ケーイチ vs カーディウス
二人の間で、刃が交叉した。
3本の剣が激しくぶつかり合い、火花が乱舞する中、ケーイチは全神経を集中させて攻撃の隙を見つけようとしていた。カーディウスの双剣はまるで生きているかのように動き、その一撃一撃が重く、速い。
「どうした! お前の力はこの程度か!」
カーディウスは嘲笑を浮かべながら言った。
「ハッ! まさか!」
ケーイチは気迫を込めて叫び返し、黒い大剣を振り下ろした。しかしカーディウスはその攻撃を難なく受け流し、反撃に転じる。双剣が風を切り、ケーイチの頬をかすめる。
カーディウスの自信は決して虚勢ではなかった。その動きは鋭く、正確で、まるで未来を予見しているかのように的確にケーイチの攻撃を躱し、反撃してくる。
鍔迫り合いの形のままケーイチとカーディウスは睨み合う。魔力を込められた剣同士がぶつかり合い、ばちばちと火花が散った。
瞬間、カーディウスの持つ双剣の刀身に、苦しむメルツとノクルの姿をケーイチは見た――ような気がした。
「――ッ!!」
ばきん、と金属音を散らし、離れる二つの影。ケーイチは手元の大剣へと話しかける。
「ウィニー、あの二人の呪いを解けるか?」
「一度武器の姿から戻さんと無理じゃ。カーディウスから引き剥がす必要があるのう」
ウィニーの言葉にケーイチは舌打ちをした。
「そりゃ、ちょっと厳しそうだぞ……」
カーディウスは階段上に立ったまま。ゆらりとケーイチを見下ろした。
「なんだ、その動きは? お前――」
そこで、カーディウスは何かに気が付いたように笑みを浮かべた。ケーイチに双剣を突きつける。
「――まさかお前、メルツとノクルを庇っているのか!? 馬鹿なやつだ! そんなことで俺に勝てるわけがないだろう!!」
カーディウスは双剣の一本――炎の如く赤い刀身を持つ剣を頭上へと掲げた。
赤い刀身が輝きを増し、周囲の空気が熱を帯びる。次の瞬間、剣から巨大な火柱が吹き上がった。
魔術だ。
「くっ!」
炎の渦がケーイチに襲いかかる。その圧倒的な火力と熱に圧倒されながらも、ケーイチは大剣を振りかざし、火柱を受け止めようとする。カーディウスが勝ち誇ったように笑った。
「無駄だ! 焼き尽くされ――なに?」
眼前の光景に、カーディウスは眉をひそめた。確かに直撃したと思われた火柱が、黒い炎に覆われ、溶けるように霧散したのだ。当然の如く、その下には無傷のケーイチが立っている。
「……なんだその剣は? 魔力を消し――いや、喰らったのか?」
ケーイチは再び大剣を顔の横に構え、呼吸を整える。必ず隙はあるはずだと、ケーイチは自分に言い聞かせた。
そんなケーイチを、カーディウスは無表情に見下ろしていた。
「確かに不気味な魔術だが――刀身で受けなければ意味はないようだな?」
カーディウスはニヤリと残虐な笑みを浮かべた。それからもう一本の剣――エメラルド色に輝く刀身を持つ剣を頭上へと掲げる。
次の瞬間、無数の風の刃が、ケーイチに襲いかかった。
「ぐっ!?」
眼前に迫り来る風の刃を、ケーイチはかろうじて大剣で弾き飛ばした。弾かれた風の刃は黒い炎に包まれ消滅する。
が、防げたのはその一撃のみだった。残りの刃がケーイチの体を切り刻み、血飛沫を巻き上げる。
「くそッ……!!」
ケーイチはその場から走り出した。そうしている間にも、風の刃は次々と生成され続けている。
ウィニーの持つ魔力、『暴食』はどんな魔術、呪いの類であろうとそれを喰らい尽くし消滅させる。絶対的な攻撃にも防御にも転ずる強力な力だ。しかし、発動のためには刃で対象の魔術に触れる必要がある。ゆえに波状攻撃に弱い。ケーイチが自身の身体能力で捌くことができる攻撃の数は限られているからだ。
ケーイチは逃げることしかできない。階段を横切って、フロアの端へと駆ける。
そんなケーイチの動きを先回りするかのように、カーディウスが走り寄る。
「死ねぇ!!」
直後、突き出された一対の刃が、まるで巨大なハサミのようにケーイチの体を貫いた。
「がッ……!!」
ごぽり、とケーイチの口から溢れた血液が双剣に流れ落ちる。そんなケーイチの様子をカーディウスは満足げに見つめた。
「ハハ……! 終わりだ……!!」
勝利を確信したカーディウスの口元に笑みが浮かぶ。
そう、このときカーディウスは自分の勝ちを疑っていなかった。
それゆえに、見逃したのだ。冷静であれば気付けたであろう些細な違い、違和感。
――ケーイチの手から、大剣が消えていたという違和感を。
「……頼んだ、ウィニー」
少年は呟く。同時に、人間状態へと変化したウィニーの小さな手が、背後からカーディウスの服を掴んだ。
「――うりゃあああああああああああああ!!!」
咆哮。同時にウィニーの全パワーをもって投げ飛ばされるカーディウス。
カーディウスはまるでかまいたちに巻き上げられる木の葉のように旋回しながら宙を飛び、そのままダンジョンの壁面に勢いよく叩きつけられた。
「がはッ!?」
びしり、と壁に亀裂が走る。肺の中の空気を全て吐き出し、カーディウスは白目を剥いた。
そのままカーディウスはフラフラと2、3歩、訳のわからない方向へ進んだ後、仰向けに倒れて意識を失ったのだった。