ドラゴンメイドの爆誕
次に目を覚ましたとき、どういうわけか腹の傷は塞がっていた。
俺は体を起こして周囲を見る。まだ夜だ。目の前にはパチパチと音を立てて燃える焚き火と――。
「……誰?」
なぜかメイド服に身を包んだ美少女が立っていた。背は低く、元の世界でいうところの小、中学生くらいの年齢に見える。金色の髪は腰まで伸び、同じく金色の瞳が焚き火の炎を反射してキラキラと輝いていた。
「おお! 目を覚ましたか!」
俺が起きたことに気がついた美少女は嬉しそうに言うと、いきなり抱きついてきた。美少女に抱きつかれるのは悪い気がしないが、いまいち状況が飲み込めない。
「抱きついたままでいいから聞いてくれ。アンタ誰だ?」
「なにを言っておるのじゃ! ついさっき旦那様に救われた『暴食竜』ウィニフリードに決まっておるじゃろう!」
到底『暴食竜』などという物騒な二つ名が似合わない美少女は、顔を上げるとにっこり笑顔でそう告げるのだった。
「封印が解けて魔力が戻ったからのう。人間に化けることなど朝飯前じゃ」
美少女――改めウィニフリードはえっへん、という音が聞こえてきそうなほどに小さな胸を張ってそう言った。信じがたいことだが、どうやらこの美少女がさっきのゴツゴツした竜らしい。
「メイド服なのはなんでだ?」
俺が聞くと、ウィニフリードはメイド服を見せびらかすように、その場でくるくると回転した。
「この服装が、人間の女性が男性に仕えるときの正装なのじゃろう? 本で読んだことがあるぞ」
うーん、いや、ちょっと誤解してるような……いや、まぁ、似合ってるからいいか。
「この傷も、お前が治してくれたのか?」
俺がカサブタ一つ残っていない綺麗な脇腹を指しながら尋ねると、ウィニフリードは頷いた。
「『暴食竜』といえども、治癒魔術ぐらい使えるのじゃ。せっかく契約したのに、死なれては元も子もないからのう」
契約――その言葉に俺は首を傾げた。
「なぁ、どうして俺と『契約』なんかしたんだ? 人間を恨んでたんじゃなかったのかよ」
「当然、人間は嫌いじゃ。じゃが、旦那様は別じゃよ。数百年の孤独からワシを解放してくれたのじゃ。その恩に報いねば、『暴食竜』としての名が廃るというものじゃよ」
ウィニフリードはそう言って、嬉しそうに微笑んだ。
「それより、旦那様はなぜ死にかけておったのじゃ? 思えばワシは旦那様のことをまだなにも知らんぞ」
「俺もお前のこと全然知らないけどな」
俺はひとまず、ここまでの自分の経緯をウィニフリードに話すことにした。自分が異世界から召喚された存在であること、魔族の女に騙されて刺されたことなどを簡潔に伝える。
「なんと! 旦那様はこの世界の人間ではなかったのか! しかも騙されて背後から刺されるとは、旦那様もなかなか不遇じゃのう……。どれ、ワシの胸で甘えてよいぞ♡」
にぱーと笑みを浮かべて両手を前に伸ばすウィニフリード。ありがたく甘えさせてもらいたいところだが、今はそれよりも重要なことがある。
「ウィニフリード、俺が意識を失ってからどれくらい経った?」
「なんじゃ甘えんのか……」と寂しそうに口を尖らせてから、ウィニフリードが答える。
「3時間くらいかのう。それがどうかしたのか?」
「今夜、城がエルネの部隊に襲撃されるんだ。クラスメイトと城の人間を助けに行かないと」
3時間。エルネの言葉が本当ならば、もう城は襲撃されているだろう。急がなければ。
俺は改めてウィニフリードに向き直り、その顔をしっかりと見つめた。
「ウィニフリード、俺に力を貸してくれるか?」
俺の言葉に、ウィニフリードは頷く。
「当然。契約した以上、旦那様とワシは一蓮托生、一心同体、おしどり夫婦じゃ! いくらでも『暴食竜』の力を貸そうではないか!」
おしどり夫婦、は違くないか? と思ったが面倒臭いのでスルーする事にした。
「よし。よれじゃウィニフリード、俺を城まで連れて行ってくれ」
「ガッテン承知じゃ!」
ウィニフリードは力を込めるように目を閉じた。次の瞬間、ぽん、と音を立ててウィニフリードの背中から小さな竜の翼が生えた。
「さ、旦那様。ワシに掴まるのじゃ」
俺が掴まると、ウィニフリードの体がふわりと浮かび上がった。大して羽ばたいていないのに飛べるのは、おそらく魔力を用いているのだろう。
「ところで、ウィニフリードっていうのはどうにも長くて呼びづらいな。あだ名みたいなもんはないのか?」
「『暴食竜』という二つ名はあるが、あだ名というものはないのう。なんなら旦那様がつけてくれてもかまわんぞ」
俺は少し考えてから、
「じゃ、ウィニー、でどうだ?」
ウィニフリードだからウィニー。なんの捻りもないあだ名だが、悪くはないと思う。
ウィニー、ウィニー、と数回繰り返してから、ウィニフリードは笑顔で頷いた。
「うむ! 気に入った! 今日からワシはウィニーじゃ!」
こうして、ウィニフリード改めウィニーと俺は、城へと向かうため夜空に飛び立ったのであった。