とまらない言葉
陛下と会ってから、一週間近くたった日
ずっと誰とも会わずに部屋に引きこもっていたら、シスツィーアさんが訪ねてきた。
「急に訪ねてごめんなさい。少し良いかしら?」
そうドア越しに言われて、扉を開けるつもりはなかったのに、扉を開けてシスツィーアさんを部屋に入れてしまった。
「なんの用ですか?」
「少しだけ、付き合ってくれる?」
ふわっと微笑まれて、断ろうとしたけど手を引っ張られて外に出る。
「あの!服!」
「わたしと優愛しかいないのよ?誰も気にしないわ。それとも、優愛はドレスを着たい?」
引きこもっているとは言え、ここは自分の家でも自分の部屋でもないから、毎日シャワーは使っていたし、夜はパジャマに着替えて、朝から身支度を整えて制服に着替えて、身だしなみは整えていた。
(急に部屋に入ってきたときに、嫌な顔されたくなかったし)
引きこもっていても「シーツを替えますね」とか、「タオルを取り替えますわ」とか、メイドさんが1日に1回は出入りするし、そのときも制服姿のわたしを見て、微妙な顔をしていた。
シスツィーアさんは笑顔のままわたしを見て
「わたしもドレスじゃなくてワンピースよ?優愛は気にするかしら」
「しません!」
そう言われてみれば、この間の謁見のときもシスツィーアさんはドレスじゃなかった。
(じゃあ・・・・・あのドレスは?)
陛下に会うから着飾られたと思っていたし、シスツィーアさんが陛下の恋人なら、今だって着替えさせられると思ったのに
よく分からないまま、シスツィーアさんに手を引かれて窓から外に出る。
お庭にはテーブルが置かれ、お茶の用意がしてあった。
「座って」
シスツィーアさんが椅子を引いてくれた椅子に仕方なく座ると、シスツィーアさんは向かい側に座ってお茶を淹れようとしてくれる
「優愛はどんなお茶が好きかしら?」
「・・・・・・・・」
好みを尋ねられても、答えられるほど紅茶を飲んだことはない。
(お母さんが紅茶好きだったけど、お気に入りのしか家には置いてなかったし)
黙っていたら、シスツィーアさんは気にする風でもなく、幾つか置いてあった缶から一つ選んで、茶葉をティーポットへ入れてお湯を注いでいる。
「今日はわたしの好みで淹れるわね」
にこにこと慣れた手つきでお茶を淹れてくれて、差し出されたカップを受け取ると、ふわっと微かに柑橘の香りがして
「気に入ってもらえたかしら?」
「・・・・・はい」
シスツィーアさんの好きなお茶は渋みが少なくて、すっきりとした後味でクセがなくて飲みやすい
それに、不思議と懐かしい感じのする、わたしも好きな味だった。
話したい気分でもないから、ゆっくりお茶を飲む
お菓子も勧められたけど、それは食べる気がしなくて手を付けずに
「この間の話、なんだけど」
お茶を一杯飲み終わるくらいの時間が経ったころ、シスツィーアさんが静かに切り出す。
「急に『婚姻』だなんて言ってごめんなさい。驚いたでしょう?」
「・・・・・はい」
「ごめんね。アラン、けっこうせっかちさんだから。優愛には迷惑だったわね」
困ったようにため息をつきながら、けれど幸せそうにふわっと笑う。
改めて見るシスツィーアさんは、小顔でぱっちりとした水色の瞳と小さな唇。
白っぽい金色の細くて長いふわふわの髪をしていて、外で見るとお日様が髪の毛に溶け込んでいるみたい。
色白ですらっと伸びた手足にほっそりした長い首に、折れそうなくらい華奢な身体
笑うと花が咲いたみたいな可憐な雰囲気の、羨ましくなるくらい綺麗で可愛らしい人。
(愛されてるんだ・・・・・・・・)
たくさんの人から愛されて
だから、こんなに綺麗に笑える
ぼんやりとそんなことを考えていると、シスツィーアさんは静かにカップを置いて
