牽制 ②
(って、さすがにそんなこと聞けない!)
うっかり声に出しそうになるのを慌てて飲み込む
だけど、しっかり声に出てたみたいで、女性は顔を真っ赤にしてプルプルと震えて
(ど、どうしよう!?)
「えっと、あ、あの・・・・・・」
下手に何か言ってしまってはまた失言発言しそうで、口を開いてもすぐに閉じる。
どう取り繕っていいか分からなくて、さすがに女性への申し訳なさで小さくなるしかないし、心臓がドクドクと鳴る音で余計に焦りが大きく鳴って
「あの」
「ふふ・・・・・・ふふ・・・・」
不気味な笑い声がして、思わず固まってしまう
にこり
綺麗な笑みを向けられて、だけど、わたしには今までとは比べものにならないくらい、凄みのある笑顔に見えて
「お耳をお貸しください」
女性はそう言って扇を広げ、わたしのすぐ横にやって来て小さな声で囁く
「殿下には、想う方がいらっしゃいますわ。もちろん、あなたではなくてね」
「え?」
「ですが、その方と添い遂げることは叶わなくて。ですから、あなたがいくらレオリード殿下の近くにいて想いを寄せたとしても、報われることはないわ」
ひやりと、 が冷たくなる
レオンさんに好きな人?
好きな人がいるのに、わたしと結婚?
頭のなかが真っ白になって、さっきとは違う音で心臓が鳴るのを聞きながら女性を見つめる。
それをどう受け取ったのか、女性ふっと目を細めて
「殿下があなたのお相手をなさるのは、きっと何か理由があってのこと。そうでなけば、あなたなんか相手にされないでしょう。違いまして?」
(たしかに)
女性の言葉に納得する。
(召喚されてきたから、レオンさんは親切にしてくれる)
どうしてわたしに親切にするのか理由は分からなくても、レオンさんはきっと誰にでも親切で、だからわたしに気を使うのもそれなりの理由があるからだって、みんな分かってるんだ
なんだか、心がすとんと落ちて
「殿下は、その方をとても好いておられましたわ・・・・・・・・誰の目にも明らかなほど」
ズキッて、心の奥が軋む音がして
「殿下がずっとお独りなのは、その方をいまも想っていらっしゃっるから・・・・・ですから、殿下の優しさを勘違いなさらないで、身の程を弁えてはいかが?」
ねっとりと耳に纏わりつくように女性の声が響く
「殿下に相応しいのは、殿下のすべてを受け入れて、お心を癒して差し上げることができる者で、殿下の手を煩わせる方ではありませんわ」
あなたにできまして?
女性の言葉が静かに木霊して、何も言えなくて
(たしかに、レオンさんには頼りっぱなしで、なんにもお礼とかで来てない)
この国に協力することを決断で来てなくて、恩を返せてない状態
思わず顔を伏せると、「ふふ」っとさっきとは違う軽やかな笑い声が聞こえ
「どうやって取り入ったかは存じませんが、殿下はあなたを好きなのではありませんわ」
女性が離れていく
「これ以上、殿下を煩わせることがないように。よろしくて?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
女性はまだ何か言っているけれど、わたしの耳には届いていなくて
(・・・・・・・・レオンさんに・・・・・・・・好きな人・・・・・・・・)
わたしよりも大人だし、恋愛経験があって当然
それに、結婚だってしていておかしくないのに、独身なのはたしかに不思議だった
(個人的なことだし、うっかり地雷踏んだら嫌だなって聞こうとしなかったけど)
レオンさんが親切なのは
レオンさんがわたしを見て嬉しそうなのは
「俺との婚姻はしなくていい」そう言ってくれたのは
恋愛対象じゃないから
好きな人の身代わり
女性の言葉がゆっくり染み込んで、ゆっくり理解していく
(えっと、整理しよう)
こんがらがってきた頭のなかを、一つずつ解していく
要するに
レオンさんには好きな人がいて
だけどその人はもういなくて
(陛下はわたしとレオンさんに結婚して欲しいって言ってたのに、『婚姻は考えなくていい』って言ったのは、歳も離れてるし、向こうもそんな気にならないのかもしれないって思ってたけど、誰とも結婚する気がないからなのかも!)
