大人の対応
「誘拐された獣人族の子供を送り届けるとはさすが義姉上。お優しい。しかし、貴女は公爵家の令嬢。獣人族の里まで行くのは感心しません」
遠回しな物言いながらも「あんな野蛮なところには絶対行かせない」と目で訴えかけてくるレオだった。
私個人としては獣人族に対する辛辣な物言いを窘めたいのだけど……まぁ、貴族からしてみたらこういう評価なのよね。むしろ「野蛮な獣人族と共に行動するとは! 汚らわしい! 勘当だ!」とか言っちゃわない分ほかの貴族よりもだいぶマシなのだ。
う~ん、どうしよう?
レオは頑固なところがあるから説得は難しそうだし、かといってセナちゃんからのお誘いを無下にするわけには……。しかもただのお遊びじゃなくて謝罪を兼ねてだし。
「……お姉ちゃん。そういうとこなら仕方ありません。今日はここまでで結構です」
と、空気を読んだセナちゃんが提案してきた。
「あら、いいの?」
「はい。謝罪はしなければいけませんが、お姉ちゃんの都合を無視してまで押しつけては逆に無礼となってしまいますし。……あと、今日のところは獣人族の戦士たちから事情を聞いたりしないといけないですし」
わぁなんて立派な。あの元婚約者の十倍くらい大人よね。……いや、ゼロに何を掛けてもゼロになってしまうか。
私がセナちゃんの大人っぽさに感激していると、
「……お姉ちゃん? とは?」
訝しげな声を上げたのはレオ。大丈夫よ妹が増えたところであなたが私の弟であることに変わりはないから。
≪そういうことで無いと思いますが≫
≪新しく妹ができるというのは、普通は婚姻関係の発生が原因ですし≫
なぜかやれやれと肩をすくめるアズとフレイルだった。いやフレイルに肩はないけれど。
くい、っと。セナちゃんが私の服の裾を引っ張ってくる。レオのことを牽制するように見つめながら。
「……その代わり、また機会を改めさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「えぇ。それはもちろん」
「ありがとうございます。では、またあとで叔父上を使者として派遣しますね」
「いや使者って……」
ガースさん、自分ではさっさと代替わりする気満々だけど、それでも現役の族長でしょう? 使者扱いしていいのかしら?
「――話が纏まりましたなら」
ごほん、と咳払いしたのはレオ。
「公爵領からここまでやって来たのならお疲れでしょう。義姉上の部屋はいつでも使えるよう掃除させていましたので、今日のところはゆっくりとお休みください」
なんだか「明日になったらじっくり話を聞くからな?」と言われている気がするのは気のせいかしら?
私の部屋、ということは私の実家・今はレオが当主を務めるリインレイト公爵家の王都別邸に連れて帰る気満々なのでしょう。
それにミアが待ったを掛ける。私の右腕に抱きつき、レオから離すように私を引き寄せる。
「閣下。お姉様は我がアイルセル公爵家に宿泊する約束となっておりますので」
「……君はいつから義姉上の『妹』になったのかな?」
「あら。いえいえ、敬愛する女性を『姉』と呼び慕うのは当然のことでしょう? ――もしかしたら本物の『お姉様』になっていただけるかもしれませんが」
「…………」
レオはミッツ様からの私への求婚を知らないはずだけど、それでも何事かを察したのかミッツ様に視線を移した。睨み付けたと言ってもいいかもしれない。
ただ。ミッツ様はその視線の意味に気づいていないようだけど。
「…………」
「…………?」
前世的に言えばのれんに腕押し。
早々に諦めたレオは改めてミアに向き直った。
「義姉上は正式にリインレイト公爵家に復籍した。というよりも、先代当主の錯乱による追放は無効なので、義姉上は今までも、これからもずっとリインレイト公爵家の人間だ。王都近くにまで来たのなら、リインレイト公爵家の屋敷で休むのが当然だろう?」
「あら、わたくしとお姉様との約束に文句を付けるおつもりですの? アイルセル公爵は、リインレイト公爵家を馬鹿にするおつもりで?」
「…………。……いや、そんなつもりはない。先に約束をしていたのなら……」
「では、何の問題もありませんわね」
「……うむ」
公爵として、他の公爵家との争いは慎むべき。そんな大人の判断をしたらしいレオだった。




