牽制 ①
サラ先生とオルレン先生に習うようになって、ひと月半たった。
キアルさんは二日間だけ教えに来てくれたあとは、「もう大丈夫だろ」とときどき様子を見に来ることはあっても教えてくれることはなくなり、本当に大丈夫なのか不安にもなったけれど、口に出すとサラ先生を疑うことになるから言えなくて
ただ、メイド長さんも抜き打ちで授業を見に来るけど何も言わないし、むしろ、「王城内にはなりますが、自由に出入りできる場所を増やしていきましょう」と言ってくれた。
できるだけ人目につかないようにって言われてたのに、良いのかな?って思いながら尋ねると、メイド長さんはにこりと笑いながら
「陛下の許可もいただいてますし、いまの優愛さまは誰が見てもこの国のご令嬢としか思われませんわ。さすがに、お召し物はドレスを着ていただくことになりますが
そう言って、行っても大丈夫な場所をピックアップしてくれた。
(えっと、ドレスさえ着ていればこの国の人と変わらないってことだよね)
誰からも奇妙な目で見られることはないだろうって判断されて、行ける場所が広がるのは嬉しいけれど、この国に馴染んだと言われると複雑な思いしかなくて
「優愛さまが努力なさったからですわ。どちらへ行きましょうか?一般の者に解放されている場所も、いくつか許可が出ておりますわね」
ルリさんがにこにことしながら一つ一つどのあたりにあるのか教えてくれるから、深く考えるのはやめてまずは図書館へ行ってみることにした。
そうすれば、オルレン先生の授業で興味持ったところも自分で調べられるし、やっぱりレオンさんがいないと外出できないのも窮屈で息が詰まるしね。
行くのは護衛さんの都合もあって、オルレン先生の授業のあと
王城内とはいえ、ルリさんたちがずっとそばについているから、気が引けて自由に見て回ることはできないし、だんだん鬱陶しくなってきて「気が散るから」ってお願いして、二回目からは少し離れたところにいてもらう。
目が届く範囲ならいいでしょって、押し切ったのだ。
(外部の人も利用するからって、かなり渋られたけどね)
この国に住まうものなら誰でも利用できるからって、せめて利用できる者が限られる二階を使って欲しいと言われたのだけれど、二階は専門書とかが置いてあって、わたしには難しすぎる本ばかりで読む気にはなれない。
「危険な場所だったら陛下が許可するわけないし、護衛さんたちがしっかり守ってくれるんですよね?」って言ったら、困った顔をしながらも頷いてくれたのだ。
わたしから目を離すわけにはいかないから、いつも視線を感じて居心地は悪いけれど
王城に併設されているからか身なりはちゃんとしている人ばっかりだし、図書館だから騒いだりする人もいない
まだ文字をスラスラと読むことはできないけれど、静かな空間でゆっくりとページを捲って、分からないところは辞書を引いて
そんな、日本にいたときみたいな時間を過ごしていた。
「突然のお声がけ、失礼いたしますわ」
図書館へ行き始めて、1週間くらいたった日
オルレン先生に勧められた本を探していると、後ろから突然声を掛けられた。
「なんでしょうか」
驚いて振り返ると、初めて見る顔の女性が二人。
一人は扇を持って口元を隠していて、もう一人はその後ろに控えているから、たぶん身分の高い人とお付きの人。
扇を持った女性に、ジロジロと不躾な視線を向けられて気分は良くないけれど、相手に失礼にならないように顔には出さないようにして軽く首を傾げると、わたしの斜め後ろにすっとルリさんがやって来る気配する。
「あなたさまが最近、王宮へお越しになった方でしょうか?」
「どちらさまでしょうか?」
名乗りもせずに、さっきよりもはっきりと値踏みする視線を向けられて嫌な気分になる。
「失礼いたしましたわ。ですが、お耳に入れたいお話しがありまして」
女性は少しだけ身を屈めて、わたしと視線を合わせて優しげな声で話すけれど、わたしの質問には答えてくれる気はなさそう。
(この人が誰か分からないけど、わたしのこと知ってるっぽい)
わたしの存在はまだ秘密なはずなのに知っているってことは、身分もだけど政治的な立場も高い人の可能性もある。
(ルリさんは知っているかも知れないけれど、教えてくれないのは強く言えない相手だからかもしれないし)
振り返ってルリさんに尋ねるのは簡単だけど、下手に刺激しない方が良いだろうし、ルリさんたちの立場が悪くなったら困る。
そんなことを考えていると、ルリさんが動く気配がして
「申し訳ありません、優愛さまは」
「あら?わたくし、あなたに話しかけるのを許した覚えはなくてよ?」
わたしと女性の間に立とうとしたルリさんだけれど、女性から冷ややかな視線を向けられる。
