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ダンジョンへ

 ダンジョン内部は、その入口からは想像できないほど広大な空間が広がっていた。遺跡のような空間が何階層にも連なっており、壁には誰が置いたのか、火の灯った松明が掛けられていた。まるで冒険者をより深くへ誘おうとするかのようだ。


「シンタローはどうしてこのダンジョン探査に参加したんだ?」


 果てしなく続くような長い回廊を歩きながら、俺は隣を歩くシンタローに尋ねてみた。


「まぁ、小遣い稼ぎだよ。今俺は国軍の所属なんだが、連中は結構ケチでね」


 シンタローは苦笑しながら肩の腕章を指した。そこにはこの国の紋章が描かれている。


「おい、貴様ら」


 呼び止められ、俺とシンタローは同時に振り返る。そこには、先ほど演台に上がっていたカーディウスという男が側近と共に立っていた。


「貴様らの契約者、魔族だろう」


 カーディウスは口の端に笑みを浮かべて言った。


「魔族と契約するとは、なかなか見どころがある。こいつらは人間とは比べ物にならない力を持っているからな。だが、いささか(しつけ)がなっていないんじゃないか?」


 カーディウスは振り返り、背後の魔族の少女二人に「挨拶しろ」と告げた。赤髪と緑髪の少女は深々と頭を下げる。


「メルツ・ヘルゲイトと申します」


「ノクル・ヘルゲイトと申します」


 二人のあまりに丁寧な所作に、俺は思わず戸惑ってしまう。


 しかし改めて見ると、二人とも髪色以外は本当にそっくりな顔立ちだ。


「えっと、俺はケーイチ、こっちは契約者のウィニーとコユキ」


「シンタローだ。後ろの無口なのがマロリー」


 俺とシンタローが挨拶を返すと、カーディウスは得意げにふんと鼻を鳴らした。


「どうだ? この調教の成果は。貴様らの所有物ではこうはいくまい?」


「所有物、じゃと?」


 ウィニーが眉を顰める。するとカーディウスは、メルツと名乗った少女の髪を掴み、いきなりその頭を地面に叩きつけた。ぐしゃ、という嫌な音が回廊に響き渡る。


「な、何してんだ!?」


 俺が驚いて聞き返すと、カーディウスは口の端を釣り上げながら答えた。


「俺の調教の成果を見せてやってるんだ。見ろ、こんなことをしても文句ひとつ言わない」


 カーディウスはぐりぐりと地面にメルツの頭部を押し付ける。俺は見てられなくなり、カーディウスの腕を掴んだ。


「やめろ!」


 そのままカーディウスをメルツから引き剥がす。カーディウスは息を荒げたまま、卑屈な笑みを浮かべていた。ペッと唾をメルツの髪へと吐き捨てる。白い唾液が赤い髪に絡まる。


