レオンさんとのお茶会 ③
(な・・・・・・に?)
レオンさんはわたしへと視線を向けているけれど、わたしを見ているわけではない
それはわかるけれど
こくり
無意識に喉が鳴る
なんでなのか理由はわからないけど、レオンさんを見ているのが苦しくて
「・・・・・どれも忘れられない・・・・・大切な思い出だ」
胸が苦しいのに視線を外すことはできないでいると、レオンさんはどことなく甘さを含んだ声で呟き、わたしからふっと視線を外す
どこか懐かしそうで
愛おしそうな顔
「学園時代と言えばそれくらいかな。卒業してからも失敗は多くしたし、苦い思いもあった。だが、同じくらい楽しいこともあったんだ」
わたしが何も言えずにいると、レオンさんはふっと苦笑して肩をすくめる
さっきの、どこか遠い人に感じたことが嘘のよう
わたしを真っすぐに見つめて穏やかな声で話すレオンさんは、いつもの、わたしの知っているレオンさん
だけど、レオンさんとは対照的に
「そう、なんですね」
自分の声が、いつもより掠れたように聞こえる
(なん、で)
ひやりと身体を冷たく感じて
ドクドクと心臓が早く鳴る
(どうして?)
ぎゅっと締め付けられるような
『 さい』
泣き出したいような
『ごめんなさい』
謝りたくなるような
テーブルのしたで、ぎゅっと両手でスカートを握りしめる
そうしないと、両手は胸をおさえそうで
涙が、零れそうで
この場から逃げ去ってしまいたくなるのを、必死に抑える
(なん・・・・・・・で)
「優愛?」
「あ!すみません!」
首を傾げるレオンさんに、慌てて顔を上げて無理やり笑顔を作る。
自分でもよく分からないこの感情を、知られたくなくて
「えっと、聞いちゃいけなかったかなって」
「なぜ?」
できるだけいつも通りに聞こえるように、心持ちはっきり口を動かす。
不思議そうに首を傾げるレオンさん
(良かった、気づかれてない)
ほっとしたことで気持ちは落ち着くけれど
「えっと」
自分でも理由なんて分からないから、不自然に聞こえないように言葉を探す
「えっと、失敗とかって、知られたくないし忘れたいのもあるかなって」
「ああ。確かに、忘れたいものもあるな」
何とか誤魔化してみると、上手くいったのかレオンさんは苦笑して
「学園を卒業してからは、しばらくは父・・・・先代国王のもとで働き、そして外交を兼ねて他国へ遊学に行かせてもらったんだ」
「え?」
「この国はどうしても閉鎖的でね。仕方ないことではあるんだが・・・・・・父も若い頃に他国を回ったこともあって、俺も行かせてもらった。そのときに双子の王子と知り合ったんだ。ふたりとも本当によく似ていて」
「分かります。双子って、本当によく似てますよね」
「ああ。それで・・・・・」
レオンさんが恥ずかしそうに話してくれたのは、双子の王子を間違えてしまったという誰にでもありそうな失敗談
「滞在中は兄王子が案内してくれると顔合わせのときに言われて、そのとき見分け方も教えてもらって、しっかり覚えたと思っていたんだ」
翌日にレオンさんたちはある施設を案内してもらうことになっていたから、来てくれた王子を『兄』だと思ったけれど、実際は兄王子は急遽来られなくなったから『弟』王子が代理で来てくれたそう
けれど、そんなことを知らないレオンさんは来てくれた王子を『兄』だと思い込んで
「でも、名前は間違えなかったんでしょう?」
「ああ。だが、それで向こうは「連絡が行っていたんだ」と勘違いして」
レオンさんはしっかり名前を憶えていて間違えずに呼ぶから、弟王子もレオンさんが『兄』と『弟』を間違えているなんて思ってもいなかったらしい
「でも、それならちょっとした失敗ですよ。わたしなら見分けることも出来なかったと思いますし。双子なら気にすることもないと思いますけど」
双子あるあるだよねって思うけれど、レオンさんはそうは思えなかったらしく
