表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/38

確かに人間とは言ってない

 俺たちがこの世界に来てから数ヶ月が過ぎた。俺たちは召喚された城で共同生活を送りながら、この世界について学び、戦闘の訓練を行っていた。


 俺もエルネが変身した剣を使って訓練に勤しんだが、ここで一つ問題が発生した。


「くそ……なんで力を引き出せないんだ……?」


 それは、俺がエルネ剣(ダサいけどこう呼ぶことにした)をまったく使いこなせなかったということだ。


 他の男子生徒たちは、多少力の差はあれ、それなりに武器へと変化した女子たちを使いこなしていた。最低でも一振りで訓練用ダミー人形を破壊している。元の世界で付き合っていたカップルなんかは、なんか必殺技みたいな強力な一撃を放ったりしていた。愛情の力って凄い。


「ケーイチ様、もう一度やってみましょう」


「ああ」


 握りしめたエルネ剣に促され、俺は訓練用ダミー人形目掛けて勢いよくエルネ剣を振り下ろした。


 が、結果は同じだった。まるで刃が錆びついているかのように、斬り込まれた剣は途中で止まり、ダミー人形を両断することすら叶わない。


「ちくしょう、なんでだ……?」


「ケーイチ様、今日はもう休みましょう。日を変えれば改善するかもしれません」


 とぼとぼ訓練場を引き上げる俺の背中に、クラスメイトからの嘲笑と侮蔑の視線が突き刺さった。「やっぱりアイツは使えない奴だったな」という心の声が聞こえてきそうだ。


 それでもこの城の住人に、俺を追放しようという動きはなかった。それだけは運に恵まれたと思う。


 さて、そんな日々が続いていたある夜のこと、俺は突然エルネに呼び出された。


 なんでも武器の使いこなしについて話したいことがあるらしい。先導するエルネの後をついていくと、そこは城から離れた森の中で、切り立った崖の縁だった。なんでわざわざこんな場所で? 城の中じゃダメだったのか?


「エルネ? こんな場所で話ってなんだ?」


「ケーイチ様、あれが見えますか?」


 エルネはそう言って崖の縁に立つと、崖下を指差した。俺も同じく崖の縁に並んで崖下を覗き込む。が、下は闇が広がっているだけだ。


「? 特に変わったものは見えないけど――」


 ――ドスッ。


 鈍い音と共に、脇腹がかあっと熱くなった。


「……は?」


 見ると、自分の腹から鋭利な刃が突き出していた。振り返ると、エルネがナイフを握りしめ、それを背後から俺の腹に深々と突き立てていた。


「エ……ルネ……? なにを……」


 ごぽっと口から血が溢れ、その場に膝をつく。エルネは俺の脇腹からナイフを引き抜くと、それをクルクルと指で弄んだ。


「ごめんなさいね。本当残念だわ」


 エルネはくすくすと笑いながらそう言った。俺を見下ろすその目は冷酷な色を帯びている。口調も変わり、普段のエルネとはまるで別人のようだった。


「『契約』しちゃった以上、アンタに生きていられると面倒なのよ」


「……どういう意味だ……?」


 エルネは「これでわかる?」と告げる。次の瞬間、エルネの体が変化し始めた。人間の耳が溶けるように消え、代わりに頭部に犬のような耳が生える。腰の辺りからはふさふさとした尾が生え、手の爪は鋭利に尖る。そう、その姿はまるで……。


「……魔族?」


 呆然と呟くと、エルネは口元に笑みを浮かべた。


「正解。私は人間じゃなくて魔族――魔王様の忠実な(しもべ)よ」


 エルネの正体が魔族? 魔王の僕? 混乱する頭を必死で回転させるが、腹部の激痛が思考を阻害する。そんな俺の様子をエルネはニヤニヤと笑みを浮かべて眺めていた。


「まぁ、簡単に言えばスパイってこと。異界人がどの程度の脅威なのか探ってたってわけ」


「スパイ……だと……?」


「それと、アンタが私から力を引き出せなかったのは、私が最初から裏切るつもりだったからよ。最初から心を閉ざしていたんだもの。好意もクソもないってこと。それなのに必死で訓練するアンタの姿、ほんっとう笑いを堪えるのが大変だったわ!」


 エルネの高笑いを浴びながら、俺はどくどくと流れ出ていく自分の血をぼんやりと眺めた。


 やばい、これ、本当に死ぬぞ……。


「安心なさい。アンタの仲間たちもすぐにそっちに送ってあげるから」


「……なに……?」


 エルネは楽しそうに、歌うように告げる。


「今夜、私の部隊が城を襲撃する手筈なの。アンタの仲間たち、多少は成長してるみたいだけど、アレじゃまだまだ魔族の敵じゃないわね。全員死ぬわよ」


「なっ……!? よせ……!」


 友達、という関係ではなかったかもしれないが、共に学んできたクラスメイト達だ。情はある。


 俺は必死で立ち上がり、エルネへと詰め寄った。が、エルネは残酷な笑みを浮かべると、


「さようなら。短い間だったけれど、楽しかったわよ」


 そう言って、とん、と俺の体を後ろへと押した。


 俺はふらふらとよろめき、そのまま崖下へと落ちていくのだった。



 * * *



「……生きてる……」


 冷たい地面の上、仰向けに倒れたままそう呟いた。全身がズキズキと痛み、特に刺された脇腹からは吐き気を催す激痛がする。


 痛みに呻きながら、起き上がって頭上を見上げる。あれだけの高さから落下して無事だったのは、落ちてる最中に壁面から生えていた木に引っ掛かったからだろう。運が良かった。


