告別式の予定
一年の猶予をもらって肩の荷が下りたのか、カイン殿下は自然な流れで私の対面に腰を下ろした。
まぁ、約束したばかりなのだから求婚してくることもないでしょうし、雑談くらいいいでしょう。私も四年の間どんなことがあったのか気になるし。
カイン殿下は色々な話をしてくれた。初めて私と出会った日のことや、その日以来私の姿を目で追うようになったこと。諫言してくる側近候補を何とか宥めて私とお話ししようとしたことなど。
いや私の話題が多いな? というか全部私だな? そして意外と早い段階から狙われていたんだな私? まったく、微塵も、これっぽっちも気づかなかったけど。
≪ちょっとこの少年に同情したくなってきました……≫
≪この子もまた、マスターの犠牲者だったのですね……≫
犠牲者ってあんた。
いやぁ、でも、幼い少年の恋心を無下にし続けてきたと知ると罪悪感があるというか申し訳なさが湧いてくるというか。……これからはもうちょっと優しくしてあげようと決意する私であった。
いや、我ながら、王太子殿下に対して偉そうだなと思わなくもないけれど。
◇
その後もたっぷりと私への惚気話(?)を聞かされたあと。
「そういえば、リリーナ嬢は公爵家を追放されたのでしたよね?」
「えぇ。葬儀の場で」
「葬儀の場で……。私でもそれはないと理解できますね」
「理解してくださり安心しましたわ」
実際、あのバカ義息に比べればカイン殿下はちゃんと人間の範疇にいるし。知的生命体として意思疎通ができるという意味で。
「リリーナ嬢への非道に対する報いは後々受けさせるとしまして……。故ギュラフ公の告別式について、何か聞いているでしょうか?」
「いいえ、なにも」
お父様の葬儀は近親者のみで執り行ったので、告別式は国中の貴族を招待して盛大に実施されるはずだ。……私はもう蚊帳の外だし、お父様への別れは個人的に済ませてあるから特に気にもならないけれど。
そう説明すると、カイン殿下は安心したような、でも少し悲しそうな顔をした。
「故ギュラフ公とは確かな絆を築いていたのですね……。気にしないというのなら安心しましたが、それでも一応お伝えしておきましょう。新たなる公爵予定者はこの迎賓館を貸し切って告別式を執り行うつもりです」
「はぁ……? 迎賓館を……?」
なんでわざわざ迎賓館? 告別式をやるなら教会の大聖堂とか、ギュラフ家の王都別邸を使うとかあるでしょうに。ちなみに一般的な流れとしては大聖堂で死者の魂を弔ったあと、屋敷で夜会を開き故人を偲ぶというのが一般的だ。
いや長年宰相として活躍したお父様だから、弔問に訪れる貴族も多くなるでしょうし王都別邸では手狭になるかもしれないけど……それにしたって迎賓館はないでしょう迎賓館は。この建物はデビュタントとか、国賓を招くとか、そういう『お祝い』の場なのだから。
「リリーナ嬢もご理解いただけたように、迎賓館で告別式を執り行うなど前代未聞です。しかし、故ギュラフ公の国家への貢献を加味し、開催を許可しました」
「はぁ、デビュタントをしたばかりで内装の取り替えが大変そうですね……」
「えぇ。しかも開催はもう二週間後に迫っていますから」
「……何をやっているのか、あのバカは……」
二週間も期間があれば会場の準備はできるだろうと考えるかもしれない。しかし、迎賓館の内装を変えるのは王城の人間。みんなそれぞれ普段の仕事があるのだし、降って湧いた別の仕事をこなす余裕なんてない。
しかも、本来の迎賓館として使うなら内装もそこまで変えなくてもいいけれど、告別式をやるなら大きく動かさなきゃいけない。なにせ今の迎賓館の内装は華美すぎて『故人との別れの場』としては相応しくないからだ。前世日本で言うと、夏祭り会場でお通夜をさせる感じ?
さらに言えば、あと二週間って、招かれる側の都合を考えていなさすぎだ。今から二週間ということは、お父様の死から一ヶ月後。もしもお父様の死の直後に告別式の案内を出したとしても、領地から王都への移動が間に合わない貴族が続出だろう。子供がデビュタントを迎えたので王都に滞在していた貴族や、政府の仕事をするために王都に住んでいる上位貴族なら大丈夫だろうけど。
そもそも貴族ってそこまで暇でもないし。急に『王都への往復の日数を開けてください』と言われても無理に決まっている。
何を考えているのやら。
ひどい頭痛がして頭を抱えてしまう私だった。お父様は「公爵家も次の代で終わりか」と嘆いていたけれど、冗談じゃなくなってきたわね……。
「リリーナ嬢は興味がないとおっしゃっていましたが」
少し言い出しにくそうにカイン殿下が口を開く。
「リリーナ嬢がよろしければ、告別式に参加することも可能ですが」
「え? でも、私は招待されないと思いますが……」
「私のパートナーとしての参加なら、何の問題もないかと」
「…………」
じっとー、っと。一年待つんじゃなかったんかいという目でカイン殿下を見つめてしまう私だった。
「し、下心はありません。神に誓ってもいい。……いえ、当初の予定ではデビュタントの場でエスコートをさせてもらおうと考えていたので、その代わりにという思いもあるにはあるのですが」
なんかメッチャ早口でまくし立てるカイン殿下だった。あなたもうちょっと腹黒キャラじゃなかったでしたっけ?
あと、デビュタントでエスコートってどういうこと? 私はもう五年も前にデビュタントが終わっていますよ? ……あぁ、公式の場で王太子殿下にエスコートされることによって、王家との和解をアピールしようと? で、直近の公式イベントはデビュタントだけであったと。
そんな予定を自白したカイン殿下は、困ったように眉尻を下げた。
「……実を言いますと、父上――陛下が強く望んでおりまして」
「陛下が?」
「はい。故ギュラフ公の告別式に、正妻であるリリーナ嬢が出席しないのは故人が寂しがるだろうと。父は最近何度も故ギュラフ公からの手紙を読み返しているようで……」
「…………」
お父様との別れは個人的に済ませてあるし、他の人に心配されることではない。
でも。よく考えてみれば、葬儀や告別式は故人のためだけに執り行われるものでもない。むしろ残された人たちが、心の整理をするための場となるという側面もあるのだ。
陛下の教育係はお父様であり、その後も宰相として長年支えてもらったのだという。
つまりは大恩人。陛下からすれば、正妻が王都にいるのに告別式に参加しないというのは故人に申し訳が立たないと思っているのだろう。
…………。
陛下には迷惑を掛けられたし、王家に対するわだかまりも解消されたわけではない。
ただ、ここで告別式への出席を断る強い理由もないわけであり。
ま、いいか。
参加するだけしてみましょうかと決めた私であった。
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