閑話 国王陛下
その日。
この国の国王、アルヴィンはいつもの政務とは明らかに異なる報告を受けていた。息子であり王太子であるカインが意気消沈しているというのだ。
わざわざ報告が上がってきたのだからよほどのことなのだろう。詳しく話を聞くと、カインはリリーナ・リインレイト公爵令嬢に会うためアイルセル公爵家に赴き、あのような意気消沈した様子で帰ってきたのだという。
(ほぉ。リリーナ嬢に)
どれ、様子でも見に行くかと本来重いはずである腰を上げたアルヴィンが見たものは……報告で想像したものより三倍は意気消沈している息子であった。
カインが兄の婚約者・リリーナに横恋慕していたのはアルヴィンも察していた。四年前は淡い初恋だろうと見て見ぬふりをしていたが……どうやらひどくこじらせているらしい。
(……ほほーぅ、フラれたか我が息子よ)
なんだか若い頃の自分を見ているようで微笑ましくなってしまうアルヴィンであった。かつての彼も三回フラれたのだ。しかも同じ相手に。
「カインよ、どうしたのだ?」
何食わぬ顔でカインに問いかけるアルヴィン。本来であれば『国王』が何の用事もないのに王太子の元を訪れるはずがないのだが、フラれたばかりのカインではそんな違和感にも気づかないらしい。……カインもまだ若く、こじらせた初恋が破れかけているのだから是非も無しか。
「父上――いえ、陛下。お恥ずかしい話ですが、リリーナ嬢にフラれてしまいました」
「ほぉ、そうかそうか。それは辛かっただろうな」
息子に同情するような口ぶりをしつつ、アルヴィンはまったく別のことを考えている。どうやらリリーナ嬢はまだ王家を許していないらしいな、と。
それも当然だろう。あのバカ息子――いや、すでに息子ではなく赤の他人か。あのバカのせいで散々に貴族としての誇りを傷つけられたのだから。
あのバカを廃嫡し、王家から追い出し、正式な調査でリリーナ嬢の名誉を回復した。それでも足りないからとリリーナ嬢を王城に呼び、直接謝罪しようとしたが……体調不良を理由に断られてしまった。
本来であれば自分が直接謝罪に赴くべきだったとアルヴィンも分かっている。しかし、『王が公式の場で謝罪する』ことこそがリリーナ嬢の名誉回復に繋がるのだし、それをするにはやはり王城が一番都合がよかったのだ。
ついでに付け加えるなら、辺境伯に唆されてあのバカがもう一つ『王家』を立てたばかりで予断を許さず、王城からそう簡単には離れられなかったという理由もある。
(いや、それも言い訳か)
直接赴いての謝罪ならば情勢が落ち着いてから向かえばよかっただけなのだから。あの婚約破棄から四年、時間を作ろうと思えば何度も機会はあった。
それをしなかった――否、できなかったのは、やはり、これ以上しつこくしてあの男を怒らせたくはなかったからか。
――オースファルト・ギュラフ公。
かつての宰相にして、アルヴィンの教育係。リリーナの夫にして、宰相引退後も政界に多大な影響力を保ち続けた巨頭。
彼を怒らせたくはなかった。
もしも怒らせれば、正統王家も傍流王家もまとめて片付けられてしまっていたことだろう。
――だが。
もはやオースファルトもこの世を去った。
ならば、躊躇う必要はない。
四年経った今となっても変わらない。
実家の力。優れた容姿。そしてなによりも政務能力。次の王妃として、もっとも相応しい女性はリリーナ嬢なのだから。
「やはりリリーナ嬢は怒っているか……。よし、カイン。リリーナ嬢に遣いを出そう。――余がアイルセル公爵邸に赴き、直接謝罪したいとな」