「やめろ? お前にそんなことを言う権利はないね。それよりもっと自分の所有物を調教したらどうだ?」


「ウィニーもコユキも、俺の所有物なんかじゃない!」


 カーディウスを睨んだまま、ギリギリと腕に力を込める。カーディウスの側近たちが無言で腰の剣を抜くのが見えた。


 俺とカーディウスはそのまま睨み合っていたが、やがてカーディウスが手を引いた。


「……まあいい。今回だけはその無礼を許してやろう。冒険者は一人でも多い方がいい。せいぜい役に立つんだな」


 カーディウスはそう言い残すと、さっさと歩いて行ってしまった。立ち上がったメルツは汚れた顔のまま、何事もなかったかのようにその後に続く。


「おい! アンタ!」


 俺は思わずメルツを呼び止めていた。赤髪の少女は足を止め、振り返る。


「なんでしょうか?」


「なんで抵抗しねーんだよ! 魔族なんだから、あんなヤツどうにでもできるだろ!」


 メルツは無表情のまま、顔の泥を軽く払って告げる。


「私たちはカーディウス様の所有物です。道具がご主人様にどう扱われようが、抵抗しますか?」


「なっ!?」


 思わず言葉に詰まる。そのまま何も言えずにいると、メルツは踵を返してカーディウスの後を追って行ってしまった。


「――くそッ! なんなんだよ!」


 俺は行き場のない胸糞悪さを残したまま、その背中を見送った。終始静観していたシンタローが口を開く。


「『女性が武器になって男性と契約し戦う世界』。この世界にはああいう考えのやつもいるのさ。女性はただの道具で所有物。それを扱う男の方が立場が上だってな」


「そんな……」


 俺は絶句していた。俺の常識では考えられない思想だと思った。


「旦那はん、大丈夫か?」


 コユキが心配そうに声をかけてくれた。俺はウィニーとコユキを横目に見る。


「……少なくとも俺は、二人のことを所有物だなんて思ってねぇよ」


 俺の言葉に、ウィニーとコユキは顔を見合わせ、それからふっと笑みを浮かべた。


「当然じゃ。ワシは自分の意思で旦那様に付き従っておるのじゃよ」


「もちろん、ウチもそうやで!」


 二人の言葉に、俺はしっかりと頷いた。胸中のモヤモヤは、二人の笑顔で少しだけ晴れたように感じた。


 と、そのときだった。


「おい、行き止まりだぞ!」


 前方からそんな声が聞こえてきた。小走りに向かってみると、そこは開けた広大な空間になっていた。何本もの巨大な柱が立ち並び、天井ははるかに高い。


「なんだ? ここは……?」


 と、誰かが呟いたそのとき、どすん、という鈍い音と共に、それまで進んできた道と広間を分断するように石壁が出現した。


「くそ! 罠か!」


 冒険者の一人が叫ぶ。ざわざわと波紋のように動揺が広がってゆく。


「壊せそうか? メルツ」


 石壁を叩きながらカーディウスが尋ねる。メルツはふるふると首を横に振った。


「チッ、使えないやつめ」


 カーディウスは舌打ちとともに吐き捨てる。それから天井を見上げて顔を顰めた。


「どうやら閉じ込められたようだな。と、なれば次は……」


 次の瞬間、黒い影が、壁を這うようにして天井から降りてくるのが見えた。


 それは人間の数倍はある巨躯の石像だった。魔力によって動いているのであろうその石像は、手にしていた巨大な石の剣を振り上げ襲いかかって来る。


「くそっ! こんなところで死んでたまるかよっ!」


 あっという間に広間はパニック状態となった。次々迫り来る石像との戦闘が始まる。


 そのうち一体の石像が、俺たちのほうへと迫ってきた。


「来い! ウィニー!」


「やるぞ、マロリー!」


 俺とシンタローは同時に叫んだ。ウィニーはいつも通り漆黒の大剣へと姿を変え、そしてマロリーは――。


「――騎槍(ランス)か」


 マロリーが姿を変えたのは、白銀に輝く大型のランスだった。穂先の部分と石突にアイスブルーの炎を纏っており、いかにも強力な魔力を秘めていそうな見た目だ。かなりの重量がありそうだが、シンタローはそれを軽々掴むと、石像へと一直線に駆けた。


「りゃああああ!」


 ランスの脇にある開口部からアイスブルーの炎が噴き出す。シンタローはジェット推進のように加速し、ランスの先端を石像の腹部へと突き刺した。


 がぎゅる、と言う鋭い音と共に、石像に綺麗な円状の穴が貫通した。石像はその場に崩れ落ち、動かなくなる。


「おお! すごいな!」


「旦那様、見惚れている場合じゃないぞ」


 俺がその華麗な動きに見惚れていると、手の中のウィニーがそう注意を促した。別の石像が一体、すぐ近くまで迫ってきていたのだ。そいつは手にしていた石の剣を振り上げ、今にも斬りかかろうとしている。


 俺は大剣を構え、地面を蹴った。ウィニーの魔力で強化された体は弾丸のように飛び、一歩で石像の背後まで移動する。そのまま振り向きに合わせて、真横に剣を振り抜いた。黒い閃光が空間を走り、一瞬の間の後、石像は真っ二つになった。


「! なんて威力だ……! あれが『暴食竜』の力……!」


 シンタローが驚いたように俺を見ていた。いや、お前も十分すごいと思うけどな。


「どうやら、問題なさそうだな。さっさと全部片付けてここから出ようぜ!」


 俺が次の石像に向かおうとしたそのとき、眩い閃光が広間を包んだ。


 次の瞬間、突然広間の床が消えた。ぽっかりと空いた奈落へと、冒険者たちは落ちてゆく。


「うおおお!?」


 かくいう俺も落下していた。コユキも、シンタローも落ちていくのが見える。


 そのとき、剣の姿から人へと戻ったウィニーが翼を広げて飛び上がった。


「旦那様!」


 ウィニーが手を伸ばす。が、俺の手はウィニーの手を掴み損ねた。


 まるで引っ張られるようにして、俺は奈落の底へと吸い込まれてゆくのだった。

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