初体験
もう日付も変わろうかという頃合い。少女はほうっとため息をついた。外は寒いが彼女の寝室は暖炉の炎で十分に暖められており、息も白くはならなかった。
やはり無理だったか、そろそろ寝ようかと思い始める次第。これだけ待って来ないのなら、やはり来れないのだろう、と考える。
そう、どだい無理な話だったのだ。いくら王子と言えども公爵令嬢の寝室に忍び込むなどという無法。それも堅牢と名高いこの”逆十字屋敷”に入り込むなど不可能。なんとなく、あのイェレミアス王子ならばそれでも、と少し期待はしていたが。
ただ少し、彼の本気を試してみたくなっただけの事。所詮はちょっとした児戯だったのだと鼻を鳴らして笑う。
そんな時に小さく、本当に小さくドアがコンコンとノックされた。
少女はドアの方に駆けよりそうになって、その気持ちを押し留め、少し深呼吸する。
彼女の想い人だとは限らない。深夜であるが、何か火急の用事あってのことかもしれない。もし想い人だったとしても、急いで返事をすれば、まるで恋に逸る乙女の様ではしたない。実際その通りなのであるが。
公爵令嬢キシュクシュは努めて小さな声で、心を落ち着けて返事をする。
「どなたかしら?」
「あなたの白馬の王子様です」
愛しい人の声を聴いて、かあっと血流が激しくなるのが感じられた。顔が熱いのは過剰な暖炉の炎のせいだけではない。
それでもなけなしの令嬢の誇りを維持すべく、ゆっくりとおちついて扉を開ける。
「遅くなってすいません。まだ寝てなくてよかった」
薄暗い廊下から現れたのは妖艶なニンフの顔。
「イェレミアス!!」
キシュクシュはもはや自分を押さえることができずに抱き着いた。身長差があまりないので彼女が理想としてた「胸に顔をうずめる」ような形にはならなかったのだが、それでも彼女には満足であった。
婚約者ではあるものの、嫁入り前の公爵令嬢の寝室に夜に忍び込むというミッションインポッシブル。しかも彼女がその予告を護衛のヒルシェンに漏らしてしまったのはわざとである。
婚約者を試すようなマネをしたのだ。
来れるはずがない、と。しかしそれでも彼ならば、不思議な魅力と危うさを持つ妖精のような彼ならばあるいは。
「中に入りますよ」
そう言ってイェレミアスは部屋のドアを閉じた。ここで見つかっては元も子もない。
「いったいどうして忍び込んだの?」
普段よりも守りの堅かった逆十字屋敷。侵入経路などあろうはずもない。キシュクシュは少し体を離して、気になったところを素直に問いかける。
イェレミアスは彼女の頬に手を添えて鼻がつきそうなほどの距離まで近づいて妖しく囁くように答える。
「あなたに会いたかったから」
答えるや否や口づけをする。聞きたいのはそういう事ではなかったのだが、しかしそういう事だったのかもしれない。その柔らかい唇と強い抱擁に、キシュクシュの思考は全て溶かされる。
穢れを知らない少女は、そのままベッドに押し倒され、頼りないネグリジェはあれよあれよというまに剥がされていく。
あのおとなしいイェレミアスにこんな一面があったのだとは、彼女には思いもよらなかった。もちろんそうなることを期待してこの約束を取り付けたのではあるが、あの純真な王子の事だから、侵入してきても、またとりとめもないおとぎ話を朝まで聞かされるのではないか、そんなことを考えていた。また、それでもよいとすら思っていたのだ。
弱々しい、形ばかりの抵抗をしていると、彼女の秘部に何やら熱く、硬い物が押し当てられた。
「いやっ……」
さすがにこれには彼女も抵抗の声を上げる。しかしその瞬間、またも口を口でふさがれてしまった。今度は先ほどと違って無遠慮に舌までが入ってきて彼女の口内を凌辱する。それと同時に異物感も感じた。
「……んぐ、な、なに? 今の? 何を飲ませたの」
思わず飲み込んでしまったが、何か豆のような小さな粒を口の中に押し込まれたのだ。
「アナミルタという樹木から抽出した、ピクロという薬の、純度を高めたものです」
「くすり? 変な物飲ませないで」
「キシュクシュ、初めてでしょう? これを飲めば神経が高ぶって凄く良くなるんだよ」
そう言うなり、イェレミアスは令嬢の股の間に自分の腰を深く押し込んだ。キシュクシュは声にならない悲鳴を上げる。
「ま、待ってイェレミアス、私初めてなのよ。もっとやさしく……」
「うるさいな、すぐ終わりますよ。最初で最後の快感なんだから、黙って集中していて」
「最後……?」
「そう、最期だ」
言いながらもイェレミアスは彼女の体を押さえつけ、破瓜の痛みに耐える令嬢を気遣うことなく腰を振り続ける。昔の王子とも、最近のイェレミアスとも違う。まるで悪魔でもとり憑いたかのような彼の姿にキシュクシュは恐怖を覚えた。
「これを使うと体中が痙攣してね。締まりが凄く良くなるんだ。致死量を飲まされた君は死ぬけどね」
「い、いやっ! 嘘でしょ!?」
「静かにしろ」
イェレミアスは腕を押さえていた手で彼女の喉を絞めて声を遮る。
「これも締まりがよくなる方法だよ。まあ、処女の君にはいらなかったかもしれないけど、どう? 頭がぼうっとしてきた?」
「ぐ……」
もはや口角に泡を吹いているキシュクシュ。必死でイェレミアスの手首を掴むが、その力は、あまりにも弱々しい。
「ねえ、どんな気分? いとしの王子に抱かれながら死ぬ気分は? 自分が今日死ぬかもしれないって、ちゃんと考えててくれた? 貴族も平民と同じように死ぬのかな? 死んだらどこに行くんだろう?」
「ヒル……シェ……」
涙をこぼしながら、無能と蔑んでいた護衛騎士の名を呼ぶ。
「無駄だよ、あいつなら隣の部屋で疲れ果てて爆睡してるからね。僕の体の中に五回も出したんだ、よっぽど疲れたんだろうね」
真っ赤に充血した目を見開いて公爵令嬢は、王子の顔を見る。
「さっき『いったいどうして忍び込んだ』って聞いたね。教えてあげる。僕をここに招き入れたのがあの早漏騎士さ。あいつ、僕のお尻に夢中なんだから。笑っちゃうよ!」
「くぅ……」
もはや声を上げることもできないキシュクシュ。おそらくは、毒よりも、窒息による死の方が彼女に近寄りつつあるのだろう。弱々しく握っていた王子の腕から、とうとう手を離した。
「さあ、そろそろイクぞ! 逝け、逝けッ!! あばずれッ!!」




