第2話 猫探し その1
「ど、どうでしょうか…」
「うんうん!バッチリ!The少年って感じでいいと思うぜ」
「⋯それ褒めてないですよね」
「褒めてるよ〜」
「絶対嘘ですね」
翌日フィルはトレーラーハウスの2階に布団を敷いて寝ることができた。やっと手に入れた快適な寝床だ。
(ジンさんのことだから、きっとまたすぐにゴミが溜まるだろう・・・この暮らしは僕が守ってみせる!)
そう心に決め、早速ジンからもらった子供服に袖を通した。
白い半袖に、短パンとノースリーブの赤いジャケット。サイズもぴったりでしっくりくる。
「それにしても、よくサイズ分かりましたね?寸法とか測ってないのに」
「ん?まーな!適当だ!おれ、昔から要領いい方だったから」
「え〜・・・」
無邪気に笑ってみせるジンに対して、反面呆れた表情で渋い返事をするフィル。
その笑顔を見て、先日たまたま見つけてしまった写真の人物が脳裏に走った。
やはり、あの中央にいた人物はジンだ。
短髪で頬の傷は無かったけれど、その笑った表情はそのままここにいるジンと変わらない。
ジンが昔という単語を使ったので、フィルはその勢いで例の写真の話題を出した。
「あの、昨日僕が見つけた写・・──」
カラララララン!!
話の流れで疑問をぶつけるチャンスだったが、それを遮って邪魔をするように、トレーラー内に大きなベル音が鳴り響いた。
突然の知らないベル音に、フィルは肩をビクッと跳ね上げて驚いたせいで言葉が詰まってしまった。
「お!本日の依頼者かな〜?ほーい」
「あっ・・・はぁ〜・・・」
ジンは訪問者を優先し、フィルとの会話を中断して扉の方へ駆けていく。
もうきっと、この話のことは後に忘れられているだろうし、なんとなく人の昔の話ってタイミングが無いと聞きにくい。
フィルからもキッカケが無い限りもうこの話題に触れることはないだろう・・と、もう諦めモードに入ったフィルはため息をついてジンの後を小走りで追いかけた。
「どちらさーん?」とご機嫌な様子で軽やかに扉を開くジン。
「ジンさ〜〜〜ん!♡♡」
大人の女性の甘えた声が真っ先に聞こえ、死角になっている棚からひょこっと顔を覗かせると・・・。
そこには、スラッとスタイルのいい柔らかな体つきをした女性が立っていた。
黒髪の腰まであるロングヘアーを三つ編みがゆらゆらし、体のラインが分かる白のノースリーブハイネックとハーフパンツの上からカーキ色のパーカーの袖を腰に巻いている。
「なんだルキお前か〜。もしかしてまたとか言うんじゃないだろうなおい」
「え〜いいじゃない。こうしてまた会えたんだから〜。うちの猫が逃げ出しちゃったのよお願〜〜い」
ルキ。
ジンは彼女のことをそう呼び、ルキはジンに対してベタベタと甘えている。
様子や会話から察するに、どうやらこの女性は常連客のようだ。
じ〜とそのやりとりを棚の陰から見つめているフィルに気づいたルキは、先ほどまで甘えていた表情から一変し、眉間に皺を寄せこちらを睨みつけてきた。
(え・・・こわ)
記者をしていたフィルは知っていた。女性は怖い生き物であると。
嫌と言うほど数多のスキャンダルを目にしてきていたフィル、今まさに向けられているこの視線の意味。
ルキの赤と青のオッドアイがしっかりこちらをロックオンしている。
悪寒がダッシュする背筋。
間違いなくあれは、僕を敵認定した瞳だ。
「ジンさん。あの小ぞ・・・んっん・・・坊やは誰ですか」
(今、小僧って言いそうになってたよね。絶対言ってたよね・・・)
甘えた高めの声はどこへやら・・・低めでまさに不機嫌だと分かるトーンの声でフィルの詳細を尋ねるルキ。
ジンはというと、そんなの全くお構いなし、気にする素振りも見せず変わらない態度で答える。
「あ?あーー実は先日の工じょ・・──」
「ああああああ──────!!!!」
フィルはジンの言葉を大声で必死に掻き消し、裾を引っ張って屈むように合図を出して耳に口元を近づけた。
