第1話 初仕事
先日ここに置いてもらえるようにお願いした僕は、その日、ゴミの山をベッド代わりにして一夜を過ごした。
これからどうなるんだろう、本当に元の姿に戻れるのかな。ジンさんは一体何者なんだろう。どうしてここで便利屋として働いているのか?
本当に、ただの便利屋なのだろうか?
そんな疑問がたくさん膨らむが、今日一日起きた出来事で身体は疲弊していていつの間にか眠りについていた。
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陽が登り、朝日が窓から差し込み僕の顔にあたる。
「もう朝か・・・」
ゴミのベッドは最低な寝心地だった。
背中痛いし、臭いし、寝返り打ちにくいしでとても熟睡できずで。結局疲労感も残ったままだ。早急になんとかしないと・・・
フィルは身体を起こし、ダボダボの上着の袖を床に引きづりながらジンが眠っている方へ向かう。
ジンはというと、唯一この空間で快適に眠れるであろうソファーで横になっていた。
足を組み、枕代わりに両腕をあげて頭の後ろに回し、本を顔に被せている。
本を読んだまま寝落ちたのだろうか・・・。
「ジンさん!もう朝ですよ、そろそろ起きてください」
ゆさゆさとジンの身体を揺らすフィル。
「う〜ん・・・」と唸るものの、その後目を覚ます気配は無い。しょうが無いので諦めることにし、改めてトレーラーハウスの空間を見渡した。
ゴミで溢れているし、埃も溜まって棚の上は白い膜で覆われている。
そのせいでか、度々咳き込んでしまう。
「どうしよう・・・」
ジンが起きないことには、外に出ることもできない。なぜならフィルの私物は端末と手帳と筆記用具とカメラくらいで、替えの服など生活に必要なものが何も無いのだ。
それに小さな体になってしまった事で、必要なものは買ってこないとならない状況。
ならば、今できることは一つだけだ。
ひきづっていた袖をまくって、裾も結んで動きやすい身なりに整え、ゴミ山の中からバケツと布を見つけだした。
体の半分くらいある大きなバケツを抱え、少年フィルは気合を入れる。
「よし!やるぞーー!」
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ガサガサガサ、ジャーーー、パタパタパタ、キュッキュッキュ
あらゆる普段聞きなれない音がトレーラー内に響き渡る。
ようやくその音でジンはもそもそと動き出し、ゆっくりと身体を起こした。
すごく眠そうな顔をして、眉間に皺を寄せながら「なんだ一体朝っぱらから・・・」と目を細めたまま呟く。
どうやら寝起きが弱いジン。覚醒までに少し時間が必要なようで、そのままボーッとし固まっていたが、ようやく細くなった目が開き始め、目の前の景色を見た途端一気に目が覚めた。
「な、何だこりゃ・・・」
驚いた様子でソファーから立ち上がるジン。その光景は、一体いつぶりに見ただろう、板張りの床。
一体いつぶりに見たであろう、机の天板。
一体いつぶりだろう、キッチンのシルバー色のシンク。
一体いつぶりだろう(以下省力
溢れていたゴミが全て袋に纏められて外に運び出されていたのだ。
ゴミがないだけでもすごい広く感じるトレーラーに、ジンは興奮していると。
「あ、ジンさん。やっと起きました?もう何時だと思ってるんですか、もう」
フィルは水が入ったバケツをヨイショヨイショと一生懸命持ち運んでいた。
三角巾を頭にまき、ほっぺや腕は埃などで汚れ、着ている白いシャツも黒ずんでしまっている。
「少年、これ・・・」
「いくら揺すっても起きないから、ジンさんが起きるまでに何かできる事ないかなって思って掃除を・・・」
持っていたバケツを床に置くと、ジンがフィルの方へ向かってずんずん歩いてくる。
無言で真面目な表情したままこちらに近づいてくるので、もしかしてやばかった?!
