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キアルの後悔と

「今日はありがとな、オルレン」

「いえ。優愛さまがすぐに覚え直してくださって、良かったですね」

「ああ。ほっとした」

「お疲れさまでした」


優愛の授業を終えたあと、サラを馬車乗り場まで見送るとキアルはオルレンのところに来ていた。


キアルにとっては誰か教えるなんて初めてのことで、優愛にはなんてことなさそうに教えながらも、内心では「自分が間違えたら終わり」だと、これまでにないくらい気を張って慎重に慎重を重ねて


無事に終えて肩の荷が下りたと、椅子に座ったまま「んーっ」と両手を天井に向かって伸ばすキアルの横で、オルレンはくすくすと笑う。


「明日はなにを?」

「ん?今日の復習してもらって、あとは・・・・・・なんかあったか?」

「いえ。では、すぐに終わりそうですね」

「だな。助かったと言えば助かった・・・・・・・・・でもな」


伸ばしたままの手を見上げて、ふっとキアルは顔を曇らせる。


優愛はオルレンが言っていた通り覚えが早く、すぐに作法を直すことができた


それも


「・・・・・・・・彼女の記憶があるからだろーな」

「・・・・・・・・・ええ」


キアルの呟きに、オルレンも眉を顰める。


『篠崎 優愛』のなかにある『ゆあ』の記憶


その記憶があるからこそ、優愛はこの国の作法も学問も、さほど苦労せずに身に付けることができている。


オルレンはそう考え、キアルにもそれを伝えていた。


キアルは半信半疑だったけれど、実際の優愛を目の当たりにすると・・・・・・・・


「たしかに『彼女』と優愛は、同一人物、だな」

「ええ。間違いないと思いますよ」


優愛がキアルに行った礼は、「王宮にいる以上、作法は覚えて欲しい」と先代国王に言われ『ゆあ』が必死で覚えていた礼


この国に召喚されてきた『女神の祝福を受ける者』のために存在する『エツィールド公爵家』


いつの日か『シスツィーア・エツィールド』と名乗らせようと、先代国王は『ゆあ』に言わずに公爵家の作法を身に付けさせたのだ。


そのとき必死で覚えていた『ゆあ』と、先日の『優愛』の動きはまったく同じ


オルレンから見せてもらった優愛の筆跡も、まだ硬くはあるものの『ゆあ』と酷似しているし、サラを庇ったときのように他者の失態を追求することなく、できるだけことを穏便に治めようとする姿勢も、キアルが『ゆあ』と優愛は同一人物だと感じるには十分だった。


「・・・・・・・・・覚えてはいないんだよな」

「ええ。『はじめまして』と言われました」


残念そうなオルレンに苦笑するけれど、キアルも優愛に『はじめまして』と言われた時に戸惑ったのだから、人のことは言えない。


シスツィーアが言ったように、ツラい記憶がなくて良かったなとキアルも思う。


レオリードもアランもかつての過ちを繰り返さないようにと、優愛を思いやり大切にし、傷つくことがないように目を光らせていることも納得できるし協力もする。


それでも


「なんつーか、複雑だな」

「キアル?」

「や、彼女に関しては、オレがなにか言える立場ではないけどさ」


伸ばした手を下ろし、キアルは頬杖をつく




『優愛の礼儀作法の講師を、カーマイト夫人に頼みたい』



つい先日レオリードに頼まれるまで、キアルとレオリードは仲たがいしていた。もともとキアルはレオリードの従兄弟であり、友人でもある側近の護衛騎士だったのだが、公式の場では挨拶を交わすけれど、私的な会話や交流を一切しなくなったのだ。


そして、その原因となったのはシスツィーアのなかにいた『ゆあ』。


シスツィーアと『ゆあ』のおかげで、アランは『魔力過多』から逃れ、生きて成長できたけれど、シスツィーアと『ゆあ』は人生を狂わされた。


そしてふたりの人生を狂わせたのは、レオリードがアランを救うために行った『おまじない』


本来であればアランの多すぎる魔力はレオリードへと流れるはずだったのに、なぜか異世界の『篠崎 優愛』へと流れ、そしてシスツィーアの身体に『彼女』の意識が憑依するきっかけとなったのだ。



王族内で解決すべきことなのに、まったく無関係な『ゆあ』と、護るべき国民である『シスツィーア』にその代償を支払わせたと、レオリードに『おまじない』を教えた者はその歪みを正そうとし、シスツィーアもそれに同意したのだが、その結果もシスツィーアたちにさらに過酷な人生を歩ませることとなり


『恩を仇で返すしかできない』状態だった。


それはキアルはもちろんのこと、すべてを知る者たちの心に深く暗い影を落とし、そしてレオリードは『自分が原因だから』と、シスツィーアへの想いを封じ側で支えることを選んだ。



『はぁ!?何言ってんだ!?正気かよ!?』



もちろん、キアルは反対した。


レオリードの行った『おまじない』が原因だとしても、当時はまだ7歳で大人たちの思惑があってのこと。


シスツィーアへの申し訳なさややるせなさはあっても、レオリードの責任ではないと言い切れる。



『自分を追い詰めるようなこと、何で決めたんだよ!?』



思いとどまらせようと説得したのだが、キアルがレオリードから打ち明けられたのはすべての手配が終わってからで、先代国王の許可もあり、シスツィーアも受け入れているとあれば反対しても意味はなかった。



けれど、キアルが危惧した通りレオリードは日を追うごとに、罪の重さや大きさに耐えられなくなって



『シスツィーア』のなかから『ゆあ』が去ったとき、キアルはすべてを清算してくれた『ゆあ』へ複雑な思いを持ちながらも安堵した。



『すべての歪みが正された』と



これで良かったのだと、無理やり自分を納得させた。



けれど『ゆあ』が去ったあとのレオリードは、それまで以上に見ていられなくて


(彼女にぜんぶ背負わせたくせに、やり方が気に入らないって難癖付けて、カッコ悪いことしたってことくらい分かってるんだけどさ)


自分のなかにあった罪悪感を誤魔化して、自分勝手なことをした『ゆあ』への怒りへと変えて、彼女を非難した。


「・・・・・・・・・・・・彼女の決断、理解できないわけじゃなかったんだ」


受け入れてしまえば、罪悪感で押し潰されそうだったのだと、だから彼女にすべての泥を被せるかのように非難した。


そして、レオリードとの間に埋めがたい亀裂を入れてしまった


あのときは自分も若く、受け入れられなかったのだと今なら分かる。


ため息を吐きながら、キアルは机に突っ伏して


「優愛にしたって・・・・・・こっちの都合で振り回すって・・・・・・・申し訳ないしさ」

「ええ・・・・・・・・・・そうですね」


オルレンも静かに同意する。


こから先、この国が存続できるかは『優愛』にかかっていて、キアルにできること言えば、優愛がこの国で居心地よく過ごせるようにすることだけ


この国の都合で振り回し、利用するだけ利用して恩を返せないと、優愛に対して後ろめたさしかない


「なんで、誰かを犠牲にしないと成り立たない国なんか、作ったんだろうな」


ぽつりと言葉が零れる。


この国の成り立ちを知ってからずっと、この想いだけはキアルから消えなかった。


最後までお読み下さり、ありがとうございます。

すっかり間が空いてしまってすみません。少し体調を崩してしまい、しばらくは不規則な投稿となると思います。(ひとまず、次話は9月2日投稿予定です)

みなさまもどうかご自愛くださいませ。

次話もお楽しみいただければ幸いです。

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