 が、このままではどのみち長くはもたない。脇腹の傷口からは絶えず血が流れ出ている。失血死するのは時間の問題だ。


 俺は力を振り絞って、よろめきながら谷底を歩きはじめた。幸い今日は満月だ。月明かりが周囲を照らし、暗くてなにも見えない、ということはなかった。


「ちくしょう。エルネのやつ……」


 思わず呟いてしまう。自分を嘲笑うエルネの姿を思い出し、それを振り払って懸命に足を前へと運んだ。


 辺りには当然誰もおらず、上に登れるような箇所も見当たらない。俺はしばらく谷底をさまよい、30分ほど歩いたところで岩壁に寄りかかるようにして座り込んでしまった。


「ここまでか……」


 諦めの言葉が口から漏れた、そのときだった。


「――誰じゃ」


 がらがらにしわがれた声が、すぐ頭上から聞こえた。反射的に上を見た俺は、思わず叫び声をあげそうになった。頭上にあったのは、ゴツゴツした黒い鱗に覆われた巨大な竜の顔だったのだ。


「りゅ、竜……?」


 俺が呟くと、竜は鼻から熱い息を吐き出しながら答えた。


「いかにも。我が名は『暴食竜』ウィニフリード・デル・ラグナロク」


 そこで俺は、岩壁だと思って寄りかかっていたものが竜の体であることに気がついた。どうやら全長30メートル近くはありそうだ。


「ここに人間が来るのは随分と久しぶりじゃのう。しかも貴様、虫の息ではないか」


「……ちょっと事情があってな」


 俺の言葉に、竜はふんと鼻を鳴らした。


「惜しいのう。封印さえなければ今すぐに食い殺してやるところじゃ」


「封印?」俺が聞き返すと、竜は伏せるようにして頭を下げた。見ると、竜の頭部には深々と一本の剣が突き刺さっている。


「『封竜の剣』――こいつのせいで、ワシはもう何百年もここに囚われたままじゃ」


「……そんなチンケな剣一本のせいで動けないのか?」


 巨大な金色の瞳がギョロリと動いて俺を見た。


「ただの剣ではないぞ。魔法剣じゃ。貴様ら人間にしか抜くことはできん。まったく忌々しい」


「随分と人間を毛嫌いしてるんだな」


 竜は再び、ふんと鼻を鳴らした。


「当たり前じゃろう。ワシは自分から人間に危害を加えたことなど一度だってありはせんかった。それなのに人間は、ワシの持つ魔力を一方的に危険と見なしてワシを封印したのじゃ。恨むなという方が無理なものじゃろう」


「なるほど。それは酷い話だな」


「そうじゃろう――って貴様、何をしておるのじゃ?」


 俺は竜の話を聞きながら、その体をよじ登っていた。ロッククライミングをするように、竜の体表の尖った部分を掴み、ゆっくりと頭部へと向かって登ってゆく。


「――ふぅ」


 やがて俺は竜の頭上へと登頂した。すぐ目の前には月明かりを反射し銀色に輝く剣がある。


「なんのつもりか知らんが、あんまり動くとそれだけ早く死ぬことに――」


 ズポ。


「……は?」


「おお。思ったより簡単に抜けたな」


 竜が目を丸くした。俺の右手には、今しがた竜の頭部から引き抜いた剣が握られている。


「貴様……どういうつもりじゃ……? なぜワシの封印を解いた?」


 俺は剣を投げ捨て、そのまま竜の頭部に寝そべって空を見上げた。満月が綺麗だった。


「お前が人間に恨みを抱いているだのはどうでもいい。興味もないしな」


 俺は口から血を溢しながら告げる。


「ただ、死ぬ前に目の前の寂しそうなヤツを助けたかった。それだけだよ」


「――!!」


 本音を言えば、こんな寂しい場所でひとりぼっちだというこの竜の境遇が、自分と重なって見えたのだ。


「とにかく、これでお前は自由なんだろ? どこでも好きなところに行くといい」


「貴様……」


 俺はそう告げて、目を閉じた。何だか急に眠くなってきた。どうやら本当にここまでらしい。


 しばらくの間、無言の時間が流れた。やがて、沈黙を破ったのは竜だった。


「……契約じゃ」


「……ん?」


 竜の言葉に、俺は目を開く。


「ワシと契約するのじゃ」


「……なに? 『()()』?」


 次の瞬間だった。寝ていた地面――いや、竜の体が煌々と輝きを放った。


「な、なんだ――うおっ!?」


 光に包まれた竜の体は溶けるように消え、俺は地面へと落下した。かなり痛い。


 俺の目の前で、光の粒子となった竜の体はやがて収束し、一本の黒い大剣へと変化した。そしてそれは、同じく黒い鞘とともに俺の背中へと納まった。


「これは……」


「これからよろしく頼むぞ、旦那様っ♡」


 竜――もとい背中の剣が嬉々としてそう言った。俺はそこで、召喚士の言葉を思い出した。


(――この世界では、女性は武器へと変身することができるのです。そしてパートナーとなる男性と『契約』することで――)


「……確かに、()()()()()とは言ってなかったな……」


 思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「ていうかお前……雌だったのかよ……」


 そして次の瞬間、俺の意識はとうとう途絶えたのだった。




> ケーイチは『暴食竜剣・ウィニフリード』を手に入れた!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