召喚の理由
「それで、優愛は『彼女』だった?」
優愛と別れたレオリードはアランに呼び出されて、執務に区切りをつけるとアランの私室へと来ていた。
まだ、体調が万全とは言えないアラン。
ソファーに座ってはいるけれど、顔色は青白く、レオリードは心配しながらも、これまでの様子を伝えたのだ。
「分からない。名は同じだったが」
レオリード自身は『彼女』本人だと感じながらも、慎重に返事をする。
「近いうちに、わたしももう一度会ってみるわね。そうすれば本人かはっきりするわ」
アランの隣に座ってアランを気にしながらも、少しはしゃいで話すのはシスツィーア。
彼女にとっても『優愛』は懐かしい相手で、召喚されてくるのを楽しみにしていた。
そして、あの『召喚』の場にいて、『優愛』を見た瞬間、懐かしいという感情が広がって
「間違いなく『お姉さん』だと思うわ」
「本人だろ?あの日だって、殿下があれだけ反応したんだ」
自信たっぷりのシスツィーアに、アルツィードも同意する。
アルツィードも優愛が召喚されてきたときと、レオリードとの面会に護衛騎士として同席し、直感的に『彼女』だと感じていた。
あの日行われていた、レオリードは知らされていなかった『召喚の儀式』
執務室で仕事をしていたレオリードは、ふいに胸がざわつき
懐かしさで胸が締め付けられて、居ても立っても居られず、部屋を飛び出して走った。
儀式のことも、行われる場所も知らなかったのに、まるで導かれるように走った先に彼女がいて
(彼女と出会ったときと同じ)
あのときと同じようにじっと見つめられて、心が満たされた感覚がした。
「ああ。俺も本人だと思う。だが、焦って彼女に負担をかけたくない。ただでさえ、知らない地へ召喚されて、心細いはずだ」
「覚えてなかったんだ、僕たちのこと」
残念そうに呟くアラン。
『想い合う二人が再会して、幸せになりました』
そんなお伽噺な展開には、ならなかったようだ。
「ああ。仕方ない」
「あら。覚えてなくて良かったわ。怖い記憶もないってことだもの。考えようよ」
お茶を飲みながら、ふわりと笑うシスツィーア。
アランとシスツィーアの二人は、あの日あの場所にいて、『儀式』にも参加していた
アランは魔力を提供する役目を
シスツィーアは『優愛』を引き寄せる確率を上げる為に
そして、召喚されてきた『篠崎 優愛』を出迎えたのだ。
けれど、ローブを被っていたし、話す前にレオリードが来て優愛を連れて行ったから、しっかり確認したわけではない。
「ちゃんと『優愛』だって分かってから、兄上に会わせる予定だったのに」
「仕方ないわ。レオリード殿下は、ずっと『優愛』を想っていたんですもの」
ふふっと笑いながら、シスツィーアはアランの背中をぽんぽんと叩く。
アランは目元を緩ませてごく自然にその手を掴み、そのまま自分の手を重ねる。
シスツィーアも笑みを深めて、アランの手をぎゅっと握り返して
なんだかいい雰囲気になりかけた二人
けれど、面白くなさそうなアルツィードの声が水を差す。
「そろそろ仕事に戻らなくて良いんですか?」
「僕はまだ療養中。仕事なら兄上がしてくれてるだろ。邪魔しないでよね」
「妹は、まだ未婚ですからね」
「兄さま、大人げないわ」
牽制するアルツィードにアランは嫌そうな顔をして睨むし、シスツィーアも困った顔をする。
アランとシスツィーアの関係は、結婚はしていないものの国内貴族の知るところで、同じ部屋で寝起きしているし、牽制しても今更だった。
「だから、家に帰って来いと言ってるだろう」
「ぜったいに、ダメ」
シスツィーアが幸せならと抑えてはいるが、アルツィードとしてはやはり妹の評判が一方的に悪いこともあって、納得はしていない。
ふたりの婚姻が、現状難しいことは理解している。
けれど、それならせめて、『けじめ』はつけて欲しい。できれば、シスツィーアのところへアランが通ってきて欲しいと、折に触れて訴えているのだ。
もっとも、「会える時間がなくなるだろ!」とアランが一蹴するので、叶うことはないが
そんなシスツィーアを想う兄心と、アルツィードの気持ちは分かるけど、離したくないアラン
そんな思いが交錯して、バチバチと火花を散らしそうなアランとアルツィードのあいだで、シスツィーアが困っていると
「アラン、なぜ『召喚の儀式』を行った?俺の為か?」
「・・・・そうって言いたいけど、それだけじゃないよ」
レオリードが険しい表情で尋ねると、アランも表情を険しくして答える
「たぶん、僕はもうすぐ『女神の祝福』を扱えなくなる。彼女には『女神の祝福を受ける者』として、力を貸してもらうために召喚したんだ」
重々しく告げたのは、この国にとって重大な内容だった。
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