わたしが嫌がったから、レオンさんはほっとして
(レオンさんの優しさにわたしがくらっときて、彼に好きになることがないって思われた)
だから、レオンさんはほっとして召喚されたわたしに親切にしてくれる。
(うん。すっごく理解できた!)
「あら。さすがに傷つきまして?当然ですわね。ご自分が単なる身代わりだと分かったんですもの」
扇で口元を隠し、だけど意地悪く楽しそうな声色は隠せてない
だけど
「いえ、なんであんなに親切にしてくれるのか、分かって納得できました」
もやもやがとれて、すっきりした。
顔を上げると、女性はなんだか驚いた顔をして
(それならこの女性は、わたしが勘違いしちゃったらって心配して、そうなったらレオンさんが気の毒で、見るに見かねて言いに来たのかも!)
この人は、かつての恋人を一途に思うレオンさんにわたしがまとわりついて、迷惑かけてるって思ったのかもしれない。
立場上、レオンさんはわたしには強く言えないだろうし、わたしが望めば陛下の後押しもあるからレオンさんはわたしと結婚せざるを得なくなる
だから、牽制しに来たんだよね、きっと!
(なんだ!良かった!)
喧嘩売られた理由が分かって、「勘違いしてませんよ」って安心してもらおうと、にこっと女性に笑いかける。
「その、別れなくちゃいけなかった恋人に、できなかったこと?してあげたかったことを、レオンさんはわたしにしてくれてるんですね?どうりで出会ってすぐから親切なはずです」
わたしが傷ついてないからか、それとも拍子抜けしたのか、女性は目をしぱしぱと瞬かせて
「教えてくれて、ありがとうございます」
「え?」
「けど、心配ご無用です!わたし、レオンさんとはなんでもありませんから!」
ぽかんとしている女性にぺこりと頭を下げて、その場を去る。
きっと、ふたりのお別れは納得のいくものではなくて、レオンさんはまだその恋人への想いが断ち切れていなくて、それがこの国の都合で召喚されたわたしに対する罪悪感と重なって、至れり尽くせりなんだろう。
(じゃなかったら、さすがに出会ってすぐから、あんなに親切なわけないしね)
『年の離れた弟がいる』って言ってたし、わたしのことも妹的な感じなのかもしれない
(うーん。申し訳ないな)
これじゃあ、いつまでたっても甘えて頼ってばかりで、自分がダメになる
(レオンさんに頼りすぎないように、まずはお勉強頑張ろう!)
