信じるしかないこと
「ルリさんは、シスツィーアさんの記憶喪失のこと、知ってたんですか?」
翌日、ルリさんがやって来るとすぐに尋ねた。
ルリさんは昨日の一件を聞いているのか、いつもより硬い表情をしていたし目も伏せがちで
「・・・・・・・・はい。王宮にいる者で、知らない者はおりません」
「どうして、教えてくれなかったんですか?」
「・・・・・・・・申し訳ありません。その、シスツィーアさまの個人的なことですので、わざわざ優愛さまにお教えする必要はないかと」
ルリさんにおずおずと言われて、わたしも「たしかに」って思って口を噤む。
(たしかに、個人的なことだし、デリケートなことだし)
シスツィーアさんとは親しいわけでもないし、本人が教えてくれたならまだしも、ルリさんたちが教えてくれるのは違う気がする
だけど、どうしても心のなかのもやもやが晴れなくて
(きっと、昨日のメイドさんが、シスツィーアさんの悪口みたいに言ったから・・・・・・・だよね)
あのメイドさんが、なんであんな言い方をしたのかは分からないけれど、わたしが怒って当然って思ってた理由を、昨日の夜、ベッドのなかでずっと考えてた。
わたしがこの国に必要だから召喚されたって、メイドさんたちはきっと知っている。
だから、わたしが「陛下と結婚したいって言ったら」だなんて、八つ当たりで言ったことなのに本気にした。
わたしが機嫌を損ねて、協力しないって言ったら困るから
(実際、引きこもりしちゃったしね)
またあんなことになったら困るって、それであのメイドさんが、シスツィーアさんを貶すようなことを言ったとしたら?
(怖い・・・・・・・・・・)
わたしが何気なく言った言葉でも、思わず口走ってしまったことでも
メイドさんたちは本気で受け取って、わたしが気持ちよく過ごせるように手を尽くす
(わたしがシスツィーアさんと陛下を引き離してって言ったら、どうなってたの?)
シスツィーアさんを王宮にいられなくする
そんなことを平気でされたら?
現実的な考えじゃないし、シスツィーアさんのことは陛下が護るだろうし、あり得ないって思うのに、メイドさんたちが平気で何かしそうな、そんな考えは消えなくて
(わたしの言葉で、取り返しのつかないことになったら?)
あのメイドさんが、シスツィーアさんのこと悪く言ったのも本心じゃなくて、わたしにへそ曲げられると困るから、わたしのご機嫌を取ろうと必死になって言ってしまったとしたら?
言いたくないことを言わせてしまったのに、聞きたくないことを聞いてしまったからって、メイドさんを怒ってしまったことになる
(あのメイドさん、どうなったんだろう?)
わたしを怒らせたからって、罰を受けたりしないよね?
そう考えたら怖くて、迂闊なことは言えなくて
(誰を信じて良いのか・・・・・・・・・分からない・・・・・・・)
「優愛さま?」
はっとして顔を上げると、ルリさんが心配そうにわたしを見つめている。
(大丈夫・・・・・・・・・)
ルリさんは、シスツィーアさんのプライベートなことだからって、わたしに話すことはしなかった。
それなら、昨日のメイドさんが少し暴走していただけ
あのメイドさんがどうなったのか、聞くのが怖いけど
「・・・・・・・・・・」
ルリさんは怪訝そうな顔をしながらも、それ以上は何も言わずに黙っている。
重苦しい沈黙が流れて、やっとの思いで口を開いて
「・・・・・・・・・昨日のことですけど」
「はい。大まかなことは聞いております」
ルリさんは顔を曇らせて、少し顔を伏せる。
わたしも掠れた声で
「・・・・・・・・シスツィーアさんと陛下の仲を裂こうとか、考えてないです」
「はい。昨日は、あの者が失礼を致しました」
「・・・・・・・・ルリさんに謝ってもらうことでも、ないです」
深々と頭を下げられても、心のなかが重くなるだけで
「あのメイドさんは、どうなりますか?」
「優愛さまにご不快な思いをさせてしまったこと。シスツィーアさまのことを貶める発言。お仕えする自覚が足りないと、なんらかの処分が」
「望んで!ない・・・・・・・・です」
「え?」
ルリさんの言葉を聞いた瞬間、思わず叫んでいた
「処分とか・・・・・・・・して欲しくない、です」
「優愛さま、それは」
あのメイドさんになんらかかの処罰があるって聞いた瞬間、さあーって身体が冷たくなって、がくがく震えそうになるけれど
「誰かを貶めるようなこと・・・・・・・・・もう、言わないでいてくれるなら、それでいいです」
「・・・・・・・・・かしこまりました」
ルリさんの言葉に、ほっと力が抜ける。
「わたくしの一存で決めることはできかねますが、上の者に優愛さまのお言葉をお伝えいたします」
「上の者?」
「はい。わたくしたちメイドの責任者はメイド長ですわ。わたくしは優愛さま付きではありますが」
言われてみれば、たしかに責任者が他にもいて不思議じゃない
(メイド長・・・・・・)
会ったことないし、どんな人かもわからないけれど
「わかりました。よろしくお願いします」
「かしこまりました」
ルリさんを信じるしかなくて、お願いするしかできなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます
投稿が遅くなり、申し訳ありません
次話は7月25日投稿予定です。
お楽しみいただけると幸いです。