「いつ気が付いたんですか?」
「・・・・・・・・その国を最後に帰国することになっていてね。最後の日に夜会を開いてくれたんだ。そのときに、ふたりが挨拶に来てくれて」
「間違いに気が付いたんですか?」
「・・・・・・・・・・ああ」
『どうしても私でなくては対処できず、レオリード殿下にはご迷惑をお掛けして申し訳ありません。弟はなにか失礼なことを致しませんでしたでしょうか?』
そう言われて、レオンさんは初めて間違いに気が付いたそうだ
「間違えていたことも恥ずかしかったが、会話のなかで失礼なことを言っていなかったか、一歩間違えれば外交問題になると青くなってね」
「それで、どうしたんですか?」
「正直に話した」
レオンさんは兄と弟を逆に覚えていたこと、なにか失礼があったら許して欲しいとすぐに謝罪したと、少し恥ずかしそうに教えてくれた。
「ふふ。レオンさんらしいです。許してもらえましたか?」
「ああ。向こうも違和感は感じることがあっただろうに、笑って許してくれた」
「良かったですね」
そのまま知らんぷりしても良かったと思うけれど、真っすぐに非を認めて謝罪するレオンさんがレオンさんらしくて
(素敵な人だな)
わたしの心もほんわかとして、自然と笑いが零れた。
そのあともレオンさんは他国の話をしてくれて、あっという間に時間は過ぎて
「優愛が良ければ、近いうちに夕食会に参加しないか?」
そろそろお開きかな?と頭を掠めたころ、レオンさんからそう切り出された。
「夕食会?」
「ああ。夕食はいつも弟たちと摂るんだが、週に一度はシスツィーアも共にすることになっている。リオンとも近いうちに会うんだろう?」
レオンさんのもう一人の弟であるリオリース殿下とは、学園に通う前の作法の総仕上げを兼ねて会うことになっている。
「はい。来週お会いして、そのときにおかしなところがあったら、直してから学園に通うことに」
「優愛なら心配いらない。そうだな、ではそのあとから、どうだろうか?」
「えっと・・・・・・・・」
(シスツィーアさん・・・・・・どうしてるかな?)
さすがに陛下は知っているだろうし、きっとわたしに怒ってる。
(何も言ってこないのは、わたしに協力してもらわないと困るからだろうけど)
そうでなければ、シスツィーアさんを大切にしている陛下が怒鳴り込んできてもおかしくない
「陛下とかに、聞かなくて良いんですか?」
「ああ。問題ない」
にこにこしているレオンさんからは、シスツィーアさんだけでなく陛下も教えてないんだって分かる
それならしれっと参加しても大丈夫そうだけど、謝罪しないのは自分が気持ち悪くて落ち着かない
だけど
(陛下の前でシスツィーアさんに謝るのは、したくない・・・・・・・かも)
シスツィーアさんに謝りたい思いに変わりはないけど、陛下のことを思い出すとなんだかイラっとする
(わたしのことこの世界に召喚なんてしたくせに、勝手なことばっかり言うし)
『しない。ツィーアがいるからね』
陛下の顔を思い出すだけでムカッとするし、正直話したいとも思わない
陛下に対しては反抗心?というか、意地でも弱いとことか見せたくないって気持ちが強くて
「えっと・・・・。もう少し、作法に自信がついてから・・・」
「ああ。楽しみにしている」
さすがに夕食ともなるとナイフとフォークの種類も多いし、食事のときくらいお勉強から解放されて食べたいと、後回しにしていたから作法が身に付いてないことを口実に断る。
レオンさんは微塵も疑っていない様子で頷いてくれて、ほっとするけど
(きっとこのお茶会が終わったらルリさんが張り切って、「食事の作法を覚えましょう」と言ってくるんだろうな)
そんな想像が簡単にできて、ちょっとだけ気分が重くなった
「えっと」
最後までお読み下さり、ありがとうございます。
前話から日があいてしまって、すみません。
次話もお楽しみいただければ幸いです。




