰をげしげしと蹴っていた。


「す、すまん……」


 ロジーはダンディな声で謝罪する。ナオネコはため息をつくと、振り返って俺たちを見た。


「ま、これが答えだよ。これができるようになれば、アンタは助かる」


 俺はナオネコの言っていることが理解できず、混乱した。


「な、なんだよそれ。今の魔術が、俺の命と何の関係があるんだよ」


 ナオネコはうーんと唸る。


「説明が難しいねぇ。『暴食竜』を身に纏うことで体内に残った魔力の残滓を排出する……いわば一時的にアンタが竜になるというか……」


 ナオネコの説明は要領を得なかった。が、俺の隣でウィニーが真剣な表情で呟いた。


「構わん。それで旦那様が助かるなら、やるだけじゃ」


「ウィニー……」


「で、その『魔鎧装』とやらはどうすればできるんじゃ?」


「二人の魔力量を合わせて、お互いにバランスを――とまぁ、細かいことは置いておいて、一番大切なのはここさ」


 ナオネコはそう言って、ロジーの胸、心臓の位置をどんと叩いた。


「ハートだよ。お互いを心の底から信頼し、愛する気持ち、それがないとこの魔術は成功しない」


「愛する気持ち……?」


 ウィニーがちらりとロジーの顔を見る。ロジーはぷい、と顔を逸らした。


「な、なんだい! うちらの夫婦仲は良好だよ!」


 ナオネコが焦ったように言う。いや、ウィニーは何も言ってないけど。


「ま、その愛する気持ちとやらは問題なしじゃ。ワシと旦那様は年中らぶらぶじゃからな」


 ウィニーが胸を張って答える。ナオネコは笑みを浮かべた。


「へぇ、言うじゃないか。それじゃ、さっそく明日から修行に移ってもらうからね」


「旦那様! 頑張ろうぞ!」


「ああ、こんなところで死んでたまるか。必ず身に付けてやる」


 俺はウィニーの差し出した握りこぶしに、自分のこぶしをこつんとぶつけた。


 そうだ。まだなにも成し遂げていない。魔王の姿すら見ていないのに、こんなところで死んでたまるか。必ずその『魔鎧装』とかいう魔術を身に付けてみせる。


 俺とウィニーは向かい合い、深く頷きあったのだった。

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