子どものお庭と
「こんにちは、優愛」
レオンさんは昨日言っていた通りに、少し早めにやって来た。
今日はこれからお出かけするからって、レオンさんは部屋のなかに入ってくることなく扉の外で待っていて、わたしはドレスの裾を踏まないように気を付けて慎重に歩いて
「えっと、どうですか?」
似合うと自分では思うけれど、着慣れないドレス姿はやっぱり恥ずかしくて、レオンさんを見上げてぎこちなく笑う。
「ああ、今日のドレスも良く似合ってる」
「ありがとうございます」
この間もドレス姿を褒めてもらったし、わたしもそつなくお返事できたと思ったけれど
「本当に、似合っている」
蕩けるような甘い笑みが近づいたかと思うと、耳元で囁くように言われて
(やっぱり、慣れない!)
顔が一気に赤くなって、心臓がドキドキ鳴って、恥ずかしくて俯く。
「優愛?」
「な、何でもありません!えっと、行きましょう?」
レオンさんと顔を会わせられなくて伏せがちになって言うと、すっと手を差し出される。
「エスコートさせてくれ」
「あ、ありがとうございます」
今日の靴はヒールがあるから、歩くのもいつもより慎重になるけど、それよりも
(えっと、しっかり掴まるんじゃなくて、そっと手だけ添えて)
サラ先生に教わった、エスコートされる側の注意点
「男性の腕に、そっと添えるように手をおいて、決してしがみついたりしないようになさってくださいね」
しがみついてしまうと男性も歩きにくいし、なにより「はしたない!」って言われてしまう
レオンさんの腕に手を添えて、しがみ付くことがないように
(背筋も、ちゃんと伸ばして)
テレビで見たモデルさんを思い出しながら、足元が気になっても視線は前を向いて
「優愛、もっとしっかり掴まって欲しい」
「す、すみません!」
「いや。慣れない靴で大変だろう?俺のことなら気にすることはない」
ぎこちない歩き方を心配してくれて、申し訳なく思いながらも、さっきよりぎゅっと腕につかまらせてもらって歩く。
「えっと、どこへ行くんですか?」
「ああ、俺やアランが子どもの頃に遊んでいた庭だ。もうすぐ見える・・・・・・ああ、あそこだ」
「え?」
案内してもらったお庭は一面に芝生が敷かれていて、わたしの部屋のお庭より広いけれど、こじんまりした公園って雰囲気のところ
真ん中に小さな噴水と、植木で動物の形を作ってあって
「これ、猫ですか?」
「そうだ。こっちは犬で、こっちはウサギ」
「きゃあ!可愛い!」
「これは、ああ、ワッツだな」
「ワッツ?」
鷲が翼を広げて飛び立とうとしている
そんなふうに見えるけど
「ああ。狩りに使う大型の鳥だ。普段の気性は穏やかなんだが、獲物が目に入ると仕留めるまで攻撃の手を緩めないんだ」
「そうなんですね」
日本の鷲もそんな感じだったよね?って、思わず手を伸ばして頭を撫でるように木を触る
(他にもに、日本と同じようなものあるかな?)
犬や猫、ウサギは日本とほぼ変わらないみたいだし、似たものがあるって分かっただけでほっとして
だけど、レオンさんはわたしがワッツに興味を持ったと思ったのか、意外そうな顔をして
「騎士団に数羽いたはずだ。今度は本物を見せよう」
「ありがとうございます。楽しみです」
違うけれど、訂正することなく笑って頷いた。
噴水は子どもが水遊びできるように浅くて、手を伸ばしてみるとすぐに底に手が届いて
それに底も石じゃなくて柔らかな素材で作られていて、怪我の心配のない安全仕様
「レオンさんも泳いだりしたんですか?」
「さすがにここでは泳ぐことはなかったが、夏の避暑地にある湖で泳いだな」
「そうなんですね」
お水も濁りのない綺麗な透明で、冷たいのに冷たすぎなくて、いつまでも触っていたくなるけれど、適当なところで切り上げて
次に噴水の向こう側を案内されて、そこには大きな樹が向かい合うように二本植えられている。
「いまは幼い子がいないから外してあるが、この木とこの木の間にロープを通すとブランコになるんだ。アランと一緒に乗ったり、どちらが高くこげるか競ったな」
「楽しそうですね」
懐かしそうに教えてくれて、わたしもお兄ちゃんとやったなって、懐かしくなって
(久しぶりに、ブランコしたいかも)
うずっとやりたい気持ちで心がうずいて、ちらっとレオンさんを見上げると
「優愛もやってみるか?」
「はい!」
レオンさんが楽しそうに笑いながら尋ねてくれたから、勢い込んで頷いた。
そのさらに奥は少し高台になっていて、休憩できるように屋根付きの小さな四阿みたいな場所にテーブルと椅子、それにお茶とお菓子が用意してあった。
陽ざしはそこまで強くないと思っていたけれど、久しぶりにはしゃいだからかすっかり喉が渇いていて、淹れてもらった冷たいお茶が美味しくて
さぁっと吹く風が心地よくて
噴水から流れる水音も、高台から見えるこどものお庭も可愛らしくて
久しぶりに心が軽くなって、レオンさんの気遣いが嬉しくて
「今日はありがとうございました。すごく楽しいです」
「それなら良かった」
作り笑いではない、自然な笑顔でレオンさんにお礼を言えた。
「あれ?レオン?」
不意に小さな子どもの声が聞こえて、一人の男性が小さな子どもを二人、抱っこしてやって来る。
(誰だろう?)
いまの王族に子どもはいない。だから、ここには誰も来ないってレオンさん言ってたのに
レオンさんを呼び捨てにするくらいだから、親しい人だと思うけれど
レオンさんも男性がここに来たのが意外だったのか、驚いた声をあげている。
「キアル?」
「珍しいな、こんなとこ来るなんて・・・・・・・・って、その子」
近づいてきた男性はわたしに気づくと、抱いていた子どもを下ろして
「もしかして」
「・・・・・・ああ、アランの『召喚の儀式』でこの世界に来てくれた、優愛だ」
レオンさんはいつもより硬い声でわたしを紹介すると
「優愛、彼はキアル。俺の従兄弟にあたる」
「キアル・カーマイトだ。こっちは娘と息子。ふたりともまだ5歳になってないから、挨拶が下手なのは勘弁な」
「はじめまして、サーリア・カーマイトです」
「カイゼです」
キアルさんが礼を取って挨拶してくれると、子どもたちも真似して
サーリアちゃんはカーテシーみたいなお辞儀で、弟のカイゼくんはキアルさんを真似するように、ぴょこんと頭を下げて可愛らしく挨拶してくれて、
「はじめまして、篠崎 優愛と申します」
わたしも覚えたての礼を取って、三人に挨拶する。
「カーマイト」はこの国の公爵家
失礼があってはいけないから、所作が優雅に見えるように指先まで気を付けて
深く腰を落としたけれど、重心もちゃんと取れていたから身体がぐらつくこともなく
(うん。上手くできた)
ヒールのある靴でも、ちゃんと練習の成果が出てほっとして
ゆっくりと姿勢を戻す
きっと、大丈夫って
そう思って、レオンさんたちに笑顔を向けたけれど・・・・・・・・・
最後までお読みいただき、ありがとうございます
次話は7月29日投稿予定です。
お楽しみいただけると幸いです。




