騒動のあと
「王太子殿下が『お姫様だっこ』で会場から連れ出してくれたそうよ」
翌日の朝。
気を失った私が目を覚ますと、公爵夫人がそんなことを(なぜか嬉しそうに)教えてくださった。ちなみに『お姫様だっこ』とは最近流行している小説の中で登場し、演劇でも再現されているらしい。
というか、カイン殿下にお姫様だっこって……。きっと今頃は社交界の話題を独占しているだろうし、個人的には四歳くらい年下の男子からお姫様だっこされたというのは精神的ダメージが大きかったりする。ぐぬぅ、なんと情けない……。
「……そこで『まさか殿下にお姫様だっこしていただけるなんて!(ドキドキ)』っていう反応ができないからダメなのよ?」
なぜか公爵夫人からダメ出しされてしまう私だった。
「と、本題はそれじゃなくてね」
「はぁ」
「リリーナちゃん、国王陛下から呼び出しを受けているのよ。もちろんリリーナちゃんの体調が万全に回復してからだけど」
「呼び出し、ですか?」
「えぇ。聖剣アズベインとうたかたの恋について」
「…………」
まぁアズは堂々と名乗り上げていたし、元々は王家の所有物なんだから呼び出しを受けるのは分かるけど……フレイルも? フレイルは見た目ただのブレスレットなのだからバレることは無いと思うのだけど。
「あのおバカ――じゃなくて、ケイタス卿の右腕を元に戻すために他の方々から魔力を譲ってもらったり、殿下たちに状況を説明したりしたときにね。どうにも誤魔化しきれなくて話しちゃったのよ。ミアが」
「ミアが? でもミアはお留守番をしていたのでは?」
告別式に招待されていたのはアイルセル公爵夫婦だけだったはずだ。
「リリーナちゃんと殿下が出かけたあと、見張りをしなければと騒いでね。まぁ一人くらい増えても平気でしょうと連れて行ったのよ」
「そうなんですか……」
なんで五歳も年下の少女から過保護な扱いを受けているのかしらね、私?
ま、それはとにかくとして。
バレてしまったら仕方ないし、こういう説明は早い方がいいということで、さっそく王城に向かうことにした。魔力自体は一晩眠ったおかげでだいぶ回復していたし。
◇
通されたのは謁見の間ではなく、もっと狭い部屋だった。
部屋の中心にあるのは円卓。それも、五人くらいしか座れなさそうな小さな円卓だ。
そんな円卓に陛下とカイン殿下が座り、私と公爵夫人に着座を促してくる。
円卓の椅子に腰を下ろすと、まずは陛下が切り出した。
「リリーナ嬢。このたびは、夫の告別式で大変な目に遭ったそうだな。同情しよう」
「……ありがとうございます」
そういえば父様に花の一つもあげられなかったなと。いやすでに父様の遺体は墓所に安置されているはずで、あそこにあったのは肖像画だけだから花をあげようがあげまいがどっちでもいいんだけど。
「ケイタス卿については処分保留。というよりもあの騒ぎによってうやむやになってしまった」
そりゃあずっと行方不明だった聖剣アズベインが現れたのだものね。正直言ってケイタスのやらかし程度ではインパクトが弱い。
「だが、告別式での扱いによってリーンベルク侯の派閥は完全に敵に回ったし、アイル伯とベラス伯それぞれの派閥も敵対するだろう。さらにはあのような痴態を参列した貴族たちに晒したのだから……ケイタスが次の公爵に選ばれる可能性はほぼなくなったと言える」
「あらまぁ」
ここまで断言するのだから、諸侯会議では陛下も反対するのでしょうね。
お父様が守ってきたギュラフ公爵家がなくなるかもしれないというのに、私には悲しさとか寂しさなど湧き上がってこなかった。でも、これは仕方がない。能力のない人間に、ギュラフ公爵家を回していくことなどできないのだから。
ギュラフ公爵家は建国以来の名門。
『――だからこそ、能力のない人間が継ぐくらいなら滅びた方がいいのだ』
お父様の言葉が蘇る。つまりこれもまたお父様の狙い通りなのだろうか?