ルキに聞こえないよう小声でジンに訴える。
「(ちょっと!ダメですってそのまま本当のこと言っちゃ!)」
「(え?何でだよ。どこぞの命を狙うような奴も別に居ないんだしいいだろ)」
「(いやいやいやいや!え??気づいてないんですか?!あの人すごい僕に険悪なオーラを放ってきてるんですよ?!もしここで僕が元大人の男性で、子供の姿に変えられてここに住ませてもらってるなんて伝えたらどうなるか分かりますよね?!)」
「(は〜?言っとくけど、おれお前をそんな目で見てないから安心しろよ?・・・は。まさかお前おれに興味を・・・・)」
「(ちっ?!チッがいます!!断じてそそそそ、そんなことはないですけどもっっ!そうじゃなくて世間体の目の話をしてるんです!僕そのまま伝えられたらあの女性から真っ先に殺されますよ?!まさに今命狙われてますから!上手く誤魔化してください!!)」
(絶対この人、分かってて分からないふりをして楽しんでる・・・)
実は、フィルが一生懸命ジンに説得している途中、ジンの口元が少し緩んで笑いを堪えているのを見ていた。
まさか、ここで生活して1日目でもう命の危険に晒されるような出来事が起きてしまうなんて、一体誰が想像できただろうか。元の姿に戻るまでの辛抱だが、何とかしてここでの生活は快適なものにしたい。
その一心で訴えるフィル。
「(へいへい分かったよ!任せとけって)」
ニカっと笑い親指を立てて自信を示すジンだが、フィルの表情は晴れないままだ。
「ねぇ・・・なにコソコソ話してるの?結局この子は誰なのよ」
様子のおかしい二人に対して痺れを切らしたルキは、ジン達の会話を何とか聞こうと体を前のめりに乗り出す。
「んあーえっとぉ、何でもないぞ?この少年はな、えっとあれだ、いとこ!!そう、おれの従兄弟なんだ」
「従兄弟〜〜?ほんとに〜?」
「あぁ本当本当♪な!ファラくん!おれ達は家族も同然で、昨日から仕事を手伝ってくれてるんだぜ?なー♪」
仲良しアピールをするためか、ジンはフィルをひょいっと片腕で抱き抱えた。
「・・・・・・・・・(フィルです。ジンさん)」
「・・・ふ〜〜ん。まぁいいわ」
決死の猛アピールで何とかルキに信じてもらえたところで、出入り口でずっと話しているのもあれなので綺麗になったトレーラー内に上がってもらい、ソファーへ対面になるよう腰掛けた。
先ほどの修羅場でだいぶライフは削られたものの、これからが依頼の本番なのだから。フィルはジンの横に座り膝に握り拳を作って緊張した重向きで依頼主の相談に立ち会う。
「で、一応聞くが今回の依頼も猫探しってことでいいのか?」
真っ先に若干緊張した空気を切ったのはジンだ。
何回目だよと呟くジンの表情は、僕が苦手な後輩を前にした時の表情と一緒だったから、相当猫探しという仕事が嫌なのだろう。
(ところで、このルキという女性もどうして何回も猫を迷子にしてしまうのか・・・そんなに外に放してしまうものだろうか?)
フィルの中で違和感が生まれるが、次のルキの一言で全てを察してしまった。
「ネズは脱走癖があって大変なのよ〜。今朝玄関開けたら飛び出してしまって」
(ネズ・・・一般的な猫につける名前じゃないな・・・・。あぁ、分かったぞ)
名前を聞いてピンときたフィルは、思考を整理して一度視線をルキとジンへ流す。
(ネズは別名ジュニエーブルといい、それを短縮されて呼ばれるようになったのがジンだ。やっぱりこの女性、ジンさんにぞっこんなんだね・・・)
暫くジンの顔を眺め視線をルキに戻すと、どうやらジンを見つめていたのが悪かったのか、ルキは鋭い眼光でこちらを睨みつけて口パクで僕にだけ分かるよう何かを言っている。
目を凝らし、口の動きを言葉に照らし合わせると「(邪魔するな。小僧殺すぞ)」と言っていた。
やはり、女性は怖い・・・。
再び、悪寒が背筋をダッシュする。
そんなこんなで、僕の初めての助手としての仕事が始まった。