そう決心して、ルリさんたちのところへと戻った。
「・・・・・・なんでそうなるの?」
そっと物陰から様子を伺っていたアランは頭を捻る。
なんとなく気分がのらなくて仕事が進まないから、気分転換にといつもは通らないところをブラブラ散歩していたアラン
見知った顔がこちらへ向かって来て、護衛のアルツィードと一緒に近くへ隠れ盗み聞きしていたのだ。
「今の、かんっぜんに優愛に釘刺してたよね?兄上が優愛に好意持ってるの分かってるから」
「ええ。まぁ・・・・・・レオリード殿下は分かりやすい方ですから」
「だよね?なんで本人には伝わってないの?」
「なんとなく、妹だった『ゆあ』を思い出しますね」
あんなにわかり易く好意を示されているのに、ぜんぜん本気にしていない優愛
アランは理解できず呆れるけれど、アルツィードは妙に納得している。
「あんなに鈍かった?ツィーアの方が鋭いと思うとは、思わなかったよ」
「なんというか、『勘違いしないように』って自分を戒めているところが」
「勘違いじゃなのに?兄上、けっこうはっきり好意を示してるよね?」
「え、あ、まあ」
シスツィーアは世間知らずで、自分に向けられる悪意も好意も素直に受け取る。
優愛は悪意を受け流せる分、好意も受け流してしまうのだろう。
「そんな人なんだね」と
『ゆあ』の場合は、悪意を向けられることや裏切られるのを怖がっていたから、他者の好意を素直に受け取ることができなかったのだが
どちらも素直に受け取らないところが、そっくりだ。
「それはそうとして、なぜ、ローディス公爵令嬢・・・・・・・・いえ、いまはロゼルディ侯爵夫人でしたか?が、優愛・・・・・・・さまのことをご存じなのでしょうか?」
「ん?父親が喋ったんじゃない?」
優愛のことは機密扱いだけれど、『召喚の儀式』を行うにはいくつかの家の承認がいる。
ローディス家はそのなかに名を連ねてはいないけれど、さすがに公爵家に無断と言うのは政治上避けた方が良いと、アランは連絡していたのだ。
それに
「・・・・・・・・・彼女が知ったら、きっと何かしてくれると思ったしね」
「と言うことは?」
「そろそろ、優愛の社交界デビューの日取りを決めるって、昨日の会議で言っておいたんだ。もちろん、エスコートするのは兄上って添えてね」
先ほどの女性、パルミアがレオリードへ好意を寄せているのは社交界では有名な話だ。
さすがに婚姻は諦めたのか数年前にロゼルディ侯爵家へ嫁入りしたのだが、それでもレオリードへの想いは衰えず、むしろ想いが成就できなかったからか、いまではレオリードの婚姻を阻止すべく芽を潰すために奔走している。
「執着って言うより、もはや執念だよね」
「・・・・・・・・・・・・・」
呆れと感心が入り混じったアランに対して、アルツィードはさすがに気の毒そうにしている。
レオリード自身が誰とも婚姻を結ぶ気がないので、これまでパルミアの暴走は放置されていたのだが
「・・・・・・・・・・なぜ、そんなことなさったのですか?」
優愛とレオリードのことを知れば、彼女が黙っていることはないとアランだって分かっていたはず
それなのにわざわざ耳に入れるのだから、何らかの思惑があってのことだろうけど・・・・・・・
「いい当て馬?になってくれるかなって」
「さすがに非道ではありませんか?」
「ん?良いんじゃない?」
アランがパルミアのことを嫌っているのは知っていたけれど、さすがにふたりの仲を進展させるために利用するなんて、アルツィードの良心がチクチクと痛む。
「でも、なんだか妙な方向にいっちゃったよね」
アランとしては、レオリードに好意を寄せるパルミアへ優愛が対抗心を持ち、レオリードに関心を持ってくれることを期待したのだが、どう見てもうまくいってない
「ええ。あれでは『自立』を促しただけかと」
レオリードを頼るどころか、今以上に頼ることを自制するだろう。
「兄上、ほんと不憫だよね」
「・・・・・・・・・・・・・・」
『ゆあ』も誰かに頼ることが苦手で、自分ですべてを決めてしまっていた。
好きな人から頼られたいというレオリードの願いは虚しく、遠ざかるばかりで
「どうしますか?」
「んー。恋愛は二人の問題。だから、見守る?しかないんじゃない?これ以上余計なことして、兄上にバレたら大変だし」
「それは、まあ、たしかに」
レオリードのことだから怒りはしないだろうが、このことを聞いたら落ち込むことくらい簡単に想像がつく
「ま、兄上がはっきり言えばいいのに。ほんと、肝心なところでヘタレだよね」
「殿下には頑張ってもらうしかありませんね」
「はっきりと言っても伝わらないなら、どうするんだ?」と、レオリードが聞けば頭を抱えそうだった。
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次話の投稿ですが、来週中にはいたします。
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