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魔王の配下、襲来

「旦那様! ワシとも! ワシともちゅーしようぞ!」


「ウチも! ウチともしようや!」


 ギャーギャー騒ぐウィニーとコユキを無視して、俺はダンジョンの床に寝転がった。傷は塞がったが、なんだかどっと疲れが出たのだ。


 シンタローがそんな俺を見下ろしながら、顎に手を当てて呟いた。


「でも、これからどうするんだ? 俺たちの雇い主であるカーディウスをボコっちまった以上、報酬は出ないだろ?」


「う、確かに……」


 少なくとも俺たちには出るわけがない。どころか面倒なことになる前にさっさと街を出た方がいいレベルだ。


「シンタローにも迷惑かけたな。ごめん」


 俺が謝ると、シンタローは首を横に振った。


「いや、俺の目的は果たせそうだよ」


 シンタローはそう言って、階段上の祭壇に目を向けた。


「あそこにある『古の魔道具』の回収。それが俺の目的だったからな」


「え?」


 確か、シンタローの目的は小遣い稼ぎとか言っていたような……?


「やっぱり小遣い稼ぎ、なんて嘘やったってことやな」


 コユキがシンタローに言う。シンタローはニッと笑みを浮かべた。


「なんだ、気づいてたのか?」


「生憎、ウチは嘘には敏感やねん」


 コユキは肩をすくめてそう言った。俺はまだ混乱したままだ。


「嘘、ってどういうことだよ」


「旦那はん、この男は国軍所属や。おそらく国からの命令で魔道具の回収に来た、っちゅうのが本当の理由やろ」


 コユキの言葉にシンタローは頷いた。


「その通り。俺は最初からカーディウスに『古の魔道具』を渡す気はなかった、ってことさ。戦闘になるのも覚悟してたけど、お前らのおかげで手が省けたぜ」


「ほう? それはどうかのう?」


 ふと、ウィニーが好戦的な視線をシンタローに向けた。


「ワシらがそれを黙って見過ごす、とは限らんじゃろうて」


 シンタローはウィニーを見返すと、目を細めた。


「お前らと戦う気はない。だが、そっちがその気なら――」


 二人の視線が交差する。ウィニーの目には冷たい光が宿り、シンタローもまた、鋭利な刃のような視線を返す。


 俺は慌てて言った。


「よせ、ウィニー! 俺たちの目的は『古の魔道具』じゃない。シンタローに渡してやれ!」


 ウィニーは振り返って口を尖らせた。


「……むぅ、騙されていたのは気に食わんが、旦那様が言うなら仕方ないのう……」


 シンタローは苦笑しながら、まだ動けない俺を横目に階段へと向かった。


「悪いな。ケーイチ」


 確かに、騙されていたのはちょっと悔しい気もする。が、シンタローと戦いたくはない。まして『古の魔道具』の価値も使い道も俺にはわからないのだ。渡してしまっても良いだろう。


 シンタローが階段に足をかけた――そのときだった。突然、ビリビリと空気が振動し、地面が揺れ始めた。


「なんだ!?」


 ドゴォン!! と轟音が鳴り響く。同時に、フロアの天井、その一部が崩れた。


「旦那様! 危ない!」


 ウィニーが咄嗟に俺を背負い、走り出した。間一髪、さっきまで俺の横たわっていた場所に瓦礫が雨のように降り注ぐ。


「なんなんだ一体……?」


 俺は崩れた天井を見上げる。すると、そこから二つの人影が降りてきて、祭壇の前に着地した。


「グゥゥ……これが『古の魔道具』か……」


「グリニリス。貴方やりすぎよ。『古の魔道具』が瓦礫の下に埋まったらどうするつもりなのよ」


 一人は、身長3メートルはあろうかという魔族の大男だった。肌の色は褐色で、黒くボサボサの頭髪の下には牙の生えた口が見える。


 そしてもう一人は――俺のよく知る人物だった。


「エルネ……!」


 降り立ったのは、かつて人間のフリをして城に潜入していた魔族の女。魔王の忠実な僕、エルネだった。


 が、本当の驚愕はその後にやってきた。俺のすぐ隣に立っていたメルツが、エルネの姿を見るなり凍り付いたような表情でこう叫んだのだ。


「――お姉様!?」


「……えっ!?」


 エルネが、メルツとノクルの姉!?