「あのね、アランが言ったこととか抜きにしてね、優愛にはこの世界に慣れて欲しくて・・・・・・・よければ、学園に通ってみない?」
「え・・・・・」
「レオリード殿下も言っていたでしょう?『まずはこの世界を知って欲しい』って。優愛、まだ学生でしょう?だから、どうかなって思ったの」
「でも・・・・・・」
元の世界に帰ることができないから、この世界に慣れないといけない。
シスツィーアさんの言うことは分かる
だけど
心のなかがざわついて、ぎゅっと口を結ぶ
シスツィーアさんはわたしの様子に気が付いていないのか、ふわふわと笑みを浮かべて
「それでね。まずは教師をつけて、少しお勉強するのはどうかしら?急に学園に行っても戸惑うでしょう?少しだけ、この世界の・・・・・・・うーん。常識?を知って欲しいと思ったの。お友達だって、優愛ならすぐにできるわ」
言葉を選びながら、わたしのことを気遣ってくれるのは分かるけれど
(なんだろう?親切心なんだとは思うけど)
「・・・・シスツィーアさんが親切なのは、わたしを利用するためですか?」
「え?」
「みんな、わたしに親切にしてくれるのは、わたしが協力しないって言ったら困るからでしょう?」
「違うわ!」
どうしても、善意からだけで言ってくれているとは思えなくて、シスツィーアさんを真っすぐに見つめる。
シスツィーアさんは慌てた様子で、それでも冷静さを保つように
「優愛に迷惑かけているのはわたしたちよ。あなたが困らないようにするのは当然だわ」
「そうですか?でも、わたしはいま、すっごく、困ってます」
自分でも驚くくらい、声は冷たく響いて
だけど、陛下と恋人同士で
あんなに幸せそうに笑うんだもの、きっと周りからも愛されてる。
この世界で生きていて
なんの不安もなくて
そう思ったら、自分でもわからないくらい言葉がとまらなくて
「わたしが困らないようにって言うなら、元の世界に帰してください」
「ごめんなさい・・・・・・・それは」
シスツィーアさんが顔を伏せるのを、冷ややかに見つめる。
「元の世界なら、わたしは困ることなかった。友だちだって、両親だって、お兄ちゃんだっていたんです」
はっとしてシスツィーアさんは顔を上げたけれど、わたしと視線が合うとまた顔を俯かせる。
「わたしの大切な人たちがいて、きっとわたしの帰りを待っているんです」
わたしは今、この世界に知り合いもいなくて
ひとりぼっちで
来たくなかったのに、言うこと聞かないと生きていけないのに
(それなのに、わたしに親切にして・・・・・・漬け込むような真似して・・・・・・)
この人はこんな想いをしたことないんだろうなって、そう思ったら自分が惨めになって
「な・・・んで・・よんだ・・・の・・・?」
自分の声がか細く響いて、ぐずっと鼻をすする。
「シスツィーアさんは、好きな人と一緒ですよね?なのに、なんでわたしは・・・・・急に結婚とか言われるし、相手だって・・・・・」
「レオリード殿下は、優愛を大切にしてくれるわ」
「それは、利用するためにでしょう?」
「違うわ!レオリード殿下は・・・・・・っ!」
言いかけてシスツィーアさんは口をつぐむ。
「レオンさんは親切にしてくれます。けど、それってわたしとの間にできる子どもが、この国にとって重要だからでしょう?わたし、家族とも引き離されてお別れだって言えなかった。ここには家族もいない。友だちだって、わたしを知ってる人は誰もいないっ!」
自分でも冷静になれなくて、ぽろぽろと涙が流れるけど拭うこともできなくて
「ここを放り出されたら、どうやって生きていけばいいかも、分からない!だったら、あなた達に従うしかないじゃない!」
ドン!
