新天地を目指して
「――ふう、日の光が懐かしいぜ」
ダンジョンの入口から頭を出したシンタローは、青い空を見上げて呟いた。ずいぶんと時間が経っていた気がするが、まだ太陽は高い位置にある。もしかしたらダンジョン内は時間の流れさえもおかしくなっているのかもしれない。
魔王の配下――グリニリスとエルネによる襲撃、というイレギュラーはあったものの、俺たちは誰一人欠けることなくダンジョンから無事に生還することができた。結果として『古の魔道具』は手に入らず、報酬金も出ないだろうが、命が無事なだけ幸運だったと思うしかないだろう。
「さて、コイツが目覚める前にさっさと逃げるとするか」
俺はウィニーに背負われた、意識を失ったままのカーディウスを見て呟く。あのままダンジョン内に置き去りというわけにもいかなかったので、一応連れてきたのだ。
しかし、魔道具商会の権力者であるカーディウスに反旗を翻した以上、もうサージアの街にいるわけにはいかなくなってしまった。少し名残惜しいが、次の街に向けてこのまま旅立つのがいいだろう。
「――で、お前らはこれからどうするんだ?」
俺は振り返って尋ねた。視線の先にはどこか浮かない顔をしたメルツと、ウィニーに治癒魔術をかけてもらっているノクルの姿。
「私たちは……」
メルツはそこで言葉を止めると、困ったように視線を下へと向けた。まぁ、無理もないだろう。彼女たちはついさっきまで奴隷だったのだ。突然自由を与えられて困惑する気持ちはわからなくもない。
しかも、死んだと思っていた姉と突然再会し、さらにそれが魔王の配下になっていたのだ。混乱しているどころじゃないだろう。
それでも、やがてメルツは顔を上げると、力強い瞳で俺を見返した。
「私たちは――貴方に付いて行こうと思います」
そして、しっかりとした口調でそう告げた。
「貴方に付いて行けば、いつかまたお姉様に会える、そんな気がするんです」
「会ってどうするんだ?」
俺の質問に、メルツは再び顔を曇らせる。
「それは……まだわかりません。でも、もう一度会って、今度はしっかり話がしたい、そう思うんです」
メルツは振り返ってノクルを見た。
「ノクル、貴方もそれでいいですか?」
ウィニーに治癒魔術をかけてもらっていたノクルは、火傷の跡が消え、すっかり綺麗に戻った顔でこくりと頷いた。
「ノクルは、ケーイチに付いて行きたい」
まっすぐな瞳で見つめられ、俺はため息をつく。
「……まぁ、カーディウスの元から解放したのは俺だし、最後まで面倒見る責任はあるよなぁ」
「まったく、旦那様はどうしてこう次から次へと女子に手を出すのじゃ」
ノクルの傷を癒し終わったウィニーが立ち上がり、呆れたように言う。俺だって意図してやってるわけじゃないよ? 本当に。
「旦那はんはそういう星の下に生まれてきたんやろうなぁ」
コユキまでそんなことを言い出す始末だ。
メルツとノクルは改めて俺たちの前に並ぶと、丁寧な所作で頭を下げた。
「では、改めまして。ケルベロスの魔族、メルツ・ヘルゲイト、本日よりお世話になります」
「同じく、ケルベロスの魔族、ノクル・ヘルゲイト。よろしくね」
二人の言葉に、俺は思わずぽかんと口を開けてしまった。
「お前ら、ケルベロスの魔族だったのか?」
「なんじゃ旦那様、気づいてなかったのか?」
いや、普通は気づかないと思うが。俺はてっきり狼かなんかかと……。
そんな俺たちの様子を岩に腰掛け眺めていたシンタローは、よっこらせ、と立ち上がった。
「さて、じゃあ俺たちも王都に帰るとするか、マロリー」
「……うん。今回は、少し疲れた」
シンタローの横にちょこんと腰掛けていたマロリーが呟くように言う。シンタローは俺の前に来ると右手を差し出した。
「じゃあな、ケーイチ。お互い生きてまた会おうぜ」
「ああ、必ず」
俺は差し出された右手をしっかりと握り返す。それからふと、気になっていたことを尋ねてみた。
「なぁ、お前がダンジョンの中で使った、あのマロリーを纏うような魔術はなんだったんだ?」
シンタローは少し考えるような顔をしてから、悪戯っぽく笑った。
「俺の秘密兵器、ってところだな。いつかお前も知ることになると思うぜ」
シンタローはそれだけ言うと、じゃあな、と踵を返した。俺たちは去ってゆくシンタローとマロリーの背が見えなくなるまで見送った。
「それじゃ、ワシらも出発するとするかのう」
ウィニーの言葉に俺は頷く。それから改めてパーティの顔ぶれを見渡した。
ウィニー、コユキ、メルツ、ノクル。気が付けば、随分と賑やかになったものだ。
「――行くか。次の街へ」
俺の言葉にパーティの面々は頷く。こうして俺たちは、まだ見ぬ新天地へ向けて、新たな1歩を踏み出すのであった。