「……故ギュラフ公はずいぶんとリリーナ嬢を褒めていた。特に領地経営の腕前を……。この四年で、余が知っているよりさらに成長したらしいな?」
陛下が取りだしたのはお父様から陛下に向けた手紙。そんな、私を売り込むようなことまで書いてあるのか。内容が気になるけど、さすがに個人宛の手紙を見せてくれとは口にできないわね。
「今後の混乱を治めるといった意味でも、余としては故ギュラフ公が認めていたリリーナ公爵夫人に公爵領の経営を任せたいと考えている」
「…………」
陛下からすればそれほどおかしくはない願いだ。公爵家が潰れれば既存権益をめぐって分家同士が争うことになるだろうし、隣接した貴族家も動くかもしれない。そうなるくらいなら私を『公爵代理』にして、私の結婚相手を正式な公爵にしてしまえばいい。
なにより、公爵領の経営について、私よりも知識と経験がある人間はいないのだし。
理解はできる。
でも、それは無理なお話だ。
「前領主の後妻。ただそれだけでしかない私に、どうして公爵領を治める大義名分がありましょうか」
「……前公爵の正妻で、今まで実質的に領地経営をしてきた女傑。ケイタス卿が失脚する今となってはこれ以上ない適任だ。不安ならば余が後見人となってもいいのだぞ?」
「なりません。大義名分とは上から押しつけるものではなく、当事者が納得できるものであるべきなのですから」
「……リリーナ嬢であれば皆も納得すると思うが? 公爵領の経営を一人でやっていたのだろう?」
「一人でやっていようが、いまいが、公爵家の縁戚で私を支持する人は一人もいない――いえ、リチャード伯しかいないでしょう。そういうものなのです」
「……よいのか?」
「この一年は夫の喪に服すべき時期。権力闘争などしている暇はありません」
「……リリーナ嬢の想いはよく分かった。こちらとしても婚約を押しつけようとしたばかりだからな。これ以上無理強いをするのは止めておこう」
「お心遣い、感謝いたします」
「うむ。――さて、本題なのだが」
「聖剣アズベインとうたかたの恋ですね?」
「すでにミア嬢から話は聞いているが、リリーナ嬢の口からも教えて欲しい」
つまりミアとの証言に矛盾がないか確かめたいのでしょう。いやこの部屋には記録を残すべき文官もいないし、本当に形式的な取り調べなのだろうけど。
なるべく詳細にアズとフレイルとの出会いから契約に至るまでの経緯を説明すると、陛下は疲れたように頭を抱えてしまった。
「考えるべきことは山積みだが、ここで重要なのはリリーナ嬢の取り扱いか。……聖剣アズベインとうたかたの恋がマスターとして認めたのは確かなのだな?」
≪――かつての勇者の血を引く王よ。それで間違いない≫
アズが指輪から人の姿へと変化した。ただし、いつものメイド服ではなく、神官が身に纏うような古来ゆかしい白い服を身に纏っていたけれど。
それにしても尊大な口調だ。陛下に対するものとはとても信じられない。……聖剣である彼女からすれば、頻繁に代替わりする国王など大した存在ではないのかもしれないけれど。
室内に突然人が現れたというのに、陛下は僅かに目を見開いただけだ。
「ほぉ、では其方――いや、貴殿が聖剣アズベインの人格であると?」
≪まだ疑うのなら聖剣の姿になってやってもいいが?≫
アズが聖剣に変身したので、慌てて支える。改めて見ても綺麗な刀身だし、細やかな装飾を施されている。聖剣という前情報がなくてもきっと評価される剣だろう。
「おぉ、王室に残された姿絵と瓜二つ……。そして何よりもこの神々しさ。まず間違いなく聖剣アズベインであろう」
神々しさは、あるのかな? 確かに綺麗な剣ではあるけれど。
「では、聖剣アズベインよ。改めて問いかけよう。貴殿がリリーナ嬢をマスターと認めたこと。そして、うたかたの恋もまたリリーナ嬢をマスターに選んだというのは確かなことなのか?」
≪確かである≫
「うぅむ……」
アズの答えを受けて陛下が困ったように自らの顎髭を撫でた。
「聖剣アズベインとなれば困ったことになった。マスターとして認めたのならばリリーナ嬢から取り上げて国庫に納めるわけにも行かぬし……かといって見て見ぬふりをするには、告別式で多くの貴族の目に触れすぎた」
「陛下。勇者に任命する、というのはダメですよ?」
と、要求してきたのは今まで黙っていた公爵夫人。聖剣アズベインとうたかたの恋は元々勇者様の装備だものね。勇者装備のうち二つからマスターとして認められたのだから、なるほど確かに『勇者』として任命されてもおかしくはない。
公爵夫人に釘を刺され、陛下は鷹揚に頷いてみせた。
「うむ。もはや魔王もいないこの時代、勇者に任命したところでリリーナ嬢にとって邪魔な肩書きにしかならないだろうからな」
おぉ、今までのお詫びとしてカイン殿下と婚約を結ばせようとした御方とは思えぬ思考。人も変われば変わるものなのね。
……これで公爵夫人の方をチラチラ見て「こんな感じでどうっすかね?」みたいな顔をしていなければ完璧だったんだけどね。まぁ私にとって都合のいい話になりそうだから沈黙は金。
「リリーナ嬢。王太子や宰相らと急ぎ相談したのだが……リリーナ嬢には王家の管財人を引き受けて欲しい」
「王家の、管財人ですか?」
「うむ。王家直属の管財人として、聖剣アズベインやうたかたの恋の管理を任せた、という形を取りたいのだ」
「管財人ですか……」
管財人ともなればおそらく王城に勤務することになるし、王都を離れて自由気ままなスローライフを送ることもできなくなるはずだ。
しかし、王家としての落としどころがこれくらいしかないというのも理解できるし、話がややこしくなる前に受けてしまった方がいいというのも分かる。
それに、ミアのデビュタントも終了したので、急いでやるべきこともないし。
公爵夫人が「どうする? 嫌ならわたくしから断りましょうか?」という目を向けてきたので、微笑みながら首を横に振る。
「承知いたしました。――王家の管財人の任。謹んで拝領いたします」
こうして。
私は『正統王家の管財人』となったのだった。