「そんな……だって……死んだはずじゃ……?」


 ノクルが唖然とした表情で呟くように言う。


 グリニリス、と呼ばれていた大男がエルネに尋ねた。


「知り合いか?」


「……いいえ。知らないわ」


 エルネはそう言って。冷たい視線でメルツとノクルを見る。大男はふん、と鼻を鳴らした。


「……まぁ、いい。『古の魔道具』は回収した。帰るぞ」


 大男は祭壇に置かれていた錫杖を手にするとそう言った。


「待てよ。それを渡すわけにはいかないな」


 いつの間にか階段上へと移動していたシンタローが、グリニリスとエルネの前に立ちはだかった。


「お前ら、魔王の配下だな?」


 グリニリスはシンタローを一瞥すると、低い唸り声を上げた。


「グゥゥ、どけ。邪魔をするなら殺すぞ」


「そうかい。――やるぞ! マロリー」


「……了解」


 マロリーの体が青白い光に包まれ、白銀のランスへと姿を変える、それを構えたシンタローは、グリニリスへと駆けた。


「はっ!!」


 上空へと飛び上がり、アイスブルーの炎を吹き出したランスはその反動で勢いよくグリニリスへと向かった。ランスの先端が胸へと突き刺さる直前――グリニリスは右手でその刺突をガードした。


 魔力で強化されたグリニリスの右手は、シンタローの刺突を完全に受け止め、その巨体はびくとも動かない。シンタローはその圧倒的な力に驚愕し、後退する。


「この程度か、虫けらが……」


 グリニリスの嘲笑が響く。シンタローは額に汗を浮かべていた、


「シンタロー……!」


 俺は思わず呟く。加勢したいが、まだ体が動かない。


 グリニリス、と呼ばれた魔族がただ者ではないことは、この距離でもすぐにわかった。全身から放たれる圧倒的な魔力量。下手をすれば、本気のウィニーを凌駕しそうだ。


 正直、シンタローに勝ち目があるようには思えなかった。シンタロー自身もそれを悟ったのか、構えを解く。


 が、その目は諦めていなかった。


「……やるしかないな、準備はいいか? マロリー」


 シンタローは手元のランスに語りかける。――なんだ? 何が始まるんだ?


「……いつでも大丈夫」


 マロリーの返事に、シンタローは頷いた。


 そして、


「――――――!!」


 シンタローが何かを叫んだ。同時に、シンタローの手の中でランス――マロリーが閃光に包まれた。目の眩むような光量に、俺は思わず手で視線を遮る。


 やがて光が収まったとき、そこに立っていたのは白銀の鎧に身を包んだシンタローだった。


 鈍色に輝く白銀の鎧は、シンタローの頭部以外を覆い、その継ぎ目からアイスブルーの炎を噴き出している。シンタローの髪色は普段の黒から炎と同じアイスブルーへと変化し、両手には大型のランスが一本ずつ握られていた。


 その姿はまるで、マロリーを鎧として纏っているかのようだった。


「なんじゃ、あの魔法は……?」


 ウィニーが呟く。


「――いくぞ」


 シンタローは決然と告げ、マロリーと一体化した鎧を輝かせた。アイスブルーの炎が燃え上がり、その光が周囲を青白く照らす。


 瞬間、シンタローはグリニリスへと突進した。両手のランスが氷の刃のように輝き、一直線にグリニリスを目指す。しかし、グリニリスはその一撃を軽々と躱す。


「遅い!」


 グリニリスは咆哮し、シンタローに猛攻を仕掛けた。鋭い爪が白銀の鎧に当たって火花が散る。しかし、シンタローはその場に踏みとどまり、氷炎を纏ったランスを力強く突き出す。その一撃はグリニリスのガードを弾き飛ばした。


「はっ!」


 シンタローの叫びと共に、反対の手で握られたもう一本のランス、その先端がグリニリスの胸を捉えた。どす黒い血が飛び散る。


 が、その一撃は致命傷とはならなかった。


 グリニリスは咄嗟にバックステップでシンタローから距離を取った。抉られ、血の滴る自身の胸元を見ると、牙を剥き出して笑みを浮かべた。


「グゥゥ、どうやら、本気を出す価値はあるようだな」


 グリニリスは呟く。次の瞬間、グリニリスの全身を覆っていた膨大な魔力がさらに膨れ上がり――。


「待ちなさい、グリニリス。『古の魔道具』の回収が優先よ」


 それを止めたのはエルネの言葉だった。膨れ上がっていたグリニリスの魔力は、その言葉を受けて縮小する。


「――チッ。わかってる」


 グリニリスは舌打ちをすると、溜めかけていた魔力を完全に解除した。同時に、黒い霧のようなものがグリニリスとエルネの周囲を漂い始める。


「待って! お姉様!」


 メルツが叫んだ。エルネは黒い霧の向こうに姿を消しながら、振り返って俺たちの方を見る。


「さようなら」


 同時に黒い霧は、二人を包み込んでその場から消した。残された俺たちは、二人の立っていた場所を呆然と眺めることしかできなかった。

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