閑話 セナの思惑
――最初は警戒していた。
人間に誘拐されたばかりなのだから当然だ。と、言い訳することはできる。……今思えば何とも愚かな判断ではあったのだけれども。
ともかく。
リッファと共に誘拐されてしまった私は、助けに来ていただいたリリーナ様を信じられずにいた。
いいや、人を見る目が確かなリッファがすぐに懐いていたのだから、少なくとも悪人ではないことは確信できていたけれど……。リッファが優しいというか甘い分、私がしっかりしなければと思っていたのだ。
――リリーナ・リインレイト。
なんというか、リッファに負けず劣らず『甘い』人だなと思った。
そもそも人間とは獣人を下に見るのが基本なのだ。自らの野蛮さを棚に上げ、こちらを野蛮人だと見下してくる心獣の生き物。心に誇りを失わぬ我らとは根本的に違う価値観であるというのが共通認識であった。
特にリリーナは公爵令嬢。
王家に次ぐ地位の高さ。その気位が高いことは容易に察せられたし、高くなければならないはずだった。そうしなければ身分制度そのものが崩壊しかねないのだから。
だというのに。
リリーナは見ず知らずの獣人のために食事を作り、リッファが泣けば自分の分の食事まで与えてくれた。
魔導具の記憶を辿り、山賊に殺された子供たちの死体を自ら埋葬し、その魂の安寧を祈っていた。
――甘いのではない。
これこそが真の気位の高さなのだと。セナは遅まきながら気づかされた。
一国の王女となるべきだった人間は、ここまでできた人間であるのか!
自分では無理だ。
こんな自分では族長をすることなどできないとセナは思い知らされる。口数が少なく、気むずかしくて、笑顔の一つも作れない自分では族長として皆を引っ張っていくことなどできないだろう。
その意味で言えば、すこし軽率だとはいえ、現状でも立派に皆を引っ張っている叔父上・ガースこそがこのまま族長をするべきだと考えた。
しかし、ガースは良くも悪くも正直で、人の上に立つには足りないところもある。
誰か、そんなガースを側で支えてくれる女性が妻になってくれれば、安心できるのだが……。
…………。
いるではないか。
ガースを支え、引っ張ってくれて、才覚に溢れた女性が。
――リリーナ・リインレイト。
彼女が叔父上と結婚してくれれば……。
獣人族の族長が人間族を嫁に迎えるなど、この数百年はなかったことだ。
しかし、逆に言えば、歴史を辿れば前例はある。
そしてなにより、獣人族は『強さ』こそがすべて。獣人族最強の戦士であるガースを一瞬で戦闘不能にしてしまったというリリーナなら、誰も文句は言わないだろう。
(叔父上と結婚してくだされば、リリーナ様は叔母様――いや、お姉様になるのか)
いやしかし、お姉様ではあのミアという少女と被ってしまう。ここは少しでも差別化して印象に残してもらうべきだろうとセナは考えて――
――お姉ちゃん?
その呼び方は、なぜか「すとん」とセナの心に落ち着いたのだった。