と不安も同時に押し寄せてきた。
「ご、ごめんなさい!!ヨヨヨ、余計なお世話でしたよね?!すみま・・っ?!」
あわわわ、と焦って謝ろうとすると、ジンはフィルの頭をわしゃわしゃわしゃと強めに撫で回した。
「やるじゃないか少年〜〜〜!仕事手伝うって言ってたけど、全然期待してなかったからビックリしたぜー!案外できる子だったんだな!いや〜〜めっちゃ助かったわ。あんがとな〜!」
「なななな?!何?!ちょ、やめてください〜〜〜!」
頭をぐりぐりされたせいで、首が少し痛い。
なんとか撫で回し攻撃を手を掴んで止めると、ジンさんはそのままトレーラーの外へ出ていった。
「ちょっと出掛けてくるから、後も頼んだぜ」
え、僕を置いて?!どこ行くんですか?!
と、聞こうとしたが、ジンはあっという間に向かいのビルを駆け上ってどこかへ飛んでいってしまった。
本当に、何を考えてるのかわからない人だ・・・・
気を取り直して!乱れた三角巾を縛り直すと、フィルは雑巾を取り出し、汲んできたバケツにつけて小さな手でギュッと雑巾を絞る。
トレーラーの内装はツールームになっており、前方側半分に水回りのキッチンとトイレとシャワー室。
後方にジンさんが寝ていたソファーと、実はゴミに埋もれて気づかなかったけど、もう一つのソファーが向かい合わせになって存在しており、間に長テーブルがあった。
本来は、ここで依頼者と交渉をしたりする場だったんだろう。
前方と後方の空間は棚で仕切ってあり、ドアの反対側にパソコンデスクとハシゴがある。
さっきハシゴの上も覗いてみた。
物置状態ではあったものの、意外とその量は少なく、ちょっと掃除をしただけでフィル一人寝れる空間は確保できた。
あとは、全体的に埃を拭き取る作業をすれば、結構快適に住めるトレーラーになるはず。
雑巾で床や机の上などを拭き取っていく。汚れは凄まじく、汲んできたバケツはあっという間に濁ってしまう。
「いつから掃除してないんだよ〜〜」
当然、愚痴も溢れる。
大体掃除が終わり、あとは棚の中の埃を掻き出せば完了というところまできた。
頑張った・・・よくぞあそこからここまで一人で・・・!えらいぞ僕・・・
自分で自分を褒めるくらいに、結構頑張った。さぁ、あと少し。
棚に乗っているものを退かしながら拭いていると、本の隙間に挟まっていた紙が一枚ひらひらと足元に落ちた。
気づいて一旦掃除の手を止めると、フィルは紙を拾い上げる。
茶色がかって、角が破れたりしているソレは右下に日付が手書きで書いてある。読もうとしたが、インクが掠れていて良く見えない・・・。
ペラっと反対にひっくり返したら、それは写真だった。
青年数人が肩を組んだりして笑っている。服装を見るに軍人のようだ。
「どうして軍人さんの写真がここに・・・?」
写真を眺めていると、ん?と目が止まる人物がいた。
それは、中心で笑っている黒髪で短髪の人物。
この人・・・どこかで・・・
ん〜?と考えていると、手元が急に影で暗くなった。
その瞬間、持っていた写真は素早く奪われ、振り向くとジンが写真をぴらぴら振りながら笑って立っていた。
「はい没収〜♪ダメだろー?人の個人情報勝手に見ちゃー」
「ジンさんいつの間に!帰ってたなら言ってくださいよ」
「少年が集中しすぎてたんだろ?ソレよりほれ。お土産」
「え?わわ!」
ドサっと渡された白い紙袋。
中身を取り出すと、ちょうどフィルが着れそうなサイズの子供服が数着入っている。
ジンはフィルのために買い出しに行ってくれていたのだ。
「これ、僕に?!いいんですか?!」
「いつまでも大人のサイズのシャツ着ててもしょうがないだろ?」
少しだけだけど、一応財布の中身は入っている。けど、この服どう見てもいいやつだきっと。
ちゃんと払える金額なのかと考えると、一気に血の気が引いた。
「で、でで、でも僕お金を・・・っ」
「ん?あー気にすんなって。これはお前の初報酬ってとこだからさ。こんだけ綺麗になったとこ見るのめっちゃ久しぶりだわ〜。だから気にすんなよ?ほれ、受け取れ」
ニカっと笑うジンさんをみて、ハッと何かに気づいたフィル。
「あ、ありがとうございます」
服を受け取り、視線をジンが隠して持っている写真に移して、またジンの顔に戻す。
やっぱり・・・あの真ん中にいた人。
ジンさんだ。