はじめまして
「この度は、私どもの召喚に応じて下さり、ありがとうございます」
目の前では、映画に出てきそうな『いかにも魔術師』って感じのローブを着た人たちが、わたしに向かって頭を下げている。
「ここ、どこですか?応じたって?そんな覚えありませんけど・・・・・」
冷たい石畳の上に、ぺたりと座り込んだまま尋ねるけど
「ここは、女神に愛されし国『セフィリスト』です」
さっきと同じ男の人の声が答える。
聞いたことない、初めて聞く名前なのに、どこか懐かしい気がする。
(何で?)
部屋のなかを見まわすと、床は石畳だけれど天井や壁はステンドグラスで作られていて、柔らかな明るい陽ざしが差し込んでいる。
ローブを着た人はわたしの前に5人と、扉の側に2人。それに少し離れて部屋の隅っこの方に小柄な人がいて、全部で8人。
敵意っぽいのは感じられないけれど、それでも知らない場所で知らない人に囲まれるのは
(・・・・・・・こわい)
知られたくないから、震えそうになるのを堪える。
隅っこにいる小柄な人が動いた気がして
(なに・・・・?)
不意にバタバタといくつもの足音が近づいて来て、扉の外が騒がしくなる。
扉の横にいたローブの人たちが目を見合わせた瞬間、扉が乱暴に開かれて、バタン!と大きな音が響く。
びくっとして、思わず首を竦めると
「俺も立ち会わせてもらう」
そう言いながら、立ち止まることなく男の人が入って来た。
魔術師たちが頭を下げたまま左右に分かれると、男の人がわたしに気が付く。
瞳が大きく見開かれ、慌てたように近づいてくると、目の前で片膝をついて目線を合わせて
「俺の名はレオリードだ」
真っすぐに見つめられる。
その藍色の瞳がとっても綺麗で吸い込まれそうで
「レオンと呼んで欲しい」
「えっと、篠崎・・・優愛・・です。はじめまして」
どきどきしながら、右手で制服のリボンを抑えながら答えた。
「・・・・・・・・・」
見つめ合ったままの、レオンさんの瞳が悲しげに揺れて
「優愛」
穏やかな優しい声でとても幸せそうに、けれどどこか痛みに耐えるように名前を呼ぶ。
「えっと、大丈夫ですか?」
「ああ。君に会えて嬉しいだけだから」
「そ・・・そうですか・・・・」
(なんだか泣きそうに見えたけれど、わたしの気のせい?)
「会えて嬉しい」なんてこれまで男の人に言われたことなんてないから、顔がかぁっと赤くなる。
レオンさんはなにが可笑しいのか、ふっと優しく笑って、その後なんだか顔を曇らせる。
「すまない。床の上は冷たいだろう」
レオンさんから手を差し出され、躊躇いながらもその手を取って立ち上がる。
わたしより頭一個分くらい背が高いし、差し出された手も身体つきもしっかりしている大人の男性。
じっと見上げると、蕩けるような(?)とても嬉しそうに見つめられて、さっきより心臓がどきどきして落ち着かない。
本当は
「なんで、わたしをこんなところに呼んだの!?」
「家に帰して!」
って叫びたいのに、タイミングを失ってしまう。
「今日はゆっくり休んで?また明日、詳しい話をしよう」
とても優しい温かな声。
この声も聞き覚えがあるような懐かしい感じがして、思わずこくっと頷く。
また、レオンさんが嬉しそうに笑って
そのまま手をとられ、石畳の部屋から外へ出ると
「レオリード殿下」
柔らかな可愛らしい女性の声に、レオンさんが立ち止まる。
小柄なローブを着た人が小走りに近づいてきて、レオンさんがわたしに「すまない」と断りを入れると、話しやすいようにか身体を屈める。
小柄な人が内緒話をするように、小さな声でレオンさんになにか囁いて
(殿下・・・・?)
殿下って、王族とかの敬称だよね?
そんなに偉い人なのかと、驚いてレオンさんを見つめていると
「分かった」
「ふふっ。よろしくお願いします」
話はすぐに終わり、レオンさんは「行こう」とまたわたしに笑顔を見せると歩き始める。
ちらっと後ろを振り返ると
(わぁ!)
小柄な人はやっぱり女性で、わたしと目が合うとふわっと嬉しそうに微笑んでくれる。
ローブが邪魔をしていたけれど、お人形みたいに整った顔立ちの女性。
小さな桜色の唇が動いて
「またね」
と言われた気がして、こくっと頷いて前を向く。
レオンさんに案内されて向かったのは、それまでいたところから15分くらい歩いた場所。
移動しているときも、わたしに合わせてゆっくりと歩いてくれるし、渡り廊下みたいなところを歩いたときには、離れた場所に花壇が見えて
「疲れていなければ、少し見ていこう」
「えっと・・・・・・?」
「気に入った花があれば、部屋に飾ろう」
綺麗に植えられたお花を見ていたのを気づかれて、そう言ってくれたけれど、待たせるのは申し訳ないか断った。
だけど
(なんだろう?)
植えられたお花もこの渡り廊下も、はじめてじゃない、とっても不思議な感じがして
レオンさんに手を引かれて歩いていても、きょろきょろと辺りを見まわすことはやめられなかった。
しばらくすると白色の建物が見えて、そのままなかに入る。
いくつかの扉の前を通り過ぎて
「この部屋を使ってくれ」
それまで通った扉のどれよりも大きな扉の前で、レオンさんは立ち止まる。
「なかに入ることはしないから」と、レオンさんとはそこでおわかれ
レオンさんは身体を屈めると、名残惜しそうな顔をしてわたしと視線を合わせる。
「また、明日」
「は・・・・・い」
別れ際、それまで引かれていた手を、きゅっと力を込めて握られた。
(あれ?)
彼の手を、いまの別れ際の仕草を知っているような、不思議な感覚。
(なんで?)
お部屋はやっぱり広くて、白を基調とした家具で統一されていた。
そのお部屋もはじめて見るのに、どことなく懐かしくて
「身の回りのお世話を致します」
そう紹介されたメイドさんも、まるで前から知っているかのような、不思議な感覚。
(そんなはずないのに・・・・・・・)
「お疲れでしょう?まずは湯浴みをなさいませんか?」
準備ができるまでと勧められて座ったソファーに、出された紅茶とクッキー。
恐る恐る座って、ぎこちなく口にする。
「おい・・・しい、です」
「お口にあってなによりですわ」
サクッとした食感のクッキーも、クセのない飲みやすい紅茶もとても美味しくて
にこりと微笑むメイドさんはわたしの緊張を理解してくれているのか、押しつけがましいこともなくて、適度な距離間で接してくれて
なぜだか、きゅーっと胸が締め付けられて
そのまま泣きたくなって、そっと目を閉じた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次話もお楽しみいただけると幸いです。