リオリースの失念
「アラン兄上に聞いてみる」
そう言って、なんとか優愛を宥めて別れてから、すぐにリオリースはアランもとへ向かう。
(この時間は、執務室にいるはずだから)
最短コースで行くために、途中で渡り廊下から中庭へでて突っ切って、使用人用通路もちょっと通って、いつもより半分の時間で執務室へ
長兄に倣い、城のなかでは護衛を付けずにいるからこそできること
もっとも、周囲の目もあるから滅多なことではやらないが
リオリースは息を切らしながら扉の外にいる護衛騎士に取次ぎを頼み、その間に息を整えようとするけれど、すぐに許可が下りて
まだ少し荒い息のままリオリースは部屋へ入ると、挨拶もそこそこに本題へ入る
「アラン兄上、優愛にレオン兄上と結婚しろって、いきなり言ったってホント!?」
「言ったけど。それが?」
「いやいやいや!急に言ったら警戒するでしょ!」
「えー。だって、『何させたいんですか?』って聞くからさ」
「いやいやいや!いきなり『結婚』なんて言ったら、引くって!」
「何か問題でもある?」と言わんばかりのアランに、頭を抱えたくなりながらリオリースが叫ぶ
この兄は人との交流が少なかったせいか、鈍いしズレているところがある
本音と建前がよく分かっていないのだ
(だから、「聞かれたから答えたのに?」なんて、頓珍漢なことが言えるんだよ!)
リオリースは脱力したくなるのを堪えて、大きく息を吸って
「それに、優愛いくつだと思ってんの。歳の差考えようよ」
「・・・・・リオンと同じ年なら18歳だろ?それくらいなら」
「レオン兄上と今の優愛の歳の差10歳だよ?いきなり結婚話って、優愛がどう思うか考えようよ」
レオリードが「オジさん」というわけではないが、それでも歳の差はある。
政略結婚なら許容範囲であっても、リオリースが聞いた優愛のいた世界に政略結婚はなさそうだし、恋愛するには離れすぎてないだろうか?
幸いなことに、優愛はレオリードのことを悪く言うことはないが、優愛からしてみたらどうなのだろう?
(優愛が警戒するのも、無理ないよ)
リオリースだっていきなり10歳年上の女性を「婚約者にしろ」と言われたら驚くし、できればもう少し歳が近くあって欲しいと思う
(そう考えたら、10歳も年下の女性を好きなレオン兄上って)
レオリードはたとえ優愛が10歳年上であっても、『ゆあ』と同一人物であれば惹かれたと思う。
だけど、優愛がレオリードが優愛に恋愛感情を持っていると知ったら?
「気持ち悪い」と、嫌悪感を抱くのではないだろうか?
思い浮かんだ考えに、リオリースはゾッとして
考えたらダメだと、意識を目の前にいるアランへと切り替える
アランはどうでもよさそうに頬杖をつき
「じゃ、お前が結婚する?それでも」
「しない!分かってるのに言わないでよ。性格悪いな!」
優愛が召喚されてから、幸せそうに笑うようになった長兄。
そんなレオリードの悲しむ顔を見たいなんて思わない
「ふー」
大きく息を吐き、アランは座っていた椅子の背に身体を預ける
アランにだって分かっている
初めて会った人と結婚しろなんて、無茶苦茶だと
だけど、言わないと話が進まないのも事実だし、手っ取り早く優愛にレオリードを意識して欲しかったのもある。
(じゃないと、いつまでも進展しなさそうだったし)
レオリードの相手のことを尊重する姿勢は美徳だが、尊重しすぎるきらいがあるし、なにより恋愛に奥手すぎて、考えすぎて行動できなくなることも、過去のことから知っている
(実際、優愛には兄上の想いは伝わってなさそうだし)
「ねえ、優愛が『レオンさんが親切なのは、いなくなった恋人の代わり』って言ってたけど」
「知ってる。ローディス家の長女が、優愛に牽制してるとこに居合わせたから」
「・・・・・ロゼルディ侯爵夫人かぁ」
アリシアの姉であるパルミアがレオリードに執着し、近づこうとする女性を蹴散らしているのは有名な話だ
「そもそも、アリシア嬢とリオンの婚約話が出た時点で、自分との婚姻は無理だって分かんないのかな?」
同じ家から二人も王族に嫁ぐことは、政治的な思惑からありえないと世間知らずですら分かるのに、レオリードのことをぎりぎりまで諦めなかったのは天晴だと、アランはその点のみ感心している
だから、優愛のことを知った時点で何かしら行動を起こすと、わざと情報を流したのだが
リオリースはアリシアの姉なこともあって、パルミアのことは嫌いではないが
「『ツィーア姉さま』のこと、悪く言った時点で無理なのにね」
もう10年近く昔のことだが、パルミアが『ゆあ』だったシスツィーアを「愛妾にすればいい」と言ったことで、レオリードとアランはパルミアのことを敵と認定した
それまでなら、レオリードは「パルミアと婚姻を結ぶことが、王族として必要」だと、そう言われていたらしていただろう。
だが、絶対に嫌だと
パルミアだけはあり得ないと、明確にした。
あの時のことを後から聞いた、当時10歳のリオリースですら『ないな』と分かった。
あの後すぐに、アリシアがリオリースの婚約者候補となったのがその答えだ。
(というより、もう人妻なんだから余計なことするなよ)
リオリースはソファーに座って頬杖を突き、ため息を溢す
アランもリオリースのお行儀の悪さを咎めることなく、向かい側に座り
「それで、二人の仲はどう?シスツィーア義姉上、優愛とお茶会したんでしょ?何か聞いてないの?」
「んー?どうだろ?ツィーアからは何も聞いてないし、僕が知る限り、優愛は兄上のこと「面倒見の良いお兄さん」くらいにしか見てないね」
「そっか」
「リオンはどう思う?優愛なにか言ってた?」
アランの言葉に、リオリースは優愛との会話を思い出して顔を顰める。
「んー。どうも、レオン兄上が優愛の相手になったのは、アラン兄上がシスツィーア義姉上と結婚できるようにって解釈してる」
「は?」
「「罪滅ぼし」って言ってたし」
さすがのアランも、予想外の言葉に口を開けてぽかんとする
「なに、その解釈」
「あと、「レオンさんがわたしに親切なのって、いなくなった恋人の代わりでしょう?」とも言ってた・・・・・・・・これはさっきアラン兄上も言ってたね」
「リオンにも言ったってことは、考えは変わってないってことか」
「まったく伝わってないってことだよねー」
「あはは」と疲れた笑いを零すリオリースに、アランも脱力するしかなく
「なんでそうなるの・・・・・・・・」
「ね。もうどうして良いのか」
アランもリオリースも深くため息を吐いて
「結局、兄上が頑張るしかないね。僕、ツィーアにも『余計なことしない方がいいわ』って言われたし」
「・・・・・そうだね。アラン兄上はそれが良いよ。オレもそうする」
恋愛なんて、外野がとやかく言うことじゃない
下手に手を出してこれ以上拗れたら、目も当てられない
ふたりは顔をあわせて、無言で頷き合い
リオリースは忘れていた
『それに、『好きな人の代わり』にされる方だって苦痛だし』
優愛が零したこの言葉
この言葉を忘れていたことで
リオリースがアランに怒られることになるとは
最後までお読みいただき、ありがとうございます
次話は12月15日投稿予定です。
お楽しみいただけると幸いです。




