礼儀作法
「では、先週のおさらいから致しましょう」
「はい」
サラ先生に言われて、お部屋の隅に移動して反対側に置いてある椅子へと向かって
(えっと、この線をはみ出ないように)
床に敷いてある白い線から大きくブレないように、緊張しながらゆっくりとまっすぐ歩く
モデルさんみたいに背筋をピンと伸ばして、重心がぐらつかないように気を付けて
(もう少し)
そして、サラ先生の前を通り過ぎて、誰も座っていない椅子の前で、優雅な動きで腰を落として礼を取る
「・・・・・・・・・・」
じっと厳しい目でわたしの動きを見つめるサラ先生に、心臓がドキドキなるけれど、顔には出さずにじっとそのまま
(えっと、だいたい10秒くらいしたら顔を上げて)
ゆっくり10秒心のなかで数えて、よろけたりしないように気を付けて顔を上げる。
「本日は陛下のご尊顔を拝しましたこと、光栄に存じます。篠崎 優愛と申します」
相手に不快な思いをさせない、控えめな笑みを浮かべて
そのまま姿勢を崩さずに椅子を見つめて、少し時間が過ぎると
「素晴らしいですわ!」
ふわっと雰囲気が緩んで、サラ先生とルリさんが拍手してくれる
ほーっと肩から力が抜けて
(良かった!)
思わず手を叩きたくなるけれど、それはぐっと堪えて両手を胸の前で組む
礼儀作法のお勉強は、自分より身分が上の人や同じ身分の人への挨拶の仕方、下の身分の人からの挨拶の受け方の説明からはじまった。
「国王陛下へのご挨拶の仕方は一番重要ですから、最初に覚えましょう」
サラ先生に言われて、最初の週は徹底してそれを覚えさせられた。
「まだぎこちないですけれど、この短期間によくここまで!素晴らしいですわ!」
「ええ!毎日熱心に練習されていましたもの!」
サラ先生とルリさんが顔を見合わせて、にこにこと嬉しそうに笑い合っている
それを見て、わたしも心からほっとして
「えっと、どこかおかしなところは」
「動きはまだぎこちないですけれど、おかしなところはございませんわ。次は王族へのご挨拶の仕方、それと挨拶の受け方を覚えていきましょう。優愛さまのご身分を考えると、挨拶を受ける方が多いですから」
この世界では、身分が下の者から上の者へは声を掛けてはいけないけれど、夜会などの正式な社交の場では、身分の下の者が上の者へ礼を取り、上の者がそれに応えることになる。
(ここがややこしいんだよね)
下の身分の人から声を掛けてはいけないのに、挨拶は下の身分からしなくちゃいけない
(ビジネスマナーと言えば、そんなものかもしれないけど)
礼を取って「挨拶を許可」してもらうまで待たないといけないし、こんな姿勢を長時間するなんて、考えただけで気が滅入ってしまうし、「暗黙の了解」的なものも出てきそう
ほっとしたのも束の間で、すぐにげんなりとしてしまいそうになるけれど
「では、今週は王族の方への挨拶の仕方と、下位の者からの挨拶の受け方ですわね」
「ええ。王族の方への礼の取り方は陛下とそう変わらないですから、問題ないでしょう。公爵家への挨拶の仕方は最後で良いわ」
「身分が上の人から覚えなくて良いんですか?」
ルリさんとサラ先生がにこにこしながらお勉強の計画を立てるのを聞いて、陛下、王族と覚えたら、次は公爵家じゃないの?と思って首を傾げると
「同格の者への挨拶の仕方は、実は一番簡単なのですよ」
「ええ。多少作法が間違っていても、「微笑ましい」と好意的に見てもらえますもの」
身分が上の人に間違った礼を取ってしまうと「侮辱する気か!?」と相手を怒らせてしまうし、下の身分の人への受け方を間違えては、「挨拶もまともに出来ないのね」と侮られてしまう
その点、同じ爵位の者同士だと、最初は大目に見てもらえるらしい
(そう言えば、「公爵家と同格と考えましょう」って言われたっけ)
わたしは一応王族と対等の立場ではあるけれど、この世界に知り合いも後ろ盾もいないから、余計な軋轢を避けるために公爵家と同格と考えた方が無難って、最初の授業でサラ先生に説明されたことを思い出す。
(身分社会だし、どう振る舞えば正しいか分からないから「お任せします」って言ったんだった)
余計な揉めごと起こして面倒なことになりたくなかったし、ルリさんも「サラ先生の仰る通りがよろしいかと」って言ってたしね。
大目に見てもらえるならその方が良いし、内心でほっとしたけれど
「ですが、揚げ足を取られないように最初からしっかり覚えましょう」
「優愛さまなら、大丈夫ですわ」
「・・・・・・・・・はい」
さっきとは反対なことをにこにこと言われて、安心するどころかプレッシャーを感じるしかない。
そううまくは行かないから仕方ないけれど
「そのあとに、お茶会のやり方ですわね」
(お茶会!?)
レオンさんとのお茶の時間とは違ったニュアンスに、思わず警戒してしまうと
「ええ。貴族令嬢は幼いころよりお茶会を通じて交流を深めていきます。学園に通うようになれば、優愛さまもご招待を受けるでしょうし、お茶会を催すこともでてきますわ」
「えっと・・・・・・・・・・・・・」
(貴族の令嬢が集まる・・・・・・・・)
想像して出てくるのは、クラスのなかにいるちょっと怖めの子たち
(意地悪っていうか、人の間違いをクスクス笑ったり・・・・・・・・プライド高い人たちみたいな)
仲良しって思ってても陰で悪口言ってたり、わざと貶すようなことを言って相手が傷つくのを楽しむような、性格悪いなぁって思う子たちが思い浮かぶ
それに、響きからプライド高そうだし、少しでも間違えたら仕返しされそうで
(関わりたくない・・・・・・・・・)
わたしの不安が顔に出ていたのか、ルリさんが安心させるように笑って
「優愛さまがお茶会を開催されるときは、わたくしたちにお任せくださいませ。優愛さまの落ち度となるようなことはいたしませんわ」
「ええ。それに、ここまで短期間で作法を身に付けていらっしゃるのですもの。優愛さまならお茶会へ招かれても大丈夫ですわ」
サラ先生もそう言ってくれるけれど、心の奥がずっしりと重くなるのは止められなくて
「えっと・・・・・・・・よろしくお願いします」
だけど、そんなことは言えなくて、ぎこちなく笑うことしかできなかった。
最後までお読み下さり、ありがとうございます。
次話は7月17日の投稿予定です。
お楽しみいただければ幸いです。