「あなたのご主人は、その程度の常識もご存じではないの?ああ、まだお作法が身に付いていないのかしら」
威圧するかのような笑みにルリさんがたじろぐと、女性はさらに笑みを深めて
「それとも、あなたのご主人は、わたくしとはお話しできないとでも仰るのかしら?」
「そんなこと言ってません」
真っ青になって固まったルリさんの袖を引いて、女性に一歩近づく
「良いですよ。お話うかがいます」
「優愛さま!」
我に返ったルリさんの必死な声が聞こえるけれど、無視して
(ここまで嫌な視線向けるくらいだもん。何を言いたいか聞かないとね)
むくむくとこの人に対する反発心?みたいなものも湧き上がって、このまま大人しくするのが癪に触って
「どういったお話ですか?」
「レオリード殿下のことですわ。あなたさまと随分親しいと伺いまして」
「レオンさんのお知り合いですか?」
「ええ」
「レオンさん」ってわたしが言ったとき女性の眉がピクッと上がったけど、すぐに意味ありげに口の端を上げて、扇で口を覆ってわたしを見下ろす。
この世界の人は身長がわたしよりも高い人が多いうえに、この人はヒールのある靴だから仕方ないけど、見下ろされているより『みくだされてる』感じがする。
(嫌な感じ・・・・・・・)
むっとしたいのを堪えて、なるべく普段の声で
「そうですか。それで、なんのお話ですか?」
「ここではちょっと・・・・。こんなところで話していては、ほかの方のご迷惑になりますわ」
(声を掛けてきたのは、あなたでしょ!?)
ますますこの人への苛立ちが増すけれど、騒ぎになるのも困るから「こちらへ」と言われて大人しくついて行く。
女性が向かったのは、図書館から王城へと続く渡り廊下。
(この廊下って、たしか王城への出入りが許可されてないと使えないはずだよね?)
図書館からは門と王城と王宮へと続く廊下がそれぞれあって、不法侵入を防ぐために王城と王宮への廊下は許可された人しか通れないと教えてもらった。
(お城への許可があるってことは、やっぱり貴族で身分の高い人ってことかな?)
王宮への廊下は王族と王族から許可された者しか使えないと教えられたし、王宮に出入りできるならもっと早くわたしに会いに来た気がする。
王城に入るつもりはないのか、「こちらでよろしいでしょう」と渡り廊下の途中にある、お庭へと抜けられる場所で立ち止まり
「できれば、ふたりきりでお話ししたいですわ」
「わかりました」
わたしの後ろからはルリさんと護衛さんもいるから、確かに話しにくい
女性とふたりでお庭の方へと少し移動して、ルリさんたちにはそのまま渡り廊下にいてもらう。
女性の付き添いの人もルリさんたちと同じ場所にいるから、一対一だ。
ふふっと女性はわたしに笑いかけて
「レオリード殿下が、あなたに随分と親切になさってると伺いましたわ」
扇で口元を覆いながら、さっきみたいに優しそうな声だけれど
(あ、これ、笑ってない)
笑っているように見えるけれど、目の奥は怒っているような冷ややかさがあって、わたしに対して良い感情を持っていないのは伝わってくる
「そうですね。親切にしてもらってます」
「そうでしょうね。殿下はとてもお優しい方ですから・・・・・・・・・・・・本当に罪な方」
怖気づきそうになるのを堪えていつもと変わらない声で応えると、女性は「ほぅ」っとため息をつきながら「仕方のない方」って感じに肩を顰めて
「ですから、勘違いをする方も多くて」
「勘違い?」
「ええ。殿下が自分に気があると思う方もいらっしゃるのですわ」
(たしかに)
あんなにかっこいい人に親切にされたら、勘違いしても仕方ない
女性の言葉に納得して、心の中で頷く
(なんだろ?忠告してくれたのかな?)
わたしに対する態度はともかく、この人なりに心配してくれたとか?
(でも、陛下の話だとわたしが勘違いした方が良いよね?)
レオンさんの親切を『わたしにだけ向けられるもの』って勘違いすれば、この国にとっては都合が良いはず
だけど、そのことを知らないのなら?
(うーん。やっぱり、この人なりの親切なのかもしれないけど)
でもそれだと、わたしへの良くは思っていない感情の説明がつかない
ひしひしと伝わってくる女性からの、苛立ちを抑えた感情
(もしかしたら、この女性も勘違いしたとか?)
十分あり得る話だけれど・・・・・・・・・・
ごくっ
無意識に喉が鳴る
レオンさんが誰にでも親切にするのが面白くなくて、勘違いする人が増えるのも嫌ってことは
(もしかして?)
レオンさんの名前が出たときから、なんとなく予想してたけど
(レオンさんのこと)
「好きなんですか?」
最後までお読みいただき、ありがとうございます
次話は9月4日投稿予定です。
お楽しみいただけると幸いです。




