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黒髪の告白

作者: おいらもぐ


私は彼のことが好きだった。


春の終わりが近づくある日、彼を映画に誘った。いつものように図書室で本を読んでいた私の横を、彼が通り過ぎようとした時だった。その日は桜の花びらが風に舞い、図書室の窓から差し込む陽光が、彼の優しげな横顔を照らしていた。


「よかったら、映画を観に行かない?」


心臓が飛び出しそうなほど緊張しながら、やっと口に出した言葉。彼は少し驚いたような、でも嬉しそうな表情を見せてくれた。私の心は、その表情だけで羽が生えたように軽くなった。


映画は、あえてラブストーリーは避けた。恋する気持ちを必死に隠すように、少し難しいJFKという映画を選んだ。それは確かに自然な選択のように見えたけれど、本当は違う。スクリーンの暗がりの中で、もしかしたら、偶然に腕が触れ合うかもしれない。そんなドキドキを期待していた自分がいた。


私には、以前付き合っていた人がいた。その時の私は、正直に告げた。「あなたのことを好きにならないかもしれないけど、それでも良いですか?」と。結局その予感は当たって、私は彼のことを好きになれなかった。だから今度は違う。今度は、確かな気持ちを持ってから、その気持ちを伝えたいと思った。


映画の間中、私は彼の存在を強く感じていた。肩が触れそうで触れない距離。ポップコーンの甘い香りに混ざる、彼の柔らかな息遣い。スクリーンの光が彼の横顔を照らすたび、こっそり盗み見た。アニメや漫画の話をする時の彼の目の輝きや、人を思いやる優しい心遣い。知れば知るほど、好きになっていく自分がいた。


映画の後、思い切って家に誘った。本棚には、彼と好みが似ていることを少しアピールするように、好きな漫画やアニメのポスターを飾っておいた。床に座って話した会話は、まるで永遠に続いて欲しいと願うようだった。


そして、私は話してしまった。前の彼氏の話を。その時、彼の表情が微かに曇るのを見逃さなかった。もしかしたら、私の正直すぎる性格が、また誰かを遠ざけてしまうのかもしれない。そう思うと、急に怖くなった。


夏休み前、友達から聞いた。彼が他の女の子と花火大会に行くという話を。


「純、大丈夫?」


親友は心配そうに私の顔を覗き込んだ。私は平気な顔をして答えた。「別に。私たち付き合ってるわけじゃないもの」


でも本当は、胸が締め付けられるように痛かった。その夜、鏡の前で長い髪を見つめながら、ハサミを手に取った。バツッ、バツッという音とともに、黒髪が床に落ちていく。まるで、叶わなかった想いを断ち切るように。


夏休みが終わって、彼と廊下で出会った時。彼は私の髪を見て驚いた顔をした。


「短い髪も似合ってるよ。とてもいい感じだね」


その言葉は優しすぎた。だから余計に切なかった。


「もう!...ありがとう」


精一杯の笑顔で返事をした。でも一瞬、涙が零れそうになって俯いてしまった。


髪を切ったのは、新しい自分になりたかったから。彼への想いを断ち切りたかったから。でも実際は、その髪と一緒に何かが消えていくような寂しさだけが残った。


親友は彼を睨みつけていた。私の気持ちを知っている親友は、きっと彼の鈍感さに腹を立てていたのだと思う。でも、それは彼のせいじゃない。言葉にできなかった私のせい。


「じゃあ、またね」


そう言って去っていく彼の背中を見送りながら、私は思った。言葉にしなかった想いは、きっといつか消えていく。でも、この気持ちは本物だった。


今でも春が来ると、あの日のことを思い出す。図書室に差し込む陽光。映画館の暗がりでの密やかな期待。床に散らばった黒髪。そして、伝えられなかった「好き」という言葉。


大人になった今なら、もっと素直に言えたかもしれない。


「私、あなたのことが好きでした」


この言葉は、もう届かない。でも、あの時感じた切ない気持ちは、30年経った今も、私の心の中で静かに息づいている。


そして時々考える。あの時、もし私が髪を切る代わりに、想いを伝えていたら——。

でも、それもまた、青春の日々があったからこその物思いなのかもしれない。

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