魔族と契約した者たち
3日後の朝。俺とウィニーとコユキは、サージアからわずかに南下した先にあるダンジョンの入口へと向かった。森の中、木々を切り拓いて作られた空間には、すでに多くの冒険者が集まっている。全部で100人くらいはいるだろうか。サージアのギルドで見た顔も何人かいた。
「これだけの人数が一度に入れるのか?」
俺は言いながら、地面にぽっかりと開いた口のようなダンジョンの入り口へと目を向けた。それは、人一人がやっと通れそうな大きさだ。
「心配無用やで、旦那はん。ダンジョンっちゅうのは旦那はんの想像よりはるかに大きいもんや。これでも人手が足りんくらいちゃうかな」
コユキが辺りを見回しながら言う。ふーん、そういうものなのか。
ふと、そのときだった。
「ケーイチ? お前、ケーイチか?」
背後からそんな声が聞こえて、俺は振り返った。そこに立っていたのは、一人の少年だった。180を超える長身に、短く切り揃えられた黒髪。その顔はイケメンながら、どこか野生的な雰囲気が漂っている。
俺は、その少年のことをよく知っていた。
「シンタロー!? 生きてたのか!」
少年の名前は飛馬慎太郎。あの日、俺と共にこの世界へと転移したクラスメイトの一人だった。城がエルネたちに襲撃されたとき、てっきり殺されてしまったのかと思っていたが……。
俺の疑問を見通したのか、シンタローは笑って自分の胸をどんと叩いた。
「城が襲撃されたとき、俺も致命傷を受けて意識を失った。ただ、幸い傷が心臓まで達してなかったんだ。その後は治癒魔術を受けてどうにか生還したってわけよ」
「もしかして、他にも生き残りが……!」
俺が声を弾ませると、シンタローは暗い顔で首を横に振った。
「いや、俺と露木以外は全滅だ。城の人間が確認したから間違いない」
「そうか……」
あっさりと希望を打ち砕かれ、俺は思わず目を伏せる。そんな俺の肩に、シンタローが優しく手を置いた。
「でもな、俺は諦めてないぜ。魔王を倒すことができれば、全員が復活して元の世界に戻ることができるんだからな。召喚士のヤツが言ってたことだ。間違いない」
「! やっぱりそうなのか……!」
魔王を倒すという目的を遂げれば、クラスメイト全員が生き返り、元の世界に戻れるはず、という俺とウィニーの予想は当たっていたようだ。俺は心の中でガッツポーズをした。
「ところでケーイチ、お前こそ何してたんだ? 国の連中はお前のことを危険人物に指定しようとしてるぞ。凶暴な竜の封印を解いて使役してるとかなんとか……」
シンタローの言葉に、背後のウィニーがフン、と鼻を鳴らした。
「凶暴な竜、で悪かったの。今も昔も、ワシは身勝手に暴れたことなんてないのじゃがな」
ウィニーに気がついたシンタローは驚いたように目を見開いた。
「まさか、そのちびっ子が例の竜なのか……?」
「ああ。俺の契約者のウィニー。それとこっちは化け狐の魔族、コユキだ」
シンタローは腕組みをすると、うーんと低く唸った。それから、
「驚いたぜ。まさか、お前も魔族と契約してるなんて」
「……え? 今、お前も、って言った?」
俺が驚いて聞き返すと、シンタローの背後から一人の少女が前に進み出てきた。どこに隠れていたのか、全く気が付かなかった。
線の細い少女だった。黒いローブにすっぽりと身を包み、その目元はアイスブルーの頭髪に隠れてよく見えないが、鼻と口の形状から察するになかなかの美少女のようだった。
「……マロリー・クローカー」
影のような少女は呟くような声でそれだけを告げた。多分、名前だろう。
「マロリーはデュラハンの魔族なんだ。で、俺の契約者」
シンタローはマロリーの肩を軽く叩いてそう言った。
驚いた。俺以外に魔族と契約している人間と会うのは初めてだ。
「どういう経緯で契約することになったんだ?」
