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知らなかった事実

「優愛さま、少しお休みください」


オルレン先生の課題をやり始めてしばらくしたころ、メイドさんがお茶を淹れてくれる。


時計を見ると、まだ1時間ちょっとしか経ってなくて


(お茶の時間には少し早いけど、せっかくだし)


断るのも申し訳ないし、出された課題でこんがらがった頭のなかをすっきりさせたい気持ちもある。


「ありがとうございます。いただきます」


ノートを閉じて隅に寄せて、テーブルの上を片付ける。


今日はルリさんがお休みで、そんな日はほかの人が交代でお世話してくれるんだけど


(あれ?この人)


にこにこと愛想よく笑って、いそいそとテーブルにお茶とお菓子を並べてくれるのは


(陛下に会ったときに、メイクしてくれた人?)


陛下に会った日に支度してくれたメイドさんたちは、ルリさんに叱られたのか、あれから直接お世話されることはなくなったのに、いまお茶を淹れてくれたのは、あのときのメイドさん


(お部屋のお掃除とかしてくれてたはずだけど)


ルリさんがお休みで人手が足りないのか、お許しが出たのかもしれない


(ま、いっか)


お世話してもらうのに文句は言えない


陛下と会うからって、この人たちも張り切ってくれただけで、悪意があったとは思えなかったし、これ以上気にする必要はないよね


「いただきます」


お茶をひと口飲んで、クッキーに手を伸ばす。


さっくりとした食感と、バターのふんわりとした香りが口のなかに広がって


「美味しいです」

「良かった。料理人にも伝えておきます」


ほっとしたようにメイドさんが笑い、わたしも「お願いします」と笑って


お茶を飲み終えると、またノートを開いて課題へと意識を戻す。



(うーん。よく分からない・・・・・・・)


オルレン先生に出された課題は、魔道具に関すること


わたしは『魔力』がないから実際に魔道具を使えない。だけど、この国では魔道具なしの生活は考えられないらしく


「こんな魔道具があったらいいな。と思う魔道具はありませんか?優愛さまがいらしたところで、日常的に使われているものでも構いませんよ」


そう言われて、いくつか魔道具を紹介してもらって、どんな風に使うのかも見せてもらった。


(ようするに、魔道具って家電製品なんだよね)


オルレン先生が見せてくれたのは、灯りがともるライトや、髪を乾かすドライヤーみたいなものに、電卓とほぼ同じ計算機。


コピー機もあるって言っていたし、テレビはないけど音楽を流すための魔道具はこの部屋にもある。


(音楽を流せるってことは、録音する機械だってあるだろうし。もしかして、映像を残すものもあるのかな?)


ビデオカメラはなくても、デジカメはあるかもしれない


季節はもうすぐ夏になるのか、外に出ると陽ざしが強くて暑いけれど、室内は快適に過ごせるから、エアコンはあると思う。


この世界になさそうで、わたしが使っていた家電製品


(いざ言われると、思い浮かばない)


そんなことを考えながら、ノートに思いつく限りの家電製品を書きだす





(こんなところかな?)


スマホとタブレット、パソコンにプリンター。あといくつか思いだして、それぞれの使い方も書きだして


「・・・・・・・終わった」


これ以上は思いだせなくて、ここまで!って区切る。


んーっと背伸びして、ほーっと息を吐くと


「お疲れさまでした」


さっきのメイドさんが扉の側にいて、にこにこと近寄ってくる。


(居たんだ)


誰もいないと思って背伸びしたのに、恥ずかしくてばつが悪いけど、メイドさんは気にすることなく


「優愛さまは覚えが早く、教えがいがあると先生方が褒めていらっしゃっいましたわ!それなのに努力を怠ることもなく、課題にも真剣に取り組んでらして、本当に素晴らしいですわ」

「そんなことないですよ」


わたしの勉強する姿をずっと見ていたのか、笑って褒めてくれるけど


(なんか・・・・・・わざとらしいと言うか・・・・・・・)


気を使ってくれているのが伝わって、嬉しいよりも苦笑いしか出てこない。


「まぁ!ご謙遜なさらないでくださいませ。優愛さまは本当に慎み深い方ですのね。わたくしたちメイドにも、丁寧に接してくださりますし、お仕えできて本当に光栄ですわ」


にこりと微笑まれて、なんだかぎこちない笑顔を返すことしかできない。


「えっと・・・・・・親切にしてもらって、わたしこそ助かってますよ」

「ありがとう存じます」


お礼を言ったことで気をよくしたのか、メイドさんは笑みを深め


「シスツィーアさまもずいぶんと努力されたそうですが、優愛さまほど覚えが良くなかったと。こう言ってはなんですが、教える先生方はご苦労なさったと伺っております。やはり、もともとの素質というものがありますのね」

「どういう意味ですか?」


(なんで、急にシスツィーアさんが出てくるの?)


