ちぐはぐな作法
顔を上げたさきでは、レオンさんだけでなくキアルさんも目を見開いて固まっていて
(え?)
ちゃんとできてたらなら、 レオンさんは褒めてくれる・・・・・・と思う。
予想外のふたりの反応に、間違えた!?ってわたしも固まってふたりを交互に見返して
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
キアルさんがちらっとレオンさんに視線を向けるけど、レオンさんは気付いてなくて呆然としたまま
仕方なさそうに「はぁ」とため息を吐いて、キアルさんがレオンさんをつつくとはっとして
「優愛・・・・・・・・・その、いまの礼は・・・・・・」
珍しく掠れたレオンさんの声
なんだか悪いことしてないのに、叱られるときみたいにドキドキして
「えっと、教わった通りにしたつもりですけど・・・・・・・・?」
「いや・・・・・・・だが、その礼は・・・・・・公爵家の」
「なぁ?その礼のやり方って、サラが教えたんだよな?」
「はい」
「サラ」ってキアルさんから自然に出てきて、サラ先生の旦那さんだって今更気付く。
それなら、サーリアちゃんとカイゼくんはサラ先生のお子さんたちだ。
少しだけ親近感がわいてサーリアちゃんたちに視線を向けると、ふたりはお話の邪魔をしちゃいけないって分かっているのか、この妙な雰囲気のせいか大人しくしている。
(サラ先生のこともお礼言った方が良いんだろうけど、そんな雰囲気じゃないし)
「お世話になってます」くらいは言いたいけれど、レオンさんはなんだか考え込んでいるし、キアルさんははっきりと顔を顰めている。
「サラはなんて言ってたんだ?」
「え?えっと、わたしはこの国に知り合いもいないし後ろ盾もないから、王族と対等よりも公爵家と同格って考えてた方が、余計な軋轢もなくて良いだろうって・・・・・・・・あの、作法間違ってましたか?」
「や、礼の自体は間違ってない。まだ始めてひと月も経ってないだろ。上出来だ」
「ああ・・・・・・・・・洗練された動きに、思わず見惚れそうになった」
キアルさんはさらに深く眉を顰めつつもちゃんと褒めてくれたし、レオンさんも微笑みながら、さらっと恥ずかしくなるようなことを言ってくれた。
いつもなら、わたしもかぁぁって顔が赤くなるところだけど、今日はさすがにそんなことはなく
(レオンさんたちが固まったのって、わたしが公爵家としての礼をしたからだよね?)
ふたりの会話から、「公爵家」として振る舞ったことが問題なんだって理解できた。
(だけど、それならなんでサラ先生はわたしに、公爵家と同等って言ったんだろう?)
もやもやした思いはとまることなく、わたしまで眉を顰めたくなって
「あの、」
「なぁ、優愛は俺の礼の動きの意味って分かったか?」
「礼の意味・・・・・・ですか?」
(そう言えば、男性の礼って初めて見たかも)
サラ先生がお手本を見せてくれるのは、当然だけど女性の作法
男性の作法とか、教えられた覚えはない
「えっと・・・・・・・・・・ありません」
「そっか。俺は王族に対する最敬礼で優愛に挨拶したんだ」
「え!?」
「アランは君を「王族と同格として扱う」と明言している。カーマイト夫人にもそのつもりで、作法を教えるように頼んだんだが・・・・・・・・」
言われてみれば、たしかにキアルさんの礼は深く腰を落として、頭もしっかりと下げてくれていた。
王族に対する礼に対して、公爵家の礼で返す
そんなのちぐはぐしておかしいことくらい、すぐにわかる
(だからレオンさんたちが戸惑ったんだ)
理由が分かってほっとするけれど、サラ先生への不信感みたいなものもでてくるけれど
「わりぃ、優愛。サラはもしかしたら知らなかったかもしれない」
「え?」
「アイツ、俺と婚姻結んだから公爵家に入ったんだけど、もとは伯爵家出身なんだ。下位の者にとって、爵位が上の者からの作法は同じだから、そこまで違うとは思ってなかったかもしれない」
王族から貴族たちへの礼は、公爵家から下の貴族たちへの礼とは違っている
(そんなこと・・・・・・・あるのかな?)
わたしの疑問は顔に出たのか、キアルさんは
「違うって言っても、大きな違いはなくて、んー。なんて言ったら良いんだ?」
キアルさんがレオンさんに助けを求めると、レオンさんは少し考えたあと
「王族は、国王以外、公的な場所で他の者に頭を下げることはない。優愛はさっき、腰を落としたときに頭も下げただろう?女性王族は頭をさげずに、視線だけ少し落とすんだ」
「そうそう!見た感じあんま違いはないけどな!」
また難易度が上がった気がして、それはそれで頭が痛くなりそうになる。
「えっと、キアルさんはどうしてそんなこと知ってるんですか?」
「え?あー、オレは王位継承権一応持ってるから、王族と公爵家両方の振る舞い方覚えさせられたんだよ」
「そうなんですね」
ふたりがわたしの作法の違いに気付けた理由が分かって、一応納得はできたけど
「だが、知らなかったでは済まされない。今日はキアルだったから良かったものの、これが他の貴族や他国の使者、王族だったら外交問題にも」
「外交!?」
驚いた声をあげると、レオンさんははっとして
「いや。例え話だ。優愛が望まないなら、他国の者と会わせるつもりはない」
慌てながらもきっぱり言い切ってもらって、ほーっと肩から力が抜ける。
だけど、キアルさんの続く言葉には、またげんなりとして
「けど、レオンの言う通り、国内貴族はそうはいかないよな。学園に通うんだろ?あの年頃の女性はえげつないし・・・・・・・・そーいや、メイド長はなんて言ってるんだ?」
「メイド長?」
「会ったことないのかよ?」
「はい」
キアルさんはまた驚いた顔をするけれど、レオンさんは知っていたのか
「メイド長へは、優愛がもう少しここでの生活に慣れてから会う方が良いだろうと俺が指示した。だが、それが弊害となった可能性はあるな・・・・・・・・少し、状況を確認しておく」
「それが良いかもな。作法に関しては、オレからもサラに言っとく」
レオンさんたちの話に区切りがついたのか、サーリアちゃんたちはほっとしたようにキアルさんの近くに寄ってきて
「あ!キアルさん、サラ先生にはお世話になってます」
「は?あ、ああ」
日本でしていたようにお辞儀してお礼を言う
キアルさんは面食らったように両目をしぱしぱさせて
「サーリアちゃん、カイゼくん。お母さんにはお世話になってます」
ふたりと視線を合わせるようにしゃがんで笑いかけると、ふたりはきょとんとしたあとに嬉しそうに笑ってくれて
「あー、なんか、迷惑かけてんのに気を使わせて、悪いな」
少しほっとしたようにキアルさんが笑って、どう返して良いのか分からないけど
「サラが教えたんだ。社交界でも優愛に迷惑がかかることがないように、オレも手を尽くす。安心してくれ」
「えっと、よろしくお願いします」
サラ先生が間違えていたら、キアルさんがどうにかしてくれる
そのことは、信用できる気がした。
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次話は8月1日投稿予定です。
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