「それは……ちょっと話すと長くなるな……」
シンタローが答えあぐねていると、突然、マロリーが俺を指差して言った。
「……あなたは、帰ったほうがいい。ダンジョンは危険」
「え?」
俺がぽかんとしていると、ウィニーが俺の腕にギュッと抱きついてきた。
「ほう、言うてくれるのう。そっちこそ尻尾巻いて帰ったほうが良いのではないか?」
マロリーの表情にむっとした色が浮かんだ。そのままウィニーと同じように、シンタローの腕に抱きつく。
「……シンタローは強いから、大丈夫」
睨み合うウィニーとマロリー。二人の間に見えない火花がバチバチと散る。
シンタローはやれやれとため息をついた。
「おい、マロリー。喧嘩するなよ」
「……ごめんなさい。シンタロー」
マロリーは上目遣いにシンタローを見ながらそう言った。アイスブルーの頭髪の下に、澄んだブラウンの瞳が一瞬見えた。それから彼女は再びシンタローの背後に隠れてしまった。
……なんというか、魔族と契約してるやつはみんな大変そうだな。
そんなことを考えた矢先だった。
「全員! 整列せよ! カーディウス様がいらしたぞ!」
そんな大声が響き渡り、集まった冒険者たちの間を割るようにして馬車が入ってきた。
馬車から降りてきたのは、立派な衣服を身に纏った、金の髪に赤い瞳を持つなかなかイケメンな青年だった。
「カーディウス・ルクソード。このダンジョン調査の依頼を出した張本人だ。俺たちのボスってわけさ」
シンタローがヒソヒソ声でそう言った。なるほど、あれが。確かに金持ちといった風貌の青年だ。
カーディウスの後に続いて、二人の少女が馬車から降りてきた。
多分、少女たちは双子だ。なぜかといえば、顔がほとんど同じと言っていいほどそっくりだったからだ。まだ幼さが残る顔立ちだが、美人ではある。一人は燃え盛る炎のような赤い髪、もう一人は若葉のような新緑の髪をしているので、見間違うことはなさそうだ。二人とも高価そうな衣服に身を包んでおり、そしてその頭部には狼のような耳が生えていた。
「ま、魔族……!?」
「カーディウス様が魔族と契約しているという噂は本当だったのか……!」
すぐ近くに立っていた冒険者たちはこそこそとそんな会話を交わしていた。俺はウィニーに耳打ちする。
「やっぱり、魔族と契約してるってのは珍しいんだな」
「そりゃそうじゃろう。人語が通じる程度には知能が高い上、魔王の配下でもない、そんな魔族を見つけること自体がそもそも難しいじゃろうしな。見つけたとしても、わざわざ自分たちより弱い種族である人間と契約したがるヤツはそうそうおらんじゃろうし」
なるほど、納得だ。しかし、ならなぜあの双子らしき魔族の少女は人間であるカーディウスと契約しているのだろう?
答えが見つからないまま、やがて木組された簡易的な演台の上にカーディウスが立った。カーディウスはぐるりと演台上から冒険者たちを見渡すと、
「――質が低い」
唸るようにそう言った。冒険者たちの間にざわりと動揺が走る。
「どこを見ても腑抜けばかりだ。せいぜい役に立ってから死ね」
さらにカーディウスは言葉を続けた。が、その言葉が聞き捨てならなかったのか、声を上げた者たちがいた。
「なんじゃと貴様! ケーイチが腑抜けじゃと!」
「……シンタローは、腑抜けじゃない……!」
ウィニーとマロリーがほとんど同時に抗議の声を上げていた。俺とシンタローは同時に頭を抱える。
案の定、カーディウスはぎろりとこちらを睨みつけてきた。が、それからゆるりと笑みを浮かべた。
「ほう、魔族と契約してるやつも混じっているようだ。少しは期待できるか」
そう言い残して、カーディウスはさっさと演台から降りていった。代わりにカーディウスの側近と思わしき男が叫ぶように告げる。
「では、これよりダンジョンの調査を開始する! 順番に並び、ダンジョンへと入るのだ!」