シスツィーアさんの名前を出されたことに、なんだか胸がざわっとして


シスツィーアさんはこの世界の人だから、文字とか作法とか、幼いころから教えられるはず


まだ小さな子どもだったら、お勉強より遊ぶ方を優先したっておかしくない


それなのに、そんなこと言うなんて


(なに?どういうこと?)


メイドさんの口振りも、シスツィーアさんに好意的には聞こえないし、それがますます嫌な感じがして、心臓がドクッと鳴る。


メイドさんはわたしの様子に、きょとんとした顔をして


「優愛さまは、ご存じではありませんでしたの?シスツィーアさまはある日意識を失われ、目覚めたときには、それまでの記憶を失っていたそうですわ」

「え?」

「作法も文字も、それまでのすべてのことを覚えておらず、話し方も幼い子どもに戻ったようだったと。それでも、一度は覚えたことですもの。すぐに思いだせるはずだと、一流の教師陣をつけてお勉強されたそうですが、あまり芳しくなかったとか」


ぱちぱちと目を瞬かせながらも、そっと手を頬に当てて、少し小馬鹿にする声で


「それだけでなく、シスツィーアさまは長く王宮でお暮しですのに、いまだ礼儀作法が覚束ないと伺っておりますわ。陛下のご寵愛深いとはいえ、もう少しここでの作法を身に付ける努力をして」

「聞きたくないです」


メイドさんの言葉を遮ると、メイドさんは「え?」と両目を見開いて


「記憶を失って、ただでさえ大変な想いをした人を貶すようなこと、聞きたくないです」


お腹の底が固くなって、すーっと頭のなかが冷静になる。


ふつふつと、目の前にいるメイドさんに怒りが湧いて


「ゆ、優愛さま?優愛さまも、先日シスツィーアさまに仰っていたではありませんか」

「なにをですか?」

「レオリード殿下ではなく、お相手は陛下がよろしいと」


少し慌てた様子のメイドさんに、「はぁ!?」と思わず素の声が出る


「優愛さまのお怒りはごもっともですわ!レオリード殿下は素晴らしいお方ですが、それでも本来であれば、未婚の国王陛下が優愛さまのお相手となるべきですもの!ですから、優愛さまは塞ぎこんでらしたのでしょう!?それでもレオリード殿下やわたくしたちのために怒りを堪えて、この国に馴染もうと努力なさって」

「っ!それは!」

「ですから、わたくし」


(なにそれ!?)


この間、シスツィーアさんに言った言葉



『どうせ結婚するなら、わたしを呼びつけた陛下が良い』



(よーっく覚えてる!)


夜にときどき思い出しては「なんであんなこと言ったんだろう!?」って恥ずかしくて、ベッドのなかでバタバタ足を動かしたりしてる。



だけど


(あれって、たんに八つ当たりしたんだけど!?)


わたしのこと無視して、勝手なこと言う陛下に怒りが湧いて、陛下が大切にしてるシスツィーアさんにもムカついて、つい言ってしまった言葉


だけど、たんなる八つ当たりの言葉を、メイドさんたちはわたしの本心だと思った


(って、なんで前後の会話から分からないの!?)


会話全部聞いてたら、八つ当たりだって分からない!?


そこだけ切り取って、シスツィーアさんのことを悪く言うなんて、それだけでおかしいと思うけれど


(どうせなら、陛下が傷つけば良いのよ)


わたしを呼び寄せた張本人


陛下の顔を思い出すと、ムカッとして憎たらしいとさえ思える。


「とにかく、わたし、陛下と結婚するつもりありませんから」

「優愛さま、それはシスツィーアさまがいらっしゃ」

「シスツィーアさんがいなくても、身を引いてもらっても、です」


きっぱりと言い切る


「それに、記憶を失くして大変だったのに、また、覚え直すために努力した人を貶すようなこと言うなんて、最低です。比べて褒められても、嬉しくありません」

「っ!」


メイドさんが傷ついたような顔をする。


「愛し合ってる人たちを引き裂くような真似も、したくありません。そんな酷いことしたら、わたし、悪女じゃないですか」


メイドさんの大きく見開かれた目が、潤んできて


「もう、この話は終わりです。二度としないで」


自分でも驚くくらい冷たい声で、メイドさんとしっかり視線を合わせて言った

最後までお読みいただき、ありがとうございます

次話は7月20日投稿予定です。

お楽しみいただけると幸いです。

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