怒りがおさまらなくて、テーブルを力任せに叩く
シスツィーアさんが、ビクッと身体を震わせて
物凄く酷いことを言ってる。
(怖がらせてる)
こんなこと、しちゃだめって分かってる
けど、とまらなくて
「あなた達は、なにも失わないのに!わたしの気持ちわかんないくせに!」
そう、力いっぱい叫んだ。
顔を両手で覆う
涙もとまらないし、ずっと「なんで?」って呟いていると
「優愛」
そっとシスツィーアさんがわたしを抱きしめる。
柔らかな感触と、優しい香り
「レオリード殿下の事、嫌い?」
「親切で、優しい人なのは、分かります。だけど・・・・・・」
「戸惑うのは無理もないわ。だけど、少しでいいの、レオリード殿下のこと」
「わたしのことなのに、勝手なこと言わないで!なんで・・・・わたしのこと、利用、しないで!」
シスツィーアさんの腕を払いのけて、睨みつける。
「だいたい、なんでレオンさんなんですか?」
「それは・・・・・・・」
「レオンさんじゃないといけない理由、あるんですか!?」
「・・・・・そんなこと、ないわ。もし優愛がこの先、誰か好きな人ができたら・・・・・・・相手次第にはなるけど・・・・・・」
シスツィーアさんは顔を曇らせながらも、慎重に言葉を選ぶ
どうしてもレオンさんじゃないといけない理由はない
だったら
「だったら、わたしがレオンさんじゃなくて、陛下が良いって言ったら、あなたはどうするんですか?」
「え・・・・・・」
「どうせ結婚するなら、わたしを呼びつけた陛下が良い。そうわたしが言ったら!」
「・・・・・・アランはこの国の王だもの。あなたが協力してくれるなら、結婚するわ。わたしも受け入れて」
「この国の為に?だったら!レオンさんも王族だから、わたしと結婚するってことですよね!?」
「優愛・・・・・・・」
困ったような、悲しそうな顔
(やめて!わたしが悪いみたいじゃない!)
惨めな思いがわたしの心を支配して
「みんな、わたしに親切にしてくれるのは、わたしを利用するため・・・・利用する罪悪感を少なくするため・・・・・違う!?」
「優愛」
「わたしっ・・・・・・来たく、なかった・・・・」
涙が溢れて止まらなかった
小さな子どもみたいに泣きじゃくる
(冷静になんて話せない)
しゃくりあげながら、しばらくわんわん泣き続けて
「ね、優愛。少しだけでいいの。聞いて」
気が付いたら、シスツィーアさんがまたわたしを抱きしめていた。
「あなたがアランのことを好きになって、一緒になりたいと思うならそうすればいいわ。アランもわたしも受け入れるし、あなたを恨んだり憎んだりしないわ。だけどね。もし、わたし達への嫌がらせでアランと一緒になりたいって言うなら、やめた方が良いわ」
「・・・・・・」
「そんなことしたら、傷つくのはあなただもの。他の人を傷つけたら、あなたは罪悪感で潰れてしまうわ」
「そ・・・・なの・・・・わかん・・・」
「分かるわ。あなたは自分が傷つくより、他人を傷つけるのが嫌でしょう?」
なんで、そんなこと分かるのよ
(わたし、怒ってるの)
幸せな、あなた達が
「優愛はわたしとアランが一緒にいるのが羨ましいだけで、傷つけたいわけじゃないでしょう?」
じわっと、とまりかけた涙がまた溢れてくる。
「そんなに、自分を追い詰めないで?あなたがどんな人か、わたしはよく分かっているわ」
「あった・・・・・・ばっか・・・・・・」
「そうね。けど、ずっと一人で痛みに耐えて静かに泣いて。それでも、周りに気を使っていつも笑顔で。傷つけられても、相手を赦せる人って知ってるわ」
「な・・・・んで・・・・」
「ごめんなさい、ゆあ。あなたを苦しめて。だけど、わたしはあなたが大好きよ」
ぎゅっ
力いっぱい抱きしめられる。
聞きたかったの
なんで?って
どういう意味?って
だけど、抱きしめられて、あったかくって
眠くなって
あたまがぼんやりして
また、涙がでて
身体から力が抜けたわたしを、シスツィーアさんが支えてくれて椅子から立ち上がる。
「ごめんね、抱き上げるのは難しいの」
優しい瞳でふわっと笑って、わたしが倒れないように支えながら、眠たくなったわたしをベッドへ連れて行ってくれる
横になったら手を握ってくれて
たくさん泣いて
たくさん叫んだからか、すっきりとして
シスツィーアさんのやさしさが心地よくて
久しぶりに安心できて
いつの間にか眠っていた
最後までお読みいただき、ありがとうございます
次話は6月29日投稿予定です。
お楽しみいただけると